第21話

「妹が居なくなった」昼夜逆転していたせいで風間さんからの着信に気が付くとこが出来ず最初の連絡から6時間も経過してから気が付いた。

机に突っ伏して寝てしまったせいで首が痛い。結局本を読み終えたのは明け方、その後考えているうちに眠ってしまったのだろう。

痛む首をさすりながら風間さんからのショートメールを見るとどうやら一昨日、俺と一緒にいた時から風間さんとは連絡を取っていなかったらしい。その後姫子さんのマンションへ行ってみるともぬけの殻だった。

姫子さんの年齢を考えると大袈裟な気がしないでもないがそれも家族関係から発するものなのだろうか。


一応自分からも姫子さんに連絡をしてみるが期待はできない。

俺の中で姫子さんに裏切られたという頭では勝手に期待しただけと分かっていても心で納得できない感情が沸いてしまっている。そのせいで連絡が取れないと聞いても大して焦燥感は覚えていない。

「自分勝手なのは百も承知だよ」

試験勉強が終わったにもかかわらず分厚い難しい本を一晩で読んだせいで機嫌がよくない。ベッドにスマホを乱雑に放る。


机で何時間寝ようと疲れは取れない。ベッドで少しでも休もうと横になる。どうせ大学生の夏休みだ。誰にも咎められることはない。

心地よい眠気がようやく来たところでスマホが振動した。

「面倒くさい」

わざわざ口に出してみたが結局スマホを手に取る。


「今大丈夫かい? 大丈夫なら今から君の家に向かっていいかな?」

油断した、電話だと思っていなかった。

「は、はい大丈夫です」

「そうか、じゃあ今から行くから住所を教えてくれ」

通話が切れた瞬間に後悔した。面食らって断ることが出来なかった。


気分を変えるためにシャワーを浴びたがさっぱりしたというのにまた眠気がしてくる。窓を開けて外気を浴びると多少は目が覚めた。しかし寝汗を流しばかりというのにまたうっすらと汗がにじみ出る。

裏目裏目の行動に段々腹が立ってきた。

「お前のせいだぞ。瀬川」


インターホンの音。風間さんは俺の部屋に来た。てっきり連絡を入れて俺が出向くものかと思っていた。

風間さんは玄関から俺の部屋を覗きこむ。わざわざ俺の部屋まで来た理由が分かった。

「いませんよ」

「……そうみたいだな」

「仮にいたとしてもあなたの許可が必要で?」喉まで出かけた挑発を懸命に飲み込む。ダメだ。今日の俺は冷静じゃない。


「すまない、俺も気がおかしかった。妹のこととなるとどうもこれで困る」

車中暫し無言が支配していたが風間さんが沈黙を破った。

車の運転の振動は俺にとっての鎮静剤。自分自身運転とは無縁だが昔から車に乗るのは好きだった。車に揺られているうちに気分が落ち着く。

「いえ、当然だと思います。俺が風間さんの立場でも同じように疑います」


「瀬川君から連絡は来たかい?」

「いいえ、まったく」

話題に困ったのであろうわかりきった質問をする。

「そうかあ。いやこんなことを話すと薄情と思われるかもしれないんだがね、今うちも大事な時期でね。上場できるか否かの瀬戸際なんだ」

「そうなんですか。俺全然詳しくないから知らなかったけどDESIって大きな会社なんですね」

以前大切な時期と言っていたのはこれのことだったのか。

「とはいえ昔のような勢いはありません。YouTube黎明期に思い切って参入して成功しましたが言い換えれば先駆者がいない、お手本が無いわけですからね。失敗もありました。肝心なタレントの離脱が痛いのです」


「あの……ところでどこへ向かってるんですか?」

「あっすいません、自宅へ向かってました。すぐ戻ります」

「適当なところで降ろしてください、今日まだ何も食べてないんでどこかで食べて帰ります」

「お邪魔でなければご一緒してもよろしいですか? お詫びと言っては何ですが奢りますよ」


誰が、誰がトラ君の秘密を知っているんだろうか。

青信号に変わってるにもかかわらず動く気配のない前の車に乱暴にクラクションを鳴らす。信号待ちの子供がびくりと体を震わせたが知ったことではない。

「あいつ……、あいつはきっと知っている」

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