第2話Ep2.部活動管理委員会/Who? or Why?


 身長的には、カイと同じか少し大きいくらいか。特に胸板と肩幅はたくましく、律儀に全て閉めた学ランのボタンは一歩間違えると弾け飛びそうだ。それでもボタンを閉めている姿はともすれば滑稽にも見えそうだが、彼を笑う人などいるはずもない。

 両端が吊り上がった眉と、同じく目尻にかけて上がった両目。はっきり通った鼻筋と厚い唇。メリハリのある彫の深い顔立ちは精悍とも言えるが、その大きな体躯と合わさると周囲の人間を片っ端から怯えさせるオーラがあった。

(なんかヤベェ人来た!!)

 もれなく気圧されたカイを片肘で小突きながら、サトルは笑顔を浮かべた。いつもの、目の細め方から口角の上げ方まで計算したみたいに完璧な笑み。

「こんにちは、お悩み相談部へようこそ。タツオミ先輩でしたか」

「トイマか、久しぶりだな。ジンゴはいないのか、ちょうどいい」

「サトルでいいですよ。ジンゴさんなら――」

「いるぜ!!」

 スパーンと効果音が付きそうな勢いでジンゴがパーテーションの中に飛び込んでくる。サトルとタツオミと呼ばれた男子生徒は揃って顔をしかめた。

「ジンゴさん、そんな動いたら死にますよ」

「くそ、いるのか。出直すか……」

「待て待て待て~い。死なねぇし」

 言いながら椅子を引っ張ってきて、いつものように逆向きにまたがって座る。背もたれを抱えて、

「イコマが俺を頼るなんて珍しーじゃん。どうしたよ」

 ニヤニヤと男子生徒の顔を眺めた。

 男子生徒はまた露骨に顔をしかめ、カイはわけも分からずふたりの顔を交互に見比べた。

(仲悪いのかな……?)

 戸惑う後輩にジンゴはニカッと笑いかけ、

「カイ、紹介するぜ! コイツは生駒イコマ龍臣タツオミ部活動管理委員会ブカンの委員長で俺のライバル!」

「勝手にライバルにするな」

「んで、イコマ。こっちは新入部員の神宮ジングウカイ。オカ研作りたいんだと、よくしてやってくれよな」

「あ、ハイ! よろしくお願いします!」

 イコマはジロリとこちらを見た。カイは慌てて頭を下げ、イコマは「そうか、がんばれよ」と素っ気なく言う。

 部活動管理委員会はその名の通り、部活を管理するための委員会だ。研究会を立ち上げたりそれを部活動に昇格させるには、彼らの前でプレゼンする必要がある。

(この人がその委員長……! 怖! いやいや、少しでもいい印象残さなきゃ……!)

 カイの心臓がバクバクと脈打つ。ジンゴはふたりの様子を見ながら得意げに言う。

「イコマはな~、一年前期は俺と同じ生活指導委員セイシだったのよ。でさ、一年代表を決めるとき、俺とコイツが立候補して、投票で俺に負けたのよ。それからだぜ、何かと俺のこと目の敵にしてきてさ。俺が部活作るっつったら後期から部活動管理委員会ブカンなったりな。始めは俺も気にしてなかったけどさ~、その熱意に負けてライバル認定してやったのよ」

 ジンゴは楽しそうだが言われた方は大いに不満そうだ。鼻を鳴らして「勝手なことを言うな」と言い返す。その様子にカイはビクリと肩を震わせ、けれど当のジンゴはどこ吹く風だ。

「俺はお前と張り合っているつもりはない、ただそんな髪色で制服も気崩してるような奴が生活指導委員長になるのはおかしいと言ってるんだ。生活指導委員長は生徒全員の規範となるべきだろうが」

