第14話 7月15日(木)
「小野先輩のケツを襲ったリコーダー!その犯人は三浦学園七不思議、学園に潜む変態怪人に違いない!」
ビシッ、とヒーローのようにポーズを決める乾こま子。
「へぇ」
「俺は何度も見た!朝夕の校内!必ず現れる怪しい影!」
「なるほどなるほど」
僕らについてきた乾は、わくわくと我妻の質問に答える。
以前、乾はなにかしらの証言を持っていると我妻も言っていた。
なるほど、必ず現れる影、とは興味深い。
「だから!」
嵐のように元気な乾。目を輝かせて僕らに寄る。
「その怪人を倒すため、俺も連れてけ!」
「ああ、うん、はいはい」
しかし我妻は適当にあしらう。
彼女の現在の興味は、今朝起きた『ケツリコーダー事件』。
なので、乾こま子そのものにはそこまで興味はないらしい。興味がなければ我妻にとって、乾はただの暴力少女。なので親しくする道理もなかろう。
得られる証言も、怪人などと突拍子のないものだ。僕には価値が見いだせない。
そもそも、『ケツリコーダー事件』の容疑者はほぼ確定している。
加納江美。
僕と花宮さんは、加納さんが逃げる姿を見てしまったのだから。
なので乾の言う、怪人なんぞは全く関係ないと僕でもわかる。
ただそれよりも重大なことがあった。
「我妻。言わなくても首を突っ込むと思うけどさ。今回は僕からもたのむよ」
「ふふっ、わかっているよ」
「加納さんの容疑を晴らしたいんだ」
「もちろん、そのためにここに来たんだ」
我妻は目の前のアパートをみやる。
放課後。
僕らは、小野が一人暮らしをしているアパートを前にしていた。
小野が音楽室で襲われた事件は、『ケツリコーダー事件』として学校を駆け巡った。
そのせいだろう、小野は幸い傷が浅かったものの、気分が悪くなり早退してしまっている。
心の傷を抉りたくはないが、加納さんの容疑を晴らすためにも、小野の話が聞きたい。
「小野宗也。中学まで両親と共に三人で暮らしていたが、両親の転勤が決まり高校入学と共に一人暮らしを始める」
我妻は情報を読み上げる。
「中学までは不良のような行動も見られた。しかし高校入学後は文武両道、成績優秀という生徒の鏡。所属応援団では副団長を務め、上級生下級生に信頼されている」
「加納さんが手を挙げるような人ではなさそうだけど……」
いったい早朝の音楽室でなにがあったのか。
アパート。ドアの前に立ち我妻は乱暴に叩く。
「小野宗也!そこにいるのはわかっている!おとなしく投降し、話を聞かせてもらおう!」
非道だ。被害者にここまで詰める人間はなかなかいない。
こんな聞き方では小野でなくとも出てこないだろう。
「帰れ!」
ほら、やっぱり門前払いだ。
しかし声の様子から体調は改善しているらしい。
しかたがないので、僕は軽くノックし、話しかける。
「小野くん。早退したのに押しかけてごめん。大丈夫そうで安心したよ」
扉の向こうでこちらをうかがう気配がした。
「僕らは加納さんの容疑を晴らしたいんだ。あー、その。もしかしたら、昨日の不良が絡んでいるかもしれないし。それなら巻き込んだ僕らにも責任があると思うんだ」
「そして犯人は俺がボコる!」
シュッシュッとシャドーボクシングをする乾。音からして絶対痛い。
僕の言葉に、きぃ、とわずかに扉が開く。
「……加納さんは、どうしているんだ」
「今は家にいると思うよ。ただ……」
僕は言葉を詰まらせた。
犯人を糾弾する性質があるのだろうか。現在学校では加納さんが凶行に及んだと話が持ち切りだ。
そのうえ、加納さんに対し根も葉もないうわさが立ち、加納さんは吹奏楽部から強制退部されるのではとも言われている。
僕はなんとしても、これを止めたかった。
「とにかく、話しを聞かせてくれないか?音楽室で何があったのか。知らなければなにも始まらないんだ」
「それは……くっ、やはり無理だ!帰ってくれ!」
バタン! と再び扉は固く閉じられる。
「それじゃ困るんだ。小野くんしか知らないことがあるはずだ」
「……」
真面目な小野のことだ、わりと押せばいける気がする。
「事件の詳細が分かれば犯人に近づくことができる。もし昨日の半グレモドキが犯人で、目的が報復なら、他の団員も危ないんだよ?」
報復でケツにリコーダーを刺す不良が、いったいどこにいるのかは不明だが。
「……それは、ないだろうが」
蚊の鳴くような声。
「お前は見ただろ……。俺の醜態を……そんな奴と、どうして顔を合わせられるものか」
そうか。恥ずかしいよな。
僕だって、男のケツの記憶を保ちたいわけではない。
「わかった」
しょうがない。僕は覚悟を決める。
「僕にできることはこれしかない……。乾!」
「おう!」
「僕を殴れ!」
「おう!」
食い気味に答える乾と僕の頭にめり込む拳。
その物理的な暴力は、僕の脳、海馬を襲った。
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