第13話/キス・ファイター



 善人が学校で授業を受けている間に、ルゥが何をしているかと言うとゲームである。

 携帯ゲーム機、スマホ、PC、据え置きハード、全てをこよなく愛し日々プレイしている彼女であったが。

 今現在、それらの電源は全てオフされ居間のちゃぶ台で困り顔。


「…………シコって寝ろって、どんな意味なんです?」


 勉強以外の知識をゲームやアニメ等に注いでいる彼女は、妙なところで性知識が薄く。

 彼女の目の前、ちゃぶ台の上にはスマホ。

 表示されているページには、恋人との性生活に対する記事が多数。


「ううっ、恥ずかしいのを我慢したのにっ! 結局何も解決しないし分からないじゃないですかっ!!」


 ルゥも善人の現状を、ふわっとであるが理解している。

 それに、――彼女には有力な情報のホットラインがあって。

 だから彼の性欲を少しでも解消しようと、手がかりを探していたのだが。


「うあああああああんっ、やはり少女漫画っ、少女漫画しか勝たんっ! 頼むぞ花とゆめ! りぼんコミックス!」


 スマホの電源を消し、隣室の本棚へ。

 さて何を読もうか、中華ファンタジーか、後宮モノか、或いは現代の幼馴染み、歳の差モノでもと手当たり次第に選び。

 ふと気づく、教科書以外の性知識の殆どはこの蔵書からであり。


「――今更読んだ所でどうにもならないじゃないですかっ」


 彼女は頭を抱え、金糸の髪の毛をガシガシと乱しながらう゛ーう゛ーと唸る。

 ネットに転がっていた情報で、有力そうなのはあったのだ。

 しかしその意味が分からず、調べようとすると本能が警告する。


「アレ、絶対にすっごく恥ずかしい単語ですよね。――見ヌキとかシコ許可とか、カウントダウンとか、正確な情報なんです? 恋人がいる子ってそうやって彼氏の性欲を抑えてるんですかね??」


 なんとなく違う気がする、しかしとても有効だと書かれていたのだ。

 小一時間ほどルゥは悩んだ挙げ句に、一つの結論を出して。

 己が判断できないなら、善人に選ばせればいいと。


(…………私が提示するのはですね、そうっ、ちょっと大人のキス! それ以外の方法があるなら善人が選べばいいんです!!)


 何が起こるか分からない、だが何かが起こってしまう可能性が高くて。

 ならば準備が必要だ、これは戦い、女と男の戦いなのだから。

 そうと決まればと、ルゥは持ってきた衣服を確認し始め。

 ――その頃、善人は顔をしかめていて。


(こんぶ茶さんって、やっぱ女性なのかな。それもかなりロマンチストというか少女漫画好きの)


 机の下でスマホをこっそり覗き見、こんぶ茶から相談の返信が来たのだ。

 ダメで元々であったが、案の定の結果が表示されていて。

 もしかして推定彼女は、男性に幻想を抱いているのかもしれない、とすら考えてしまう。


(ちょっと大人のキスをして、反応を見たり話し合うって……)


 それをしたら暴走しそうであるから、相談したというのに。

 やはり実家に帰って発散した方がいいのかもしれない、理性で考えれば正解だろう。

 だが、もしかすると、もしかするのではないか。


(そんな甘い考え……だがしかしッ、ワンチャンあるなら挑戦してみるのが男じゃなかろうか!!)


