第3話-SideA 天文同好会

 始業式はつつがなく終わった。

 相変わらず、ここの学校長の挨拶は面白い。

 今日のネタは、本人のスーパーでの一幕だ。

 しかしよく聞いてみるとそこに自分たちの教訓にもつながる話が含まれているのだから、凄い。

 少なくともこの学校長の存在は、この高校の大当たり項目の一つだと思う。


 教室に戻ると、年度始めのプリントが何枚か配られる。

 購入すべき教科書のリストと販売予定、年間スケジュール、修学旅行の費用に関する連絡等。

 親に渡すべきプリントもある。

 アメリカにいる両親とは時差や手間があるので、プリントの類の共有は急がないと提出期限に間に合わないこともあるのが厄介だ。


 一通りの説明が終わって、HRホームルームも終了となる。

 今日はこれで学校は終わりだ。

 部活に入ってない明菜はもう帰宅という事になる。これだけのために来るのも無駄があるな、とは思うが、歩いてこれるからそれほど負担ではない。

 それに、これから同じクラスになる人を確認できた。今年のクラスもいい人が多い気がする。

 それに――と思って隣を見ると、なぜか秋名が年間予定表を凝視していた。

 何をしているのだろう、と興味を覚える。


「秋名君、なんかじーっと予定表凝視してるけど、なんかあるの?」


 声をかけられるとは思っていなかったらしい。

 驚いた顔がちょっと可愛い。


「あ、いや。色々予定とか確認してるだけで」


 何か気になることでもあったのだろうか、と思うが分からない。

 ただ、気になることと言えば、むしろこちらにあった。

 なぜあの時にあんな時間に屋上にいたのか、まだ不明のままだった。


「……そういえばさ、何であの時、屋上にいたの?」

「え?」


 なぜそんなことを、というような顔だ。

 だが、こっちとしては分からなくて春休み中ずっと――とまではいかないが、時々思い出しては首を傾げていたのだ。その疑問は解消してほしい。


「すっごい助かったけど、でも、あの時間って普通学校に人いないから、びっくりしたのよね。あとで考えても、なんでいたのかなって」

「ああ、別に不法侵入とかじゃないよ。ちゃんと許可取ってたからね。天体観測してたんだ」


 聞きなれない言葉に驚く。

 天体観測というとあの星を観察をしたりすることだろう。というかそれ以外にない。

 確かにそれなら夜にいたのは分かる。

 ただ、天体観測をするなら普通天文部や地学部だろうが、この学校にそれはない。

 なぜ知ってるかと言えば、あったら入りたいと思って探したからだ。


「天体観測? でもこの学校、天文部なんてないよね?」

「ああ。まあ一応、天文同好会はあるんだ。ま、メンバー俺とあと一人だけだけど」

「なにそれ!? 知らないんだけど」


 初耳だ。

 知っていたら入ってた。

 幼い頃から祖父に星の物語を色々聞かされていて、自分自身も興味を持って色々読んでいる。だから星は大好きな分野の一つなのだ。


「まあ、あまり宣伝してないからね……正式な部じゃないと掲示板とか使えないから、宣伝難しくってさ」

「秋名君とあと一人だけって、もう一人は?」

「あそこにいる賢太……佐藤君。まあ幽霊会員だけどね。なので実質俺一人。まあ同好会でも、時間外に学校を利用する申請は出来るから」


 なるほど。

 それで強引に同好会として成立させている、というわけだ。

 ということは部室……というか専用の部屋などもあるのだろうか。


 明菜はいつも人に注目されてしまう。

 自分の容姿からそれは仕方ないとは思っているが、さすがに時々疲れてしまう。

 ただ、一人しかいない同好会であれば、秋名以外に見られることはないし、彼一人ならそう負担にもならない。


「部室……というか同好会室とかってあるの?」


 少し声を潜める。

 他人に聞かれて、興味を持たれたら面倒だからだ。


「うん。一応特別棟の地学準備室。俺の天体望遠鏡とかはそこに置いてある」

「え。私物?」


 天体望遠鏡は興味があったがかなり高いと聞いたことがある。

 そんなものを学校に持ってきてるという事は、もしかしてすごいお金持ちなんだろうか、とも思ってしまう。


「うん。まあ家にもあるけど。俺の家遠いから、持ってくるの大変なんだ。ま、一応将来会員が増えた時のために、というのもあるけど」


 確かに繊細な道具だろうし、家が遠いという事は、おそらく電車の距離なのだろう。

 それなら常に置いている、というのは納得だ。


 地学準備室の場所は、特別棟二階の一番奥。

 特別棟自体、手前の第三校舎の四階からの渡り廊下でしか繋がっていなくて、しかもそれが特別棟の一階に繋がってる特殊な構造だ。

 特別棟には地学室や化学室など、主に理系の専用教室しかなくて、利用者は常に少ない。

 つまり、地学準備室に入り浸っていれば、人の目を気にすることはほとんどなくていいことになる。

 そして何より、天体観測ができるかもしれない、というのはとても魅力的だった。

 となれば――。


「ねえ」


 口に手を当てて、外に声が漏れないようにして、少しだけ顔を秋名に近付ける。


「私もそれ、入ってもいいかな」

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