出せなかった手紙

ケイキー

第1話 弟よ。

弟よ。


久しぶりだな。


やあ、愚弟よ。元気にしておるか?

お前のことだから、どうせ腹出して寝て、風邪ひいて。高熱出して苦しんでる真っ最中だろう。かわいそうに。


お前のそういうところ、小さいうちはかわいいけど、18にもなってそれじゃ、両親に捨てられるぞ。早く直せ、そういう性格。本当にかわいそうなことになる前に、実に優秀で賢明、かつ弟想いの優しき兄上が忠告しておこう。感謝せよ。


……ところで、お前が某旧帝大学を志望しているとのこと、母上から聞きました。

しかも、模試でも毎回A判定で、進路の先生からも、「この調子なら余裕でしょう」と言われているとか。


喜ばしいことです。勉強がうまくいっていると、受験勉強が楽しくなって、さらに成績も伸びるでしょう。人生イージーモードだぜ、などと思いこんでしまうかもしれません。


しかし、しかし、です。


優秀で賢明、かつ弟想いの兄上がお前に忠告しておきます。


ずばり。

「そんな選択肢、おやめなさい」。


なぜかって……?


それは、人間、若いころの苦労は買ってでもするものだからです。

辛酸をなめて、恵まれない環境にめげずに努力して、そして弱き者の気持ちを理解できることになっていくのが大事だからです。


それが、人の人格をつくっていくからです。そうすることによって、長い目で見たら社会のためになるからです。


自分だけいい環境にいこうとするなどおこがましいことです。

旧帝大学なんて恵まれたところに行ってしまえば、お前は自分の努力で人生なんでもうまくいくんだ、人生うまくいかないヤツは、努力しない怠け者だから、そんなヤツらは相手にしなくてもいい。最悪、切り捨ててもいい、などと勘違いしてしまうかもしれません。


私は、そんな風に人を蔑み、人格的に歪んでいく弟の姿など、見たくはありません。


それに、そういう輩は得てして、年をとってから、自分が大事にしてこなかった人間から、しっぺ返しをくらうものです。それは手痛いダメージになるでしょう。

それまで挫折らしい挫折をしてこなかったら、もしかしたら人生を破滅させるほどのダメージになるかもしれません。


それはだめです。


ですから、いくら今勉強がうまくいっていても、旧帝大学に行くことなど、おやめなさい。もっとレベルを下げなさい。具体的には、3ランクぐらい下の、地元近くの無名大学ぐらいにしなさい。


今は、「なにを言っているんだ、兄上は」とむっとするかもしれません。


しかし、君にもいずれわかる時が来るでしょう。


歴史上の偉人、私たちの故郷の中国地方を治めていた戦国武将、毛利元就も、息子たちに幾度となく、「高望みするな。天下を望むな」と言っていたそうです。そういうことです。人間、分相応が一番です。


さあ、弟よ。どうか、賢明な選択をされますよう。


それでは。さようなら


優秀で賢明、かつ弟想い な 兄上より


PS)この手紙の内容は、私が旧帝大学を目指して2浪した末、5ランク下の大学にしか受からなかったこととは決して関係ありませんので、悪しからず、悪しからず……。

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