第27話

岩城さんの運転する車は法定速度を超えて走っている。

自分が非常に焦り急いでいるとこをわかってくれている。

由紀恵さんの事務所を出たとすぐに家に戻る予定だった。その道中風間さんから電話が入った。

「妹が毒を盛られて倒れた」と。


風間さんは明らかに冷静さを失った様子でDESIの事務所まで来てくれとだけ告げて電話は切れてしまった。

事情を岩城さんに話すと事務所まで同行してくれると言うので甘えることにした。

「姫子さんとはあなたのお友達ですか?」

「瀬川の恋人です。二人そろっているところは一度も見たことないですけど」

「毒を盛られたとは穏やかじゃないですね。しかし向かう先は病院ではなくていいのですか?」

「姫子さんは今、大阪にいるらしいです」


「それはまたどうして大阪に?」

「わかりません。風間さんもかなり慌ててましたし、そもそもまだ把握してないのかもしれません」

DESIの事務所は池袋にあった。電話口で風間さんが教えてくれなかったので結局自分で調べて辿り着く子が出来た。

事務所が入っているのはビルの中。ビルの案内を見るとDESIは一階と二階。


「私は事務所の近くで待っています。何かあればお役に立てるでしょう?」

「……ではお願いします。あの二階の窓から見える木のところで待っててください。あそこなら少しは涼しいと思います」

「え、ええ。ではそうしますね」


一階のフロントにはまだ高校生かと思えるような若い女性が二人雑談している。

二人は何も聞いていないのか内線電話で対応の確認をしている。

しかし風間さんは妹が重体なのになぜ俺を呼び出したんだ? 普通に考えればすぐにでも大阪へ急いて向かいそうな気がする。

一人の女性が応接室への行き方を教えてくれた。どうやら案内はしてくれないらしい。

向かう途中フロントを振り返ると二人の女性の姿はなかった。


ドアをノックして返事の前に中を覗き込む。

小さなガラステーブルを挟むように立派なソファが対になっている。西日が赤く部屋を照らすがブラインダーは開いたままだ。

日に照らされ影だけの風間さんはソファの背もたれに腰を預け外を眺めている。

「君のせいだぞ。ミチル君」


「……そうでしょうか。僕は遅かれ早かれこうなっていたと思いますよ。過去に戻ってやり直すのであれば、瀬川がYouTuberになった日まで戻らないと何も変わらないと思います」

「事態が遅れるのであれば手の打ちようはあった」

「瀬川のアーカイブを消したように?」

「何のことだい?」


「あなたはかなり早い段階から瀬川の共犯者だった。違いますか?」

「馬鹿な話だ。まだ続くのかい?」

「もちろん殺人の共犯だとは言いません。それを隠すことに協力したという意味です」

「利害が一致するからです」

「それだけでか?」


「瀬川に頼まれたのか独断かわかりませんがあなたは瀬川の家にあるパソコンを破壊した。急いでいたのか、方法がわからなかったのか水に浸すという原始的な方法で」

風間さんに質問には答えない。

「俺が瀬川君の部屋に? どうやって? 鍵もかかっているだろうに」

「じゃあやはり急いでたんですね、もしくは動揺していたか。愛鉄は部屋に鍵をかけない。もちろん家を出るときも」

あるいはもっと急いで動揺すれば間違って鍵をかけることもなかったのかもしれない。


「鍵はどうやって……いやよそう。葵から借りればいいだけの話」

「もちろんただの推察ですよ、証拠なんて何もない。姫子さんと二人で瀬川のマンションへ行ったとき鍵がかかっていた時の反応も少し変でしたからね」

「そうだったのか。誓って言うが僕は共犯者ではない。ただ自分の利益だけのための行動だ」

「結果的に瀬川を庇っていたと」

「そこまで偶発的ではないさ、彼を守ることは大事だった。もうそれも無理だとわかった」

風間さんは力なくソファに座りなおした。


「妹は君と同じ考えだった。いや君と同じなのかな? 葵は無実だと信じていたから君とは違うのかな?」

「目的は同じだったと思います」

「君たちの行動力には呆れるよ。せめてもの救いは葵は君より僕を信じていたことだ。葵から聞いた瀬川君の小細工。あのアーカイブも消した。あれは失敗だ、君以外にも多くの人間に違和感を与えていた」


「考えうる一番の失敗は城島への対応だった。下手な応対をするくらいなら無視しておけばよかったんだ。どこで邪心が芽生えたのか瀬川君の秘密を探りだして強請ろうとした。そこでを知ってしまったのだろう」

「じゃあ城島も瀬川が?」

「それ以外考えられないだろ、他に誰が殺すって言うんだ」

赤かった部屋は今では薄暗く風間さんの表情がよく見えない。


「この時点で諦めた。もう庇えないと。だからせめて時間を稼ごうと思った」

「上場まで?」

「そうだ。僕たちが0から作り上げたこの会社、君には想像できないほどに大事だ」

「妹よりですか」

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