第19話 演習です2

「へぇ班決めもうすぐなのね」

 

 教室に帰った後、リナニエラがチェーリアとステラに先ほど教師から聞いた話をすれば、食事をしていた彼女はしれっとそんな事を口にした。彼女自身、魔物との戦闘が激しい辺境の生まれからか、さほど演習に対しても気負いはないようだ。むしろ、同じ班の面々が足を引っ張らない方が問題らしい。


「緊張しますね」


 ステラが少しこわばった顔をして、口を開いた。彼女とはジェラルドの件以降一緒に行動している。チェーリアとは違い、おとなしいタイプの彼女だが、彼女はこのクラスで上位に入る炎魔法の使い手だ。魔法の実践の授業の時、一体どれだけの的を自分の魔法で消し炭にしただろうか。

 友人に対して少し失礼な事を思いながら、リナニエラは漸くありつけた昼食を口にしていた。今日の食事はパンに切れ目を入れてハムとチーズとレタスを挟んだ簡単なものだ。手軽に食べられるから気に入っている。


「班のメンバーによって演習の難易度が変わるから本当に」


 足を引っ張らない人がいい。出来れば、話が通じる人が言い。そんなささやかな事を考えて居れば、既に昼食を食べ終えたチェ―リがにやりと笑みを浮かべた。


「どうする? あの二人と一緒だったら」

「やめて! 縁起でもない」


 軽く口にした彼女の言葉に、悲鳴じみた言葉をリナニエラは上げる。この場面でこんな言葉を聞くとは一体どんなフラグだ。自分の余りの嫌がりように、チェーリアは少し面食らった後、『ごめん』と軽く謝って来た。それに頷いた後、リナニエラは自分の腕を手のひらで擦った。

 本当に、縁起でもない。その様子に、二人の友人はあっけにとられた顔をした後、苦笑いを浮かべる事になった。 


そして、演習の班が発表される当日の朝となった。

 学園の中でも大きな行事とされる演習の班分けだ。朝から、妙に空気が浮ついているのが分かる。それを横目に見ながらリナニエラは馬車から降りると足早に校舎の中へと向かった。

 混乱を避けるため、演習の班分けは中央の入り口と、各科の職員室前の廊下に同じ物が貼りだされているのだ。まだ、朝が早いから人も少ない。うまくいけば中央入口に見られるかと思いながら、リナニエラは入口へ向かった。


「やっぱり余り人はいないようね」


 中に入れば、昨日までなかった紙が大きく張り出されているのが見えた。班のメンバーは全員で5人から8人で構成されている。科の割り振りも、能力によってかわるけれども、全ての科の人間が1班に入るようには考えられているのだ。普段なら、同じ学年で班を作らせて学年で課題の難易度を変えて森の中を移動させていたのだが、今年から学校は方針を変えたらしく、全科、全学年全ての能力を見て班分けをしたのだという。これも何かのフラグなのだろうか。苦く思いながらもリナニエラは紙を端から見ていく。

 ゲームの中では、ジェラルドとアリッサは同じ班だったが、リナニエラはジェラルドと同じ班にはなれなかった。それに焦れて、ゲームの中の自分はかなり勝手な行動をしていた。他の人の忠告など無視して、やみくもにジェラルドの後を追おうとしていたのだから――。

 ある程度冒険者としての知識がある今考えると、感情で勝手な行動をする事、それがどれだけ危険な事かが分かる。まあ、彼女がいた班は森の入り口で行動していたから、魔物の暴走が始まった時もいち早く避難は出来たのだけれども。


 今の自分はゲームとは違い、魔法科だ。根本的に班の編成も変わるはずだ。ゲームからは逸脱しているとは思うけれども、自分の身を守る為もあるし、何より合法的に上級魔法をぶっ放しても良いのだ。少しばかり期待は膨らむ。


『演習前に、ギルドで慣らしておかないとな……』


 ここ最近授業の方に一生懸命になって、おざなりになっていた冒険者としての活動を思い出して、リナニエラはそんな事を考えた。


「さてと、私はどこになったのかしら」


 期待と緊張が織り交ざった状態のまま、リナニエラは紙の近くへ歩み寄った。紙の前には同じように考えた生徒だちらほらと見えた。だが、近くまで来た所で、リナニエラは紙の前に見覚えのある人物が立っているのを見て眉を寄せた。


