第三話 友情の為に体が勝手に動くと思っていた時期もあった

 程全ていぜんという子供は噛みついてくるような勢いで私に絡んできた。「俺に付いてこい」だの「俺は将来大物になる!」だの夢を語っていた。私は、


「はは……」


 と苦笑いをしていた。私を見兼ねたのか程全の取り巻き達が口を挟む。


「おいお前、聞いているのかこの方の父親は凄いんだぞ!」


「そうだぞ! 程全君を舐めるなよ!」


 聞いてます聞いてます。誰も舐めちゃいない。とりあえず、穏便に行こう。私には二十年近く培ってきた営業スキルがある。きっと上手くやれるはずだ。一度も昇進しなかったという事実には目を伏せよう。


「そもそも、なんで私なんかを子分に選んだんですか? 君の子分はもっと優秀な人がなるべきと思うんだけど」


 自分を蔑み、相手を持ち上げる。間違いなく程全の気分は良くなるだろう。それに客観的に見ても、彼は良くも悪くも素直な性格だ。私の言葉を真っすぐ受け止めるだろう。……子供相手に私は何をやっているんだろうか。


「お前、田豫でんよっていうんだろ」


「私を知っているんですか」


雍奴県ようどけんの天才児と噂になってるそうじゃないか」


「いや、それほどでも」


 その噂を知らない訳ではないが、とりあえず彼に話を合わせた。


 程全は何故か鼻高々に取り巻き達に私の事を説明しだす。


「色々、聞いたんだぞ。こいつは読み書きが出来るらしい」


「すげえな!」


「それなのにこいつ、庶民出身なんだよ」


「えええええ! 大人でも出来ないのに!」


 取り巻き達は盛り上がってた。心なしか気分が良い。


 転生特典というのだろうか、そのおかげで何を喋っているかは理解出来たけど、読み書きが出来なかった。私はこの世界をのし上がる為に最初に取り組んだ事が読み書きだ。この時代の識字率は低く、庶民からすれば文字そのものが縁遠いものだった。


 私は読み書きを習う為に呉国を支えた政治家である闞沢かんたくに倣う事にした。幼少時、闞沢は傭書ようしょをして文字の読み書きを覚えた。傭書とは、人に雇われて文字を複製する事である。この時代は印刷技術が無い為、手書きで文字を複製する必要があった。偶然にも両親が文筆で生計を建ててる人と交流があった為、私はその人に頼み込んで傭書をしていた。私がいとも簡単に読み書きを覚えてしまったので天才児という噂が広まったのである。


 もっとも、読み書きを覚えれたのは精神年齢が熟達しているおかげだと思う。私の中身が本当に六歳児であれば今ほど読み書きを出来なかっただろう。


 私は気分が良かったので、つい調子に乗ってしまった。


「いやぁ、そんなに凄い事ですかね。皆も努力すれば読み書きなんて出来ますよ」


「すげぇや……」


 あー滅茶苦茶気分が良い。かつてこれほど人に称賛の目を注がれた事なんてあっただろうか。いや否っ……なんか、悲しくなる。


「今日からお前は俺の子分で参謀だ!」


 程全にいきなり参謀宣言された。とにかく今、私が必要としているのはコネ。程全が何者が知らなければいけない。大したことなかったら、お腹痛いとか言ってさっさと帰る事にしよう。というか誰かに仕えるとしたら大好きな蜀国の武将が良い。


「そういえば程全に聞きたい事があるのですが」


「程全様と呼べ!」


 ぐっ……! ふざけやがって!


「て、程全様のご両親はなにをなされているのですか?」


「程全君の父親を知らないのか⁉」


「どうせ家に引き籠って、お勉強しかしてないんだろ」


 何故か取り巻き達に貶された。


 程全は意気揚々と切り出す。


「俺の父さんはな、ここの県長なんだよ」


「え! えええ! そうだったんだ!」


 私は思わぬ相手に歓喜した。県長というのは私の居た二十一世紀の日本でいう市町村長に当たる人物である。つまりこの雍奴県を治めている人である。ちなみに一万戸以上の県を治めていた場合は県長ではなく県令と呼ばれている。


 私は思わず自分の両手を握って、胡麻を擂る様に程全に近づいた。


「程全様、参謀として、あなたのご両親に会いたいと思います」


「なんだお前、いきなり気持ち悪いな」


「駄目ですかね。へへっ」


 私は完全な三下ムーブをかましていた。


「しょうがねぇな、いいだろお前らいくぞ」


「「「はい」」」


 狙ったわけでもないのに取り巻き達と奇跡的に声がハモった。


 しばらく程全についていくと町が騒がしいのを感じる。


「大変だ―大変だ―」


「逃げろ!」


「守備兵はなにやってんだ!」


 何事かと、私達はきょろきょろと周囲を見渡す。


 すると馬に乗った賊らしき人が三人、真っすぐこっちに向かってきていた。


「いたぞ! 県長の息子だ!」


「捕えろ!」


 な! 程全が賊に狙われてるじゃないか! あああ! どうしよ! というか程全、賊に立ち向かおうとしてないか⁉︎


「なんだお前らは! かかってこい!」


 いやいやいやいや、それはおかしい。


 私は程全の腕を背後から引っ張る。


「逃げましょう!」


「なに言ってんだ! ふざけるな!」


「まずい! もう目の前まで」


 賊は「おらぁ!」と言って、いとも簡単に程全の腕を掴んで連れ去ろうとする。私は、新たに芽生えた友情の為――――ではなく、人脈の為に体が勝手に動いた。すまない程全、私にはこの世界をのし上がるという夢がある!


「逃がさん!」


 私は程全の腕を掴んだ賊が乗っている馬のお尻に飛びついて、しがみついた。


「なんだこのガキは!」


 当然、賊も驚いた。しかし、馬は止まる事なく、町を離れて行った。


 こんな所でいきなり二度目の人生を終わらすわけにはいかない! 必ず! この窮地を脱してやる!

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