何より大切な3つのこと 中編



「さて……じゃ、お昼にしよっか」

「…………へっ」



 突然そう言い残したクレハは、以前使用したメル製の魔物避けを準備。

 安全地帯を確保したクレハは、そのまま範囲内のトラップを除去。

 地面に埋められているもの、天井に設置されているもの、壁に設置されているもの全てを完全に完璧に撤去。

 そして、分かりやすいようにと魔物避けの範囲を地面にチョークで描く。



「はい。この範囲内の絶対安全を私の名において保証します」

「……えっと……何を……?」

「え? 今からフィアちゃんを美味しいご飯食べてもらって暖かい寝袋でぐっすり寝てもらうだけだけど?」



 いそいそと準備を始めたクレハをポカンと見つめるフィア。

 ほらほら座って! とぐいぐいと椅子に座らされたフィアは、ローテーブルや調理器具を取り出すクレハを暫く眺めていたが……やがて、ゆっくりと口を開く。



「……本当にダンジョン内でご飯作ろうとしてる……」

「あー、初めて私と会った人皆同じこと言うよ。配信何回もしてるけど、やっぱり信じられないみたいでさ」

「それは、私も信じられなかったです……でも、あれだけお強いんですから、それくらいできますよね」

「んー……まぁ、これに関しては強いだけじゃできないけどね。そのための知識だとか、道具だとか、心持ちだとか。全部無いとできやしないよ……っと、さてフィアちゃん」



 一通りの設置を済ませたクレハは、椅子に座ったフィアを覗き込むようにしゃがみこむ。



「これからご飯作るけど……何か好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか、ある?」

「え、っと……特には……」

「そっか。じゃ、予定通りでいいかな……ちょっと待っててね」

「て、手伝いますっ!」

「だーめ。ほら、配信でも見てのんびりしてて! あ、配信見る以外はしないでよね!」



 などと笑ったクレハは、有名配信者の配信が流がれた端末を押し付ける。

 今でこそフィアを物理的に縛るものは無いが、他人からの指示に愚直に従ってしまうのは彼女の身に染み付いた習性のような物だろうとクレハは推察する。


 ため息と怒りを押し殺し、クレハは料理に取り掛かる。ぽん、と取り出したトマト缶、炊いてきた米、チーズ、カット野菜、キノコ類、にんにく、バター、ベーコン、メル製旨み調味料。



「今日はトマトリゾットと、野菜たっぷりスープだ……多めに持ってきて良かったー……」



 まずはスープから。と言っても、こちらは簡単に。切ってきた野菜を鍋に入れ、水を入れる調味料を入れて終わり。あとは煮立ったタイミングで味を整えれば問題無し。

 あっさりと1品分の準備を済ませたクレハに目を丸くするフィア。そんな彼女を他所に、クレハはメインの調理に取り掛かる。

 熱したフライパンにバターを落とし、あらかじめみじん切りにしておいたニンニクを入れて香りを立たせる。

 ある程度ニンニクに火が通ったタイミングでベーコンときのこ類を投下。余談だが、クレハは意外ときのこ類が好きで良く食べている。

 じゅうじゅう、ベーコンときのこ類が焼ける音とニンニクとバターの暴力的な香り。


 ぐうぅ、とフィアの腹が鳴る。



「…………あぅ」

「あはは、確かにこの時点で美味しそーだもんねー」



 頬を赤らめたフィアに笑みを浮かべながら、ベーコンに焼き目がつききのこ類に火が通ったことを確認したクレハは満を持してトマト缶を投入。水を入れるのも忘れない。

 服に着いたら落とすのが大変なので、慎重にかき混ぜ、塩コショウと旨み調味料で味付け。この時点で既に、加熱されたトマトの暴力的な匂いが辺りに充満し、二人の食欲を無尽蔵に刺激していた。

 沸騰してきたタイミングで、味見をし……満足そうに頷く。



「さぁ、ここからが山場だ……!」

「…………っ!」



 いつの間にか食い入るようにクレハの手元を見つめていたフィアが、ごくりと生唾を飲み込む。先程から、フィアの腹の虫は鳴り続けていた。もはや彼女の瞳は配信には向けられておらず、クレハの一挙一動に熱心に注がれていた。

