そして、僕らは2度目の恋をする。

イカゲソP

そして、涼介は妻を疑う

「やばい、遅刻だ!」坂道を自転車で駆け降りる撲。




今日は夏祭りで、先輩に女の子を紹介したいと言ってたので、僕が遅刻すると不味かったんだよなぁ。


小言でも言われるかもと思い、3人に近づいたけど、先輩はどうやらそれどころじゃないらしい。


僕が紹介する女の子じゃなくて、付き添いできた僕の女友達と一生懸命話してる。


「えーっ」と思い、紹介するはずの子の方を見ると、これはどうしようもないとお手上げポーズをとっている。


話をしている女友達を見てても満更じゃない顔で話してるので、もうこのままで良いのかも知れないと思えてきた....。




そして、僕らの波乱の恋は始まった。




彼の名は有明涼介27歳。地元大学を卒業後、地元の旅行代理店に勤めるサラリーマンで営業や旅行の添乗員を行う日々。175㎝の中肉中背、韓国マッシュにパーマが掛かったスポーツマンタイプ。そんな彼には妻と子供1人が居る。


妻の名前は汐(しお)26歳。155cmの小柄な女性で、涼介と高校時代からの恋愛を経て、涼介が大学卒業後2年目に結婚、現在2歳の娘、摩耶まやを育てる専業主婦。。




馴れ初めは高校時代、当時野球部のエースだった涼介が他校の試合時に、他校の応援に駆け付けていたのが汐。野球がわからない汐がピンチの度に苦しみながら抑える涼介の姿を見て「1番がんばれ~!」と、敵チームのピッチャーである涼介を応援する姿は周りから見てかなりシュールな光景だったのではなかろうか。




後日後輩の凌空(りく)とその女友達の紹介を通じて2人は出会い、ちょっと流されやすい感じもするが、優しくも芯の強い彼女に惹かれていく涼介は汐へアタック。もともと好意的であった汐とほどなくして恋仲となり、高校・大学卒業を経てプロポーズ・結婚となり現在に至る。




娘も2歳となり、将来マイホームを持つことを夢見る汐は子供を保育園か近所に住む涼介の両親に預けて働きたいと相談してきた。何でも友人がいる会社で事務員のパートになってくれないか?と相談を受けているとの事。会社を聞けば地元ではマンションをいくつも手掛ける中堅クラスの建築会社だった。うちの会社も、ここの社員旅行(毎年海外)でお世話になっており、大口のお客様だ。更に将来的には正社員採用も視野に入れた内容であり給料面も含めて破格の条件という。涼介自身も断る理由もないと思い快く承知した。




後にこの決断が人生の歯車が狂っていく事を、この時の2人はまだ知る由もない…..。




妻が仕事を始めて3か月、ある日妻から「今日はみんなが私の採用歓迎会を開いてくれるみたい」とメールがあった。「参加していいかな?」とメールがあったが本人が不参加とかありえないだろう。「今日は実家で子供は見てるからゆっくり楽しんでおいで!」と送ると「ハーイ!なるべく早く帰ってきます!」と返事が来た。この時は妻に気を使ってくれるいい会社だなと素直に思った。




仕事も定時で上がり、娘を保育園に迎えに行き両親宅へ。食事や娘の風呂入れも終わりひと段落していると9:00ごろに「今1次会終わったので2次会に行ってきます」とメール。「あまり遅くならないようにね」とだけメールしておいた。




晩酌をしてウトウトしていると0:00を少し回っていた。明日も仕事だと思い熟睡している娘を実家にお願いしてアパートへ帰る。歩いて10分くらいなのできれいな星空を見上げながら帰路へ着いた。




部屋に戻るも妻はまだ帰っていないらしく、洗い物や洗濯物もそのままに残っていた。


掃除を済ませ時計を見れば1時を回っている。やけに遅いなと心配しつつも先にベッドに入り眠ることにした。




どれほどの時間が経過しただろうか、玄関から「ガチャリ」と音がした。


今帰ったのかとスマホの時計を見ると3:30と表示されている。「えっ遅くないか?」頭の中で呟いたが、皆が返してくれなかったのかもしれないと思い再び目を瞑る。


妻はそのまま浴室へと行きシャワーを浴びているようだ。


暫くして目を覚ましスマホを見ると4:20、シャワーの音は続いている。さすがにこれは何かあったのかと立ち上がろうとしたときに音は止みバスルームが開く音が聞こえた。


そのまま寝たふりをしていると少しして扉が開いたときに「涼介くん?」と小さく驚く声がした。しかし眠っていると思ったのか、そのままベッドに入り妻は眠ってしまっていた。




翌朝、目を覚ますとスマホの時間は7:30を少し過ぎていた。「寝過ごした!」慌てて起き上がる隣に妻の姿はなく、ダイニングに行くとそこにはラップ掛けされた朝食とメモが残されていた


「昨日はごめんなさい、今日は会社に忘れ物をしたので早く出ます」


メモを置き少し考える。明らかに様子がおかしい。いや、1日くらい遅いだけでここまで考える自分の方がおかしいのか?でも明け方帰宅?どこか同僚のところかお店で寝てた?


