7 本当は

 フェイシーはもっとみんなの願いを叶えたいと思った。どこかに願望を持っている人はいないかな、と、村中をぷらぷらする。でも人は、自分の願いを口にしながら生きているわけではない。知ろうと思えば、探さないといけない。願いはどこか青い空の彼方から運ばれてくるものではなくて、心の奥底から込み上げてくるものだからだ。

 ある一軒の家を通り過ぎようとした時だった。

「おい!」

突然、男性の怒鳴り声が聞こえた。フェイシーはびっくりして飛び上がりかけたけれども、すぐにフェイシーに向かって言われたものではないことに気がついた。

「どうなんだ」

「だから、あなたのいう通りにするって言ってるじゃない」

女性が言い返す。

「じゃあこれはなんだ」

と男性がいうと、女性は押し黙った。

どうやら誰かが喧嘩しているようだった。その家は窓を開け放していた。そこからフェイシーは覗こんだ。昼間から酒浸りになった亭主が、妻らしき女性を殴っているところを見た。止めなくちゃ、と思った。でも足がすくんで動けない。フェイシーは心配になって、でも怖くて、様子を伺う。

「しょうがないじゃない、内職でもしなくちゃ……」

「お前は俺の妻なんだ」

酔っては女性を侮辱し始めた。

しまいには夫は酔い潰れて意識を失った。崩れるように倒れると、廊下に転がって大きいいびきをかき始める。

「……あら?」

終わってから、妻らしき人はフェイシーに気がついた。フェイシーは慌てて隠れようとしたが、女性は寂しそうな微笑をたたえて、フェイシーを招いた。フェイシーはおずおずと歩んでいくと、女性は散らかってしまった部屋を片付けながら、

「本当はね、良い人なのよ。でもお酒が入ると、目が三角に吊り上がって、人が変わっちゃうの。でも普段は良い人だから、気にしないで」

と何度も話す。本当にいい人なのだろうかとフェイシーでも疑問に思った。なんだか信じられない。どう見ても、夫の方が一方的に怒っていたのに、悪いのは男性の方なのに、どうしてそこまで庇うのだろう。

「どうか良くなってほしいです」

「ええ、本当にそう思うわ。お酒を飲むのをやめてさえくれたら……ね」

「それなら、これをプレゼントします」

フェイシーが指先を折り曲げると、青い花の茎を握っている。そしてそれを彼女に渡した。

「あら、いつのまに。マジック? 手先が器用なのね」

女性はそう言いながら受け取ってくれた。

「この花は、願望を叶えてくれるんです、なので……」

「あら、そうなの」

「なので、何か願い事を言ってください」

「あらあら、ありがとう」

と言って笑ってくれるのだが、フェイシーは焦りが消えなかった。なんだか声の調子がわざとらしくて、おままごとに付き合っているような反応が返ってくる。

「いい子ね」

と頭を撫でられる。フェイシーはもどかしさを感じた。褒められたくてやっているのではないのに。

「良くなってほしいんですよね」

「ええ、そうよ。もっと昼間から働いて、ちゃんとしてくれるようになったらいいのにね」

どうも、調子を合わされているように感じる。でも青い花は、みるみるうちに萎んでいく。

「あら、お水に入れないと。萎れちゃうわね」

「願望を叶えたからです」

「そうなの?」

フェイシーが伝えると、初めて相手はまともに驚いた。願い事を叶え、役目を終えた花は枯れてしまうことを、フェイシーは何度か経験して知っていた。

でも亭主は寝たままだった。目の前で叶うところを見れたら良いのにと思うけれど、叶うと一番良い時、というものがあるのだろう。フェイシーが思うに、心の底からの願いは実現されるようになっていて、青い花はその実現を促進させるのかな、と考えている。これはまだ確信はできないけれど、フェイシーにとって徐々に真実になり始めていた。

「そうだ、お名前は?」

「フェイシーと言います」

妻は小声で、促した。

「そう。フェイシーちゃん、今日はもう帰りなさい。お話できて本当に良かったわ。素敵なお花もありがとう」

フェイシーは帰ろうとすると、いびきをかいていた亭主が唸り声を上げた。妻は小走りで部屋に向かっていった。

きっと叶えられる。青い花がそれを示している。私はそう考えようとした。でも、どこか不安だった。フェイシーが家を出てきたのを見たおばちゃんが、目を開き、フェイシーの話を聞いた後に、眉を下げて、言った。

「あそこの奥さん、旦那が働かないで飲んだくれているから、自分は内職して……かわいそうにねえ」

 そうだったんだ。実質上、妻が養っている状況らしい。確かに夫が元気になって働くようになれば、もっと幸せな家庭を作れるんだろう、と考えて、フェイシーは妻の願いが叶えられるように祈った。想像しているうちに、

「ふふふ」

と小さな笑いが溢れる。きっとこれで、みんなの笑顔が見れる。そう思うとフェイシーは天にも昇るような喜びに包まれた。なんて素晴らしいんだろう。私の持つこのささやかな力が、誰かのためになれるなんて。

 家に帰っても、高揚感は止まらなかった。

「ふふふふふ」

願いを持っている人は、探せば見つかるものなんだ。

「フェイシーちゃん、楽しそうだねえ」

とおばあちゃんもうれしそうに言う。

「いいことをした後は、幸せな気分になります」

「そうだねえ、フェイシー、いいことだけをしておくれ。悪いことはしないようにね。きっと神様は全てを見てくださるからね」

「はい」

フェイシーは深く考えないまま頷いた。

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