 キス券に余裕はある、なんなら以前の様にイベントにしてしまえば。

 善人は悶々としながら放課後まで過ごし、中丸義兄妹の生温かな視線を背中に送られながらダッシュで帰宅。

 そうして、アパートに帰れば。


「おかえりなさいっ旦那様!」


「あ、うん、ただいま……??」


「ぶーぶー、反応薄いんじゃないの善人ぉ? 折角おしゃれして待ってたのに……もしかして、私に飽きちゃったの?」


「普段ダボTしか着ないのに、そんな服着て出迎えられて吃驚しないほうが変だと思わない??」


「…………確かに一理あるっ!!」


 ルゥの格好は、何処へデートに行くのかと問いたくなる代物であった。

 長い金髪は整えられ前からでも大きなリボンが見え隠れしている、化粧も完璧で、ピンクのブラウスにプリーツスカートで黒タイツ。

 恥ずかしがり屋の彼女らしく、露出こそ皆無であるがどう見ても余所行き衣装であり。


「待って、ホント待って、心臓持たない、可愛すぎるッ、――クソッ、何が目的なんだそんなあざとい格好して! 僕をキュン死させる気かッ!!」


「~~~~っ!? な、なんですかその反応っ!? どうして善人が真っ赤になってるんです!! うううっ、み、見るなっ、見るんじゃあないっ!!」


「は? は? 自分からそんな格好しといて見るなとか拷問かな?? ちょっと正座して訳を話してくれる? 事と次第によっては首輪つけて監禁するから今のルゥは可愛いがすぎて外に出せないよ??」


 恥ずかしいのかキレているのか分からない顔の善人の目は、激しく血走っていて。

 その妙な気迫に負けて、月海はすごすごと正座。

 帰宅早々、玄関にて奇妙な尋問が始まって。


「はぁ……まったく君はさぁ、取りあえずポーズとってよ写真撮るから軽く百枚ぐらい」


「ひゃ、百枚ッ!? もぉっ、どうしてそんな言葉が出てくるんですか!! ばかっ、善人のばーかっ!」


「僕を馬鹿にするぐらい君が魅力的だって自覚して?」


「あ゛~~っ、またそうやって軽々しく褒めるんですからっ、こっちがどれだけ恥ずかしいとですねぇ!! だいたいっ、私に正座させる前にカッコよく迫ってキスすればいいじゃないですか! 大人のキスとかして黙らせればっ!!」


「逆ギレっ!? はー可愛い、ルゥが愛おしすぎて心臓が持たない」


 恋人の新鮮な姿を堪能しながら、善人は小骨が喉に引っかかったような気分でもあった。

 大人のキス、帰ってくるまでそうする気であったが、その単語がどうしてルゥの口から出てくるのか。

 じぃ、とリップが塗られた唇を凝視し、彼女はその視線に気づいてぷいと顔を反らす。


(変だ、絶対に変だよ。――僕は何かを見落としてる? ああダメだ、ルゥが可愛すぎて思考が定まらない)


(見てるっ、見られてるっ、これは……されちゃうのではなかろうかっ!! 頑張ってこの格好をした甲斐があった! 偉いぞ私! 後は大人のキスに耐えられるかだ!!)


(キスしていいなら……、もしかしたらその先も)


 期待と興奮に、何より普段とは違う姿であるルゥの魅力にくらくらする。

 理性の糸が切れてしまいそうな感覚、だが同時に善人の悪ガキスピリッツが、天の邪鬼な部分が顔をのぞかせる。

 本当にそれでいいのかと、安易にそうしていいのかと。


(――――大人のキス以外に、何か楽しい事があるじゃないか?)


(まだかなまだかなーっ、とうとう普通のキスから一歩先に……うううっ、恥ずかしいけどっ、耐えられる筈っ、だってもっと恥ずかしいコト昨日されたからッ!!)


(もう少し……僕ら、踏み込んでもいいのでは?)


(かかってこいっ、逃げも隠れもしないぞおおおおおおおっ!!)


 ルゥがきゅっと目を瞑るのと対照的に、善人はくわっと目を見開いて。

 邪念まみれの頭脳の中で、数多のパターンが積あがっていく。

 どうしたら、もっとルゥという存在を堪能できるか。

 ――――そして。


「まだ早いんじゃないかな、僕らには大人のキスって」


「………………んん??」


「【キス一回券】は使わせて貰う、でもそれは大人のキスじゃなくて」


 瞬間、ルゥは非常に強い危機感を覚えた。

 逃げ出さなければ、本能がそう訴える前に善人が言葉を続ける。


「媚びろ」


「へっ!? い、今なんと……」


「媚びろって言ったんだよルゥ、そんな服着てさ、誘ってるんだろ? なら……このキス券を全て使う、五枚はあるだろ? だから……僕が君に大人のキスをしたくなる様に全力で媚びながら唇以外にキスして媚びてくれッ!!」


 己の性欲が爆発なんて知ったことか、例え破滅してでも今この瞬間を全力で堪能する。

 善人の不退転の覚悟に、彼女からしてみれば過激すぎる内容に。

 羽寺月海という少女は、己に大きすぎる試練が訪れてしまった事を確信した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る