「相変わらず真面目だね~。でも俺はちゃんと投票で選ばれてる」

「それも気に喰わん!! 普段はちゃらんぽらんなクセして口先だけは上手いときた! ここの生徒の目は節穴か!?」

「……そういうこと言ってるからじゃね?」

「ぐっ……。ともかく俺はお前が嫌いだ! 今日ここに来たのもお前ではなくトイマの手を借りるためだ」

 イコマにハッキリ「嫌いだ」と言われたジンゴは「う~ん」と目を瞑って眉を寄せた。数秒腕を組んで天を仰ぐ。

 それからパチンと指を鳴らして彼の目を見て、

「俺は好きだぜ?」

「そういうところだ!!!!」



 ♢ ♦ ♢



「――で、タツオミ先輩。今日はどのようなご用件で」

 ジンゴの嫌いなところをひとしきり上げ息を吐いたタツオミに、サトルが貼り付けたような笑顔のまま話しかける。タツオミは「ああ、そうだな」と呟いて、

「これを見てくれ」

 ポケットから一枚の紙を取り出した。三人はそれを覗き込む。

 紙の大きさは手のひら大。メモ帳を一枚破ったようだ。定規で引いたような真っ直ぐな線で、三行のメッセージが書かれている。


――――――――――


 黒蛇の会

 メンバー募集

 07021722×××


――――――――――


「くろへびの会。いや、こくじゃかな。夢に黒い蛇出てきたら大体よくない前兆だぜ~」

「こくだかもしれませんね、山海経の。で、先輩、これは?」

 サトルに続きを促され、イコマはため息をついた。

「お前たち、掲示板は見るか? 中央昇降口のところにでかい掲示板があるだろう。そこに貼ってあったんだ。正式な掲示物なら美化委員と学校の印鑑が押されるが、これにはそれがない」

「ただのイタズラじゃねーの」

「そうだな、イタズラだとは思うんだが……。入学式があったのが先々週だろ。そこからこの二週間、毎日この紙が貼ってあるんだよ。しかもな、テシガワラ先生いるだろ」

「テッシー。部活動管理委員会ブカンの担当だよな」

「そう、そのテシガワラ先生にも相談したら、十年前にも似たようなメモを見たことあるっていうんだよ。自分がこの学校に着任した年だからよく覚えてるって」

「まじ? てかテッシー十年もこの学校いたんか」

「地元はこっちらしいぞ。いや、それは今はいいんだ。問題は誰が二週間もこんな紙切れを毎日毎日貼ってるかだ」

 イコマはまたため息をつき、四人はそのメモ用紙を凝視した。

(二週間毎日貼るなんて、イタズラにしては凝ってるというか気合入ってるよな……。十年前にもあったっていうのは、どういうことなんだろう……?)

 カイの頭に「?」が渦巻くなか、「つか」とジンゴが顔を上げる。

「つか、なんでお前が犯人捜しやってんの? 掲示物なら美化委員の出番じゃねーの」

 部活動管理ブカン委員長は鼻息荒く、「まったくだ、聞いてくれ!」と机を叩いた。その勢いにメモがヒラヒラと舞い上がる。

「お前の言う通りだ! これは本来美化委員がやるべきだ!! しかしな、これには黒蛇のと書いてあるだろ。研究会関連なら部活動管理委員会ウチの管轄だろうとごねられてしまってな。今は部活の勧誘シーズンだろう、正式な勧誘ポスターにはウチもハンコ押して美化委員に回すんだが、ウチが押し忘れたんじゃないかって。そんなわけあるか!! そもそもこの学校に黒蛇の会などというわけのわからん研究会はない!!」

「……うん、お疲れ。断り切れなかったんだな」

 ジンゴは気の毒そうな笑みを浮かべる。委員長同士、通じるものがあるらしい。

 彫の深い顔を歪めて怒鳴り散らすイコマに、カイは意外にも親近感を覚えていた。怒っている相手が自分ではないからだろうか、その様子は逆に愛嬌があるというか、男子高校生らしい姿に見えた。

(イコマ先輩、怖い人かと思ったけど、いや、見た目怖いのは変わらないけど。黙ってると岩とか壁みたいだけど喋るとちゃんと人間感でるっていうか……。苦労してるんだな)

 カイの思いなど知らず落ち着きを取り戻したタツオミはまた岩のように、

「ともかく、お前たちにはこの紙切れを貼ってる犯人捜しに付き合ってもらいたい。休み時間に見張ったりしてみたんだがな、あそこは人通りが多いしさっぱりだった。テシガワラ先生はどうせイタズラだろうから放っておけと笑っていたが、そういうわけにもいくまいよ。この一枚を許したらそこから無法地帯になりかねん」

「真面目ー。美化委員に任せりゃいいのにな」

「その美化委員にやる気がないから俺が出張っているんだろう。ともかく、犯人を見つけないことにはどうにもならん」

 腕を組むイコマに、

「――タツオミ先輩。先輩の目的は『誰が』やったか見つける、でいいですか。『どうして』、ではなく」

 サトルはゆっくりと話しかけた。イコマはそれに頷く。

「ああ、その通りだ。正直、動機はどうでもいい。犯人を見つけてもうやらないように注意できればそれでいいさ」

 イコマの声は同年代の男子と比べても低い部類だ。低い、けれどよく通って聞き取りやすいそれは、ついつい聴き惚れてそのまま頷いてしまいそうな魅力があった。

 しかしその台詞はサトルの耳朶じだに響かず。サラリとした髪を少しだけ揺り動かして、

「なら、僕らよりそういうの得意な人がいると思うんですが」

「そうか? このテのものはお前が一番得意と思っていたが、それは誰だ?」

「新聞部部長」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る