EP3 縛りプレイとキャラクター作り

 ログイン直後に現れた女性は、透き通った声で透に話しかけてきた。VRマシンを起動する際には国民番号カードでログインすることが必須になっているので、こういったリアルの個人情報も、ゲーム内では本人確認のために使われるようだった。


「そう、俺は一条透。おねーさんは?」


「私はこのゲームの案内人、ナシタと申します。初めてこの世界にキャラクターを作成されるプレイヤーの皆さんをご案内しています」


 ナシタと名乗った女性は、透からしてみると、高い身長と、おっとりとした雰囲気ながら大人びた容姿から、少し年上のお姉さんのように思えた。しかし、その長い耳や、鮮やかな緑色の長髪は、現実の人間でないことを嫌でも思い知らせた。

 

「じゃー、ナシタさん。早速だけど、俺のキャラクターを作ってみたいんだけど」


「わかりました。ではまず、透さんの、このゲームの中でのお名前を決めていただけますか?」


「そうだな……まー、わかりやすく、『トール』でいいや」


「トールさん、ですね。では次に、スキルポイントを100ポイント差し上げますので、お好みのステータスに割り振ってください」


 トールは、武久のガイドでスキルポイントについても学んでいた。このRROがたるゆえんの二つ目は、現実世界の個人の能力も、キャラクターの能力とリンクするということだった。 たとえば、現実でも力が強ければ、STR筋力に優先的にポイントを割り振ることで相乗的な効果が得られ、力の必要なスキルを使う際に有利になる。学力が高ければINT精神力にポイントを振ることでさらに魔法のダメージにボーナスを加えられるし、剣道経験者であれば剣技のスキルがより扱いやすくなるなど、こちらも詳細はわからないものの、自分の現実世界の得意分野を伸ばすことでのメリットがあるらしい。

 一方で、自分の不得意な能力を伸ばすことで、バランスのとれたキャラクターにすることもできるので、その振り方もプレイヤーの考え方次第であるとのことだった。

 しかしトールはその説明を聞いたときからポイントの割り振りは決めていた。


AGI敏捷性に100ポイント、全部割り振るぜ!」

 

「かしこまりました」


 いわゆる極振りというやつだ。トールは、自身の身体能力をさらに生かすために、AGIに振るのが良いだろうと、武久のガイドからアドバイスをもらっていた。

 特に制止されるわけでもなく、画面に現れたステータスのレーダーチャートはAGIに偏ったいびつなグラフを描いていた。


 

《スキル『ファストムーブ』を習得しました》


 

 突如画面にパネルが現れ、スキルの習得を知らせてきた。


「おめでとうございます。AGIが100になったので、新しいスキルを習得されました。このゲームでは、このようにステータスが特定の値になった場合や、ゲーム中の行動などによってスキルを習得できます」


 トールは画面上に表示されたスキル名を触ってみた。すると、さらにパネルが現れて、スキルの詳細が表示された。


 スキル:加速(ファストムーブ)

 このスキルを発動すると、一定時間、通常の3倍の速度で行動できる。

 スキル発動中に攻撃を受けた場合などは、その瞬間にスキルの効果は消滅する。

スキルレベル:1

有効時間:5秒間

 消費MP:20

 取得条件:AGIが100に到達する


「このスキルはアクティブスキルといって、発動するのにスキル名の詠唱とMPが必要になります。さらにステータスをあげることや、ほかの条件によって、同じスキルでもスキルレベルが上がって、より強い効果になることもありますよ」


「なるほど、了解!」


「あとは……容姿は、ご希望がなければ今のままで良いかと思いますが、どうされますか?」


 特段絶世の美男子でも、クラスでモテモテのイケメンというわけではないが、多少ヘラヘラしていると言われるものの悪い顔でもないと思っているので、トールは容姿は変更しないことにした。


「このままでいいよ。最後は、一番大事などのNPCを選ぶか、ってことだよな?」


「そうですね。選択可能なNPCを一覧でお出しすることもできますが、きっと膨大すぎて選べないと思いますので、私のほうでおすすめの方を選んでみますね」


 そう言って、ナシタは何かをつぶやいたかと思うと、ピコンという音とともに新しいパネルが表示された。そこには、レベリオという名のNPCの生い立ちや年齢などの情報が記載されていた。


「レベリオは、両親を幼少期に亡くされ、その後盗賊ギルドに拾われて育てられた少年です。年齢は16歳ですが、すでに盗賊として、下っ端ではあるもののギルドのお仕事をして暮らしています」


「おいおい、盗賊って、犯罪者じゃねーか! なんでそんなキャラがおすすめなんだよ!」


「あっ、誤解のないようにお伝えしておきますと、RROの世界では盗賊も一つの職業として、国家に認められる形で存在しています。盗賊ギルドは、凶悪な犯罪が起こらないよう、犯罪者を管理する役割を持つ側面もあるので、褒められた仕事とはいえないかも知れませんが、社会のコミュニティや国家とつながりを持って存在を公に認められているのです。

「トールさんのステータスを考慮すると、レベリオのキャラクターに非常にマッチしているのではないかと思うので、おすすめですよ」


「うーん、盗賊ねぇ……」


 トールは、ナシタのまさかのチョイスに一瞬たじろいだが、武久のガイドによると、ナシタのおすすめするキャラクターにしておけばまず間違いないとの記載を思い出した。


「よし、わかった。じゃあそのレベリオとか言う盗賊さんになってみるぜ。義賊みたいなもんだろうと思えば、悪い気はしないしな」


「ありがとうございます! それでは、トールさん、今からあなたは盗賊の少年として、このRROの世界に飛び込みます。本当にリアルな体験を、新しい世界でお楽しみくださいね!」


 ナシタの言葉をすべて聞き終わらないうちに、また頭から意識だけが飛んでいくような感覚に襲われる。

 次の瞬間、視界は真っ暗になり、刹那、トールの頭の中に知らない風景や人物の映像が、何倍速かで早送りしたかのように流れ込んできた。


 そして――


 

「おい、トール! いつまでそんなところで寝てるんだ! もうとっくに朝になったぞ!」


 しわがれた太い声にゆっくりと目を開ける。天井が低い。使い古された布をかぶって、ギシギシと音を立てるベッドから身を起こした。

 しばらく周囲を見回すと、だんだんと記憶が鮮明になってくる。


「そうだ、ここは……ギルドの2階の、俺の部屋、だよな?」


 小さな部屋には小型のクローゼットがあり、ベッドサイドのテーブルには、寝る前に外したであろう、ナイフや腰につけるベルトなどが置いてあったが、それらすべてに今や既視感があった。

 自分がゲームにログインするまで生活していたレベリオの記憶が、自分の記憶に流入していることに、トールは驚いた。そして、レベリオというNPCの記憶の少年は、たった今、トールという名のプレイヤーに置き換わったという事実にも衝撃を受けていた。


「ひとまず、これでキャラクターはできたってことだから、外に出て武久を探してみるか。でもその前に、にも挨拶していかないとな」


 自然と「おやっさん」という言葉が出てきて、ますます驚くトールだったが、自身の部屋に置いてある装備品やアイテムを回収し、軋む階段を下りて、先ほど自分をどやした「おやっさん」に会いに行くことにした。

 

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