2 一匹の虫

 身寄りも行くあてもない私は、おばあちゃんと一緒に暮らすことになった。おばあちゃんは私をフェイシーと呼んだ。

生活はとても平板なものだった。山菜を摘み、薪を拾い、水を汲み、服を編む。私は小さな幸福を満喫していた。

ところで、家には一冊だけ、本があった。

亡き夫の形見だと、おばあちゃんは語った。でも、おばあちゃんは老眼で、もう文字が読めないのだという。私が気になるそぶりを見せると、どんな内容だったのか、覚えている範囲で話を聞かせてくれた。この村の出来事を綴った本らしい。

「わざわざ文章にしなくても、いいのにねえ」

と、おばあちゃんは懐かしさにクスクス笑っていた。おばあちゃんが思い出話を楽しそうにする時、とても若やいで見える。私はそれを、不思議なものに出会った気分で眺めていた。

ある日、私は一人で外に出かけた。

そこで、一人の男の子と出会った。

男の子は手編みのカゴを両手に構えて、集中している。私に気づくと、「邪魔するな」と言いたげに睨みつけた。私は立ち止まって見守った。

男の子は忍び足で動き、カゴを地面に押し付ける。

「やったあ」

男の子は歓声をあげた。そしてさっきとは変わって嬉しそうに、近くにいた私に、

「こっちに来なよ」

と話しかけた。私は恐る恐る近づいた。男の子はカゴを少しだけ傾けて、手探りで何かを掴んだ。そしてカゴをもう片方の手で開けた。

1匹のバッタが指に掴まれて震えていた。虫取りをしているところだったのだ。

私は、なぜか背筋が凍るのを感じた。小さな虫に対して、大きな手が運命を握っている。ちぎり取られていくのも、気まぐれに放されるのも、全てが手の中に委ねられている。なんと残酷なことをしているのだろう。

男の子は無邪気に笑った。

「みてみて、バッタ」

「かわいそうです」

私はバッタの気持ちになって訴えた。すると、男の子は少し不機嫌に、

「それなら、ぼく、このバッタ、飼うから」

と主張した。

「その方がもっとかわいそうなのです」

男の子は頑張りを認められなくて、もっと不機嫌になった。

「いや、ぼくが育てる」

と言って、家に帰ろうとした。でも数十歩歩くと、バッタを解放した。バッタは羽ばたいて数メートル飛び、草むらの中に入っていく。私はホッとした。

「どうしてあんなことをするのでしょう」

この出来事をおばあちゃんに伝えると、

「そっか、それは大変だったでしょ。でも、男の子にはよくあることだからねえ」

おばあちゃんは微笑んだ。

「私、とても怖いと思いました」

「怖かったろうねえ、でも、気にすることないよ。フェイシーは大きいから、片手でつまめないものね」

とおばあちゃんは言った。それから、

「今日はご飯、取ったかい?」

と優しく尋ねた。少食の私を心配して、言ってくれたのだろう。私は頷いた。

「それならよかった。いやねえ、この歳になると忘れっぽくて、ちゃんと作ったかも不安になっちゃうのよ」

おばあちゃんは微笑んでくれた。

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