「よぉ」


 声をかけてきたのは、騎士科のカインだ。それに会釈をすると、そのまま彼から距離を取る。そして、リナニエラは無言のまま貼りだされた班分けを確認し始めた。班の数は全部で50だ。それを探していくのは結構面倒臭いかもしれない。


「オースティン嬢の班ならみつけたぜ?」


 1班から名前を確認していれば、隣にいたカインが声をかけてくる。何故、赤の他人の彼が自分の班を知っているのが疑問に思えてリナニエラは顔を向ける。もしかしたら彼は新手のストーカーか何かなのだろうか。一瞬視線が厳しくなるが、彼はそうじゃないというように首を横に振ってから、リナニエラへ指を指示した。


「ほら、俺と同じ班だ」

「はぁ!」


 まさかの言葉に、リナニエラは声を上げる。そして、指をさされた場所を見れば、十七班の所に確かに彼の『カイン』という名前と『リナニエラ・オースティン』という名前が並んでいるのを見つけた。しかも、その隣にはジェラルドの名前と、アリッサの名前。そしてよくよく見れば、攻略対象とされている生徒の名前が並んでいる。


 ゲームの中でジェラルドとリナニエラの班は違っていた。だから、今回の班分けでも彼と別れると高をくくっていたのに、蓋を開ければこの状態だ。

下手をすれば、ゲームの中の班分けよりも最悪かもしれない。


「どうしてこうなった……」


 そんな言葉がリナニエラの口から滑り落ちる。だが、それに対する言葉は言葉はどこからも返ってこなかった。



「どういうことですか!」


 班分けを確認した後、リナニエラはすぐに職員室へと向かうと、魔法科の主任に食って掛かった。自分とジェラルド達がぶつかった事は学園内でも記憶に新しい。それなのに、何故自分達を同じ班にしようと思うのか。もっとほかにも良い逸材がいるのではないのか。

 そんな気持ちを込めて、主任の顔を見つめれば彼は少し困った顔をした後、かけていた眼鏡のブリッジを押し上げた。


「確かに、オースティン嬢と殿下の衝突はありました。ですが、今回の班分けはこれがベストだというのが全科教師の意見です」

「なんでですか! 納得がいきません!」


 淑女にはあるまじき行動なのだろうが、一言言わなければ気が済まない。肩で息をしながら主任を見つめていれば、彼はコホンと咳払いをした後、リナニエラと近くにあった椅子に座らせた。

 

「今回の演習は以前とは違い、全学年混成となる班です。そうなると、実力が均等にならなければいけない。貴女は実力なら優秀な上級生以上の実力を持っているでしょう。そんな人間が殿下を護っていただければ」

「なら、上位の上級生を割り振れば良かったではありませんか」

「あの殿下に正面から言葉を言える人がいますか?」

「あー」


 にっこりと返された言葉に、リナニエラは今度こそ言葉を失った。確かに、ジェラルドに文句を言える相手は彼と同等の力を持っていなくてはならないだろう。だが、この学園で彼に物申せる相手などほとんどいない。たとえ上級生であっても王子であるジェラルドに言い返せる人間なんていないだろう。


「あなたは、はっきりと殿下に意見が言えて、諫言も言える。だからですよ」


 だが、次に続いた言葉に、リナニエラはうなだれる事になった。どうやら、自分が彼と同じ班になった理由はこの間の衝突がきっかけになったらしい。

 おそらく、あの二人のストッパーとしての意味合いも強いのだろう。

 先日チェーリアが口にしていた言葉がまさか本当にフラグになるだなんて思ってもみなかったのだ。


「……、分かりました。ですが、有事の際にすぐに避難できるようにしておいてください。私は前線へ向かう事になりますし」


 真顔で言えば、教師はうなずく。


「もちろんわかっているよ」


 本当にわかっているのかどうかわからない、教師の言葉にじろりと視線を向けた後、リナニエラは椅子から立ち上がった。


 とりあえず、まだジェラルド達が自宅謹慎時の班の発表で良かった。もし、これで彼らがいたら絶対に自分が同じ班になる為に何かしたとか言いかねない。


『面倒くさい……』


 とりあえず、後でチェーリア達に慰めて貰おうと思いながら、リナニエラはとぼとぼと教室へと向かう為に歩き始めた。

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