分からない事だらけで頭の整理ができないまま「今夜聞こう」と思い足早に会社へと出かけた。




昼間は仕事が手につかず残業になってしまい、気付けば21:00。


慌てて帰宅するとそこにはいつも通りの娘をあやす妻が待っていた。


「ただいま!ごめん、遅くなって」玄関を開け涼介が言う。「お帰りなさい!ご飯?お風呂も沸いてるよ?」いつもの笑顔で出迎えてくれる妻。それは何も変わらない毎日の風景。


娘はニコニコ笑っている。食事と風呂を済ませたころ、既に娘はすやすやと寝息を立てていた。


寝室に娘を寝かせた涼介は、リビングのソファーでテレビを眺めていた妻に昨日のことを話しかけてみた。




「なぁ、昨日のことなんだけど…」話始めると遮るように汐は話し出す。「あっごめんごめん、私2次会で酔っ払っちゃって、同僚の家で介抱してもらって帰ってきたんだ!」と早口で話す汐はくるりとこちらを向いて話していたが、その目は自分の目からわずかに逸れていた。「あ、そう」少し考えこむ涼介に汐は続けて話し出す。「実は…昨日…営業課長から…営業やってみないか?と打診されたの…。」は?涼介は内心でそんな返事をしてしまった。


「いや、まだ子供小さいし営業になったら遅くなるだろ?それはだめだよ」さすがにそれは承認できなかった。「そう…だよね、給料は良くなるけど遅くなるから…断るね」少し笑いながら答えた汐の笑みには少しの悲しさと安堵な表情が見えた気がした。




いろいろ考えながら、2人でテレビの画面を眺めていると汐のスマホにメールが届いた。


何気なく見た汐の顔はしばらくスマホに釘付けになる。そして次の着信音がなるスマホと共にトイレに入った。??の文字が頭に浮かぶ涼介。少しして出てきた汐は顔色が悪い。


「どうしたの?大丈夫?メールで何かあったの?」と心配する涼介に「大丈夫、今日体調が悪くて…先に寝るね。」おなかを抑えながら寝室に戻る妻に、涼介はこれ以上何も聞くことができなかった。




翌朝の妻はよく眠れなかったのか、少し疲れた顔をしていた。


「大丈夫?体調悪いなら少し休んだ方がよくない?」心配する涼介。そんな彼に「大丈夫!調子悪くてあまり寝れなかったけど気分は良くなったから!」と力こぶを出す汐。「いや、こぶ全然出てないけど、無理はしないでね」そんな談笑をして朝は妻とは別れた。




涼介の仕事は旅行代理店の営業。基本はルートセールスやメールでの打ち合わせだが、時には紹介を受けた会社に赴いて、社員旅行の提案や飛行機とホテルが一緒になったパッケージの紹介、あと、会社の企画や自分担当のお客様の添乗員も行っている。




午前の外回りも一段落し、行きつけのファストフード店で食事をする。


食事を終えぼーっと外を見ていると「涼介さん!」と元気な声が後ろから聞こえてきた。


声の主は高校時代からの後輩、大川凌空(りく)。、同じ野球部でスコアラーをやっていた彼は現在、父から続く電気工事会社で働いている。


「…先輩疲れた顔してますね?悩み事ですか?」笑いながら挨拶をしてくる凌空に、涼介の疲れた顔も幾分か和らいだ。




「なぁ凌空」。


「どうしたんですか?」凌空の返事は早い。


「汐のことなんだけどさ…」話の内容が重いことを察したのか、聡い凌空はまじめに伺う顔となっていた。


「彼女何か自分に隠しているみたいなんだ。」と話す涼介に「例えば?」と切り返す。


涼介は最近起こった話を凌空に話した。すべてを聞き終えた凌空は少し考えながら「サンホーム建設か…」と妻の就職した会社の名を呟いた。


やがて、うんと頷いた凌空は、「分かりました!、ほかでもない先輩の悩みです!調べてみるので少しだけ時間をください!」ありがとう、と涼介が言うと「大丈夫です!近いうち報告しますので有名焼肉店予約して待っておいてください!」と、軽く冗談を言って凌空は挨拶もそこそこに颯爽と去っていった。




夜、いつも通り19:00に帰路に就くと娘が満面の笑みで出迎えてくれた。


「パパおかえり~.」もう誰が帰ってきたのかわかるようだと思い、目の前でバンザイをしている娘を抱き上げる。


そんな姿を嬉しそうにみる妻。自分が一番幸せを感じる瞬間だ。




風呂から上がり、ビールを片手にテレビを見ている涼介に、汐が思わぬことを告げる。


「昨日話してた営業の話だけど、受けることにした。」驚く涼介を横に汐は続ける。


「断ると話したんだけど、先方が気に入っているので週に1日だけでも付き合ってほしいと…」汐は困った顔して涼介に告げる。


「どうしても断れないの?」困惑した妻の横顔を横目に、涼介は懇願に近い気持ちで言葉を返した。少しの沈黙の中で意を決したように涼介の顔を見て話しだす。


「お願い…もう決めたの…1週間に1日だけでいいの、出来るだけ早くかえってくるから…お願いします」揺るぎない決意を汐の目を見た涼介に、これ以上拒否したい言葉が続かなかった。


そんな中、リビングで遊んでいた娘が「ママ眠い…」と汐へ抱き付いてきた。


「うん、もう寝よっか?」両手を上げた娘を抱き上げ、そのまま寝室へと向かう。


妻が寝室の引き戸を占めるとき、「ごめんなさい」と呟く声が聞こえた。




一人になったリビングで少しぬるくなった缶ビールを口にする、苦い…。


どうかこの心配が杞憂であることを祈る涼介であった。


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