EP26 縛りプレイと神殿への山道

 お昼前に宿に戻った四人は、山にあるという神殿に向かうべく、各人にあてがわれた部屋に戻り、探索の準備をした。


 そして、軽めの昼食を取った後、再び宿の主人の道案内で、山道の入り口へと向かった。


「みなさん、神殿までは小一時間も歩けば到着すると思います。くれぐれも、お気を付けて」


 主人に見送られながら、四人は山道へと足を踏み入れた。


◆◆◆

 

 山道への入り口からは、木材で簡易的に作られた階段状の通路が続いていたが、しばらく進むと人の足で踏み固められた土の山道に変わった。山道はうっそうと生い茂る背の高い木々に囲まれ、緩やかな勾配で山の外周をぐるりと回るように頂上に向かって伸びていた。

 

 日が高く、高く伸びた木々の隙間から差し込む光が心地よい明るさで山道を照らす中を、新緑のさわやかな香りが漂い、一行は自然を満喫しながら歩みを進めていった。


「なんだか、ハイキングに来たみたいな気分だなー」


「お気楽ですわね。これから得体の知れない相手と相まみえるかもしれませんのに」


 トールにツッコミを入れつつ、アルデリアも気持ちの良い山の空気にご機嫌だった。


「僕もこの世界でだいぶ長い時間を過ごしているけど、山を登るのは初めてだよ」


「レーゲンは王都のあたりにいたのよね?」


「そうだよ。フレイ君も王都を中心にプレイしていたようだから知っての通り、あちらは平原地帯で、山に行くクエストなんか無かったからね」


「そうね、私も……森に行ったクエスト以来だわ。こんなに木々に囲まれるのは」


 四人は雑談を挟みつつ、時折あらわれる天然の石段などを超えて、歩みを進めた。しばらく進んだころ、少しだけ開けた場所に到着した。そこには、雨風でボロボロになった木製の立て札が立っていた。


 フレイがその立て札を観察すると、文字が書いてあることに気がついた。

 

「《ここから神殿までは――ること》? 途中の文字が消えていて、書いてある意味はわからないわね」


「神殿まではこと、とか?」


 トールの言葉にアルデリアはため息をついた。

 

「そんなくだらないメッセージなわけがありませんわ……まずは、道なりに進んでみましょう」


 アルデリアの言葉を受けて、一行はさらに道なりに山道を進んでいった。

 

 外側の景色は木々に覆われていて見られないため、今どの辺りを歩いているのか視覚的にはわからなかったが、小一時間ほど歩いたところで、トールが声を発した。


「なぁ、さっきから風景が代わり映えしないから気のせいかもしれないが……」


「なんですか?」


「俺達、本当に神殿に向かって進んでいるのか?」

 

「もうっ、トールさん、あたりまえですわ。私達はずっと一本道を歩いてきているのですから」


「いや、お嬢さん。トール君の違和感はあながち間違っていないかもしれない」


 レーゲンはそう言って歩みを止めた。


「神殿は、町の人たちも訪れるような場所だよ。それなのに、僕たちがこれだけ歩いてもたどり着かない。宿の主人は小一時間もあれば着くと行っていたのに、何かおかしい気がするんだ」


「確かに、ちょっと遠すぎるわよね……」


「ちょっと、みんなここで待っててくれ。俺が少し道を戻ってみるから」


 そういってトールは今歩いてきた道を小走りで引き返した。しばらくして、トールの呼ぶ声がそう遠くない場所から響いた。その声を聞き、三人は急いで道を下った。


 ほどなくして、立ち尽くすトールの姿を三人は見つけた。そしてその脇には、先ほどの文字の欠けた立て札が立っていた。


「これ、先ほどの立て札ですの……!? 私達は、この場所から全然進んでいなかったということですか?」


「どうやら、そうみたいね」


「魔法の罠かもしれないな」


 唐突にレーゲンが口元に手をやりながら言った。


「そんな、俺達がデュラハンと闘った石橋にかけられていたような罠が、この山にもかかっているってのか!?」


「ああ、その可能性が高そうだ。これはいわゆる『幻視の罠』というやつだろう」


「『幻視の罠』?」


「魔法の力で実際とは異なる地形へと変貌させて、そこに立ち入った者を目的地にたどり着かないようにする罠さ」


「そんなこと、よく知っているわね」


フレイが感心したように言う。


「こう見えても、僕は学校の成績ならトップクラスだからね」


「学校の成績とか、関係が無いように思いますが……」


「それに、先ほどトール君が先に駆けだした時、お嬢さんとだいぶ離れていたように思う。君たちの話では、ある程度の距離しか離れられないはずだろう? ということは、さっき僕らが今見ていた景色は幻で、ってことさ」

 

 レーゲンの自信満々の態度に、トールの脳裏に武久の姿がよぎった。コアなゲーマーである武久なら、それくらいの知識があっても不思議では無かったし、理路整然とした分析能力も、まさに武久そっくりだった。


 (まさか、レーゲンのプレイヤーは、タケ……?)


 トールは思わず「タケか?」と声が出かかったが、ゲーム内で現実のプレイヤーの名前を呼ぶことはまずいと、すんでの所でその言葉を飲み込んだ。


「と、とにかく、地形を変えるって、そんな魔法を使う敵が俺達の相手ってことなのか?」


「相手が僕たちを狙って魔法を使っているのか、そもそもこの山に魔法がかけられていたのか、わからないけどね。でも、もし前者であれば、相当な手練れだろう」


「町の人は最近までここを通っていたんだろうから、やはり急に魔法をかけたのか、例の不審な人影ってやつが……」


「でもまずは、その魔法の罠を突破しないとですわね」


「そうね、それと私はこの立て札の文字がやっぱり気になるのよ。《ここから神殿までは――ること》って、もしかして、これがこの罠を抜け出すヒントなんじゃないかしら?」


「なるほどね。敵さんがわざわざそんなものを作るのか怪しいけれど……ずっと歩いてきて疲れもあるし、休憩がてら、ちょっと考えてみようか」


 一行は、おのおの何の言葉を当てはめるのか考えを巡らしはじめたが、トールは早々に音を上げて、立て札の文字をもう一度観察した。


「文字の他には……何も書いてないかー」


 立て札に文字以上の情報はなく、トールは諦めてその場に寝そべった。


「ちょっとトールさん、真面目に考えてくださいっ!」


 アルデリアがその姿をみてすぐさま声をかけた。


「レーゲンも休憩がてらって言ってるから、ちょっと休ませてくれよー……」


 そういってトールは、仰向けで目を閉じた。そしてしばらくして心地よい睡魔が来るのを感じた瞬間、トールの脳裏にあるアイデアがひらめいた。

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