 クレハはそんなフィアを他所に、家で炊いてきた白米を入れる。しゃもじ替わりのスプーンで、米をバラバラにしながら水分を飛ばすように加熱を続ける。


 水分が飛び、米が赤く色付いたところで最後の仕上げ。



「ふっふっふ……チーズはね、結局最強なんですよ……! あればあるほど幸せ……それがチーズ……!」



 たっぷりのチーズを投下し、余熱で溶かすように混ぜ合わせる。

 チーズが溶けきったところで、火を止める。

 本来ならこのままフライパンから直接食べるクレハだが、今日はフィアがいるためきちんと取り分ける。


 念の為、と持ってきていたメスティンを皿替わりに完成物を半分取り分ける。彩り用のパセリも忘れずに。

 このタイミングで火にかけていたスープ用の鍋を火から外し、軽く味見。薄めの胃に優しい味になっている。それをカップに取り分ける。



「──完成っ! たっぷりチーズのトマトリゾット! と……野菜たっぷりスープ!」



 ほかほかと湯気を立てながら目の前に差し出されたトマトリゾットとスープに、フィアは目を見開く。

 どうぞ、と差し出されたそれ……しかし、中々食べようとしないフィアに、クレハは首を傾げた。



「どうしたの、フィアちゃん? 食べていいんだよ?」

「……その、申し訳、無いというか……こんなに美味しそうなもの、食べても良いのか……」



 ──この時点で、クレハの内心は怒りで荒れ狂っていた。

 自分と同い歳位の少女が、ただ食事を摂ることすら躊躇してしまうような人格にさせたその環境に、その元凶に。


 だが、今ここでその怒りを出したらフィアが傷付く──クレハの理性は、その一点のみで自らの怒りを押さえ込んでいた。



「──いい? フィアちゃん。幸せな人生を送るために、楽しい毎日を送るために、何よりも大切なことが、3つあるの……『美味しいものをお腹いっぱい食べること』、『暖かいベッドでぐっすり眠ること』、『夢を見ること』の3つ!」



 ずい、と指を3本立ててフィアに見せつけ──ふわりと、優しく微笑んだ。



「フィアちゃんがどんな生活を送ってきたのか、私は分かんないけど……君は、幸せになっていいんだよ」

「…………!」

「美味しいご飯を食べていい。布団でぐっすり寝ていい。自分のやりたいことをやっていい──だれも、それの邪魔する権利は無い」

「うっ…………ぐずっ…………」

「だからさ……食べて、欲しいな?」

「はいっ…………いた、だきます…………っ!」

「うん、どうぞ召し上がれ。あ、スープから食べてもらって良いかな? いきなりリゾットだと、お腹がびっくりしちゃうからね」

「わ、分かりました……!」



 差し出されたフォークでまずはスープから。

 中の葉物野菜をフォークで刺したフィアは、それをゆっくりと口に運ぶ。ほうっ、と息を吐いたフィアに、取り敢えずは一安心のクレハ。そのままスープを一口二口と飲んだフィアの瞳には、既に光るものがあった。

 感極まった様子のフィアはフォークを一旦起き、スプーンに持ち替えてリゾットを掬う。スプーンの半分ほどの少量のそれを暫く眺めていたフィアは、しかし意を決したかのようにゆっくりと口に運ぶ。

 口に入れた瞬間、目を見開いたフィア。その目から、ぽたり、と一雫。


 しばらくそのまま固まっていたフィアだったが……やがて、ゆっくりと咀嚼をはじめ、ごくりと飲み込む。そして、間髪入れずに二口目を口に運ぶ。一口目より山盛りに盛られたスプーンが、口の中に含まれる。



「……ぐずっ…………むぐっ…………ごくっ、はふっ…………あむっ…………ひっぐ…………ううっ…………んくっ、んむっ…………」



 フィアのリゾットを食べる手が、止まらない。

 ボロボロと零れていく涙が、止まらない。


 鼻をすすりながら目を擦りながら、それでもフィアは一心不乱に食べ続ける。



「……おい、じいですっ…………いままでの、どれよりも…………なによりもっ…………! こんなに美味しいもの、はじめてです…………っ!」

「そう……それは良かった。ほら、もっと食べていいよ」



 リゾットが無くなりかけていたフィアのメスティンに、クレハはフライパンに残っていた残りのリゾットを入れる。

 フィアはさらに顔をくしゃりとゆがめ、しかし確かにありがとうございますを口にし、リゾットを口に運び続ける。時々、スープのコップに手を伸ばし、ゆっくりと冷ましながら飲んでいく。


 頬に着いた米粒にも気付かず、服に飛んだ汁にも気付かず、ひたすらに食べ続けるフィア。そんな彼女を眺めながら、クレハは念の為に持ってきていたブロック状携帯食料を食べる。


 栄養第一で、味は二の次三の次であるはずの携帯食料が、いつもよりも何倍も美味に感じたのは、気のせいではないのだろうとクレハは微笑んだ。


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