第9話 瞬1

 瞬、瞬き、一瞬、瞬間、ほんの短い間。


 使い方は様々であるが、どのような使い方であっても、限られた極めて短い時である。


 瞬間を集め秒と定義し、秒の連なりを分、分の継りを時間、時間の重なりを日した。日の累計が年であり、年の不確定な積上げが人生である。


 では、我々人間が感じる『瞬』とは、絶対的時間なのだろうか?


 否、絶対的ではないと思う。


 人生を80年近く生きる人間、15年程度生きる犬や猫、1週間を生きる蝉、1日で人生を終えるウスバカゲロウ。生物の人生の長さは様々ある。


 そうであるなら、人生の長短により『瞬』も異なるのではないだろうか?


 人間であっても、人生の長さは個体により異なる。その個体ごとに『瞬』は異なるのではないだろうか?


 例えば同一個体の人間であっても、瞬的な居眠りは数秒でもあるし、数分に及ぶ場合もあるだろう。


 であるとすれば『瞬』とは、極めて感覚的不確定時間をいうのかもしれない・・・・・


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 付き合い始めてもう2年位になる。とても優しくて、とても美しい彼女で、オレにとっては過ぎた女性だ。


 出会いは、偶然の満員電車の中だった。毎朝乗る満員の通勤電車、いつものことだがうんざりである。


 人いきれでムッとする暑さ、揺れるたびに密着する知らぬ他人くの肉体。冬は直接肌が触れないからまだ良いが、夏ともなると汗ばんだ肌と肌が直接触れる。


 潔癖症ではないが、毛むくじゃらの男の腕が触れる、汗でヌルヌルした女性の肌が触れ合う。オレでなくてもあまり気持ちが良いと思う人は多分いないだろう。


 だからなるべくオレは、電車のドア近くの角に後ろを向いて乗るのが日常だった。


 揺れるたびに背中やお尻に乗客が触れる、乗り降りする度に、揺れる度に、胸や腹部がスチールの手すりに強く押し付けられるが、そのほうがまだマシだった。


 今日は、背中に押し付けられた軟かさが、多分女性であると感じていた。ちょっと不謹慎かもしれないが、ゴツい男の体に密着されるよりは、まだ女性のほうが良い。


 今日は、多少ツイてるかな。そんなバカなことを考えていた。


 「ごめんなさい」


 背中で若い女性らしい声が聞こえた。何度か大きな揺れ、その度に背中に密着する女性の軟かさが、多分胸だと思っていた。

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