跳び跳び短編集

跳躍 類

 朧月

暗い。割れたガラスドアを潜り抜けた先、命からがら同士の狭間で、気が抜けたわたしの抱いた感想がそれだ。

おそらく月が雲に隠れているのだろう。

困った。こう暗くてはバイクのライトをつけなければならない。バッテリーがもったいないし、ヤツらに居場所を伝えることになるが仕方ない。それにどうせバイクの音で遅かれ早かれバレる。

夜の間、ヤツらは人間並みの速度でしか動けない————例外はあるけど、それは又聞きの又聞き。わたしはもちろん、あの人だって直接見たことはない。多分、相当珍しい個体なのだろう。だから大丈夫。

押し寄せる不安感を意外に思いながら、わたしはそう自分を納得させる。

バイクにまたがり、ふと、自分がさっきまで物資を漁っていた建物を見る。

その建物とはビルである。相当大きい、二十メートルはあるだろうか。

その仔細は、影と化した月光に覆い隠され長方形のシルエットに溶け込んでいた。

辛うじて見えるガラス窓もところどころが欠け、それはまるで文明の敗北を揶揄するよう。

上部をあてもなくぼうっと見ていたわたしの視線が、不意に正面に下がった。

そこには未だ無事なガラスがある。夜はそれを鏡に変え、そしてわたしの姿を映し出した。その姿はなんとも醜いモノだった。

髪はぼろぼろで薄汚れ、服も同様。肌はいつ入浴、いや、いつ水をかぶったのかもわからないほどどろどろで、なにもかもが醜い、いや惨たらしい有様。

ため息が漏れそうになるが抑える、余計な音は立てない。

もう外見なんて捨てた。見せる相手なんてもういないのに、けれど黒い、誘惑にも似た感情が溢れてくる。

しかし、わたしのなかのもう片方、生存欲求は「こんなことをしている場合じゃない」と出発を強制してくる。

揺れる死と生の欲求をそのままに、わたしはバイクを発進させる。

静寂を侵し、夜の帳を切り裂きながら進むバイク。

その音は、光は、文明を殺し、完全な静寂と闇を作りだしたヤツらに対する挑発ととられても仕方のないモノだ。

ヤツらじゃこのバイクには追いつけない。そんな分かり切ったことを頭の中で反芻させても、やはり不安だった。

不安に思っていてもしかたがない。もし変異種に出くわしたとしても、それは今までロシアンルーレットで当たりを引き続けてきたツケが回ってきただけ。どうしようもない。神様が揺れるわたしの死と生をやっと終わらせてくれただけ。

なのに、わたしは不安を覚えている。

わたしはそんな不安をねじ伏せ、考えを受身へと戻した。

またがる利器は、まるで希死念慮を謳うかのように爆音を夜に響かせる。

フッと、いきなり視界の明度が一つ下がった。

頭上に聴こえるのは、ばさっばさっという大きな音。わたしとバイクはソイツの作り出した闇の中にいた。

あの人から聞いた話は確か、飛べる変異種のことだったか。

思考は冷えている。けれど、胸の奥底では願望が盛っていた。

だけど、それはもう叶わない。生の可能性に閉ざされていた口から言葉が漏れた。


「ああ、月ってあんなに明るかったんだ————」



あとがき

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