4章 推考証明
第19話 7月17日(土)
土曜日。休日初日。
「うーん……どうしよう」
僕はデパ地下の菓子コーナーで頭を悩ませていた。
目的は応援団へのお礼の品を買うこと。
昨日、一昨日と『ケツリコーダー事故』でお礼がうやむやになってしまった。改めて行くにも、しっかりと物を用意した方がいいだろう、と向かったはいいものの。
「ねー、まだー?」
「ちょっと待って」
一緒についてきた桐乃は待ちくたびれている。退屈で、べたりとショーケースに張り付く桐乃を、僕は引きはがした。
先日の件もあり、罰として母からむやみに遊びに行くことを禁止されている桐乃。しばらくは家で大人しくしていたが、僕が同伴であれば、と今日は久しぶりのお出かけだ。
妹の目的は7階にある本屋だ。新しい図鑑が欲しいらしい。僕がなかなか買い物を終わらせないため、そろそろご機嫌斜めで我慢の限界だ。
「これでいいじゃんー」
「お前が食べたいだけだろ。それにどれも高いんだって」
桐乃はケーキを指す。しかもホールケーキ。個包装にもなっていないそれをもっていっても迷惑だろう。
ここは無難にゼリーや羊羹だろうか。夏だし。
しかし応援団相手には量が必要だ。このデパートに唯一入っている虎マークの羊羹はだいぶ高い。
そんな僕に、運が回ってきたのか。
「あれ、中田くん」
清涼な気持ちになる鈴を転がすような声。
僕は勢いよく振り返った。
「は、花宮さん!」
場所がデパートだからか、別の緊張もあり僕は固まった。
「中田くんもお買い物?」
「は、はい。ちょっと、お土産を」
するりと髪を耳にかける花宮さんは、私服だった。
僕はあまりにもこの幸福を直視できず、視線を逸らす。
今までは遠くから眺めるしかなかった私服姿の花宮さんが、目の前に。
制服もかわいいが、私服も花宮さんの良さを引き立てている。
上品なブラウスにひざ丈のワンピース。確か最近はやりの、安値でデザイン性の高い服が購入できるブランドだ。
花宮さんはこのブランドをあと10着は持っている。
髪は巻かれ、微かに香水が香った。学校じゃ香水はつけれないもんね。かわいい。
やばい。鼻血が出そう。
「へー。あ、かわい~、妹さん?」
子供にも優しい花宮さん。愛おしい。
「ほ、ほら、桐乃。あいさつは?」
「……」
「あはは、人見知りかな?こんにちはー」
僕を盾にする桐乃。僕は態度の悪さを笑ってごまかした。
しかし子供に挨拶する花宮さん。すてきだ。
「ごめん、花宮さん。ちょっといまこいつ機嫌が悪くて」
「どうしたの?」
「僕が悪いんだけどさ。なかなか決まらないから」
とショーケースを振り返る。
「だれかに渡す予定?」
「応援団の人たち。でも、高いし、なに渡せばいいかわからなくて」
「ふーん」
花宮さんはくるりと周りを見渡す。
「あ、じゃあこれはどぉ?」
とその白くて細い指が指したのはあられだ。
「あられ?」
「だめ、かな?」
「そ、そんなことないよ!意外だったから」
しゅん、とする花宮さんに僕は必死に首を横に振る。
「よかった。お母さんとかもお土産にここ使うの」
「そっか。そうだね、全部個包装だし、ちょうどいいかも」
僕は花宮さんのおすすめを購入する。
そんな僕のとなりに、花宮さんは立った。すぐ近くに体温を感じ僕の心臓は騒ぎ立てる。
「このあとはどうするの?」
「へ?」
「私も今日は暇だし、いっしょに行くよ」
「も、申し訳ないよ、そんな」
「どうして?」
心臓が跳ねる。
「どうしてって……」
「理由がなかったら、いいよね!」
「ふぇっ」
桐乃を引く手とは反対の腕を花宮さんは取る。
その柔らかい感触。
親指のガタガタな爪が、花宮さんの肌を傷つけないか、僕は心臓がバクバクする。
花宮さんはそんなことをお構いなしに、僕の手を握った。花宮さんの体温が皮膚に広がる。
ああ、ささくれのある僕の手はもう一生洗えないし、なににも使えない。永久保存しなきゃ。
ぼぅっとした僕に、花宮さんはくすっと笑った。
ああ、僕の人生の絶頂は、今、ここなのだ。
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