第6話 7月12日(月)

 加納さんのあとにも複数人話を聞いたが、それ以上の成果はなかった。

 というか、みんな僕のことを犯人と思っているし、我妻は変人判定されているためまともに話もできない。小野の態度はまだいい方だった。


 しかたがないので、夕方、暑さも和らいだなか帰路につく。

 我妻と共に今日の振り返りをした。

「とりあえず、7時前の状況は判明した」

 我妻は収穫とも言えない収穫をまとめる。

「これだけじゃなにもわかってないのと同じだよ」

 僕は爪を噛んだ。

「まだ具体的な犯人もつかめていないし。これじゃ明日の校門を飾るのは、神崎団長と小野にボコられた僕らだ」

「それは嫌だな~」

「なんなんだ、あの人たち、同じ高校生とは思えない」

 我妻は肩をすくめた。

「神崎も小野も、中学時代は立派なワルだったからね。補導歴で本が書けるよ」

 そんな人相手じゃ、本当に死んでしまう。

 がじりと僕は強く爪を噛む。

 ああ、僕が死んだら花宮さんは悲しんでくれるだろうか。せめて花宮さんの手で添えられた花と共に火葬されたい。

「私も死ぬのは困る。それにもう少し情報が欲しいし。そうだな、次のターゲットは……」

 放課後の下校路。

 我妻の目が光る。

「子供はいろいろと目撃しそうだな!」

「あ、待て!」

 下校途中であろう初等部生徒に我妻が突進をかける。

 止めようとしたがなんたるスピード。

 その瞬発力に体育5段階評価中2の僕では追い付けない。

 我妻の不埒な手が小学生に届こうとした瞬間、ドロップキックがめり込んだ。

「ぐはぁっ」

「我妻ーっ!!!」

 地面へと倒れる我妻。

 逃げる小学生。

 着地したドロップキックの主が仁王立ちする。

「正義はぁっ必ず勝あつっっっ!!!!」

 拳を突き上げた中学生が、勝利宣言をした。


「我妻!大丈夫か?!」

「ぅうっ祖父が川の向こうで手を振っている……」

「わたっちゃダメなタイプの川だ!我妻!それはだめだ!」

 口から魂が出ていそうな我妻を抱き上げるが、回復の兆しはない。

「わははははは!俺の必殺キックに恐れをなしたか!悪の怪人め!!」

 制服からして付属の中学校の女子生徒のようだ。

 動きやすく短くされたスカートからスパッツが覗く。口調含め、がさつな性格なのはよくわかった。

「お前も小学生を襲おうとした怪人だな!!」

 一方的な言葉。

 なんて横暴だ。花宮さんはもっとおしとやかで静かだ。

 僕は花宮さんの優しい笑顔を思い出し、自身を奮い立たせる。

「ぼ、僕たちはただ話を聞こうとしただけで……」

「え?」

 しかし勝てる気がしない。相手は女の子だが僕は暴力に弱いのだ。

「我妻……気弱な僕の代わりに一歩前に出てくれるいい奴だったのにっ……」

「な」

 だが相手は明らかにアホそうだ。なのでこういった手合いには勘違いしていただくに限る。

「お、おお、俺は怪人を倒しただけでっ」

「ああっ僕の唯一の友人がっ」

「違うもん!死んでないもん!そいつ生きてるもん!」

 我妻よ。せめて死んでる振りくらいしてくれ。笑ってないで。

「だから俺無実だもん!知らないもん!」

 わーっ、とまるで幼児のように顔を真っ赤にして暴力少女は逃げていった。

「我妻、あいつどっか行ったぞ」

「はいはいっと」

 制服の埃を落とし立ち上がる。

「まったく。相変わらず厄介な相手だな。乾こま子イヌイコマコは」

 乾こま子というらしい、有名なのだろうか。

「三浦学園中等部所属の正義厨兼暴力厨の変態だよ」

 我妻はすらすらと答える。

 さすが変態の変態を自称しているくらいだ。情報網が広い。

「さっきのように身体能力は高いが、おつむは残念な子だ。観察のしがいはあるがね」

 ドロップキックは三度めらしい。どうりで復活が早いわけだ。

「それに、いろいろと因縁がある。まあ無視してもかまわないが」

「なにそれ、大丈夫なのか?」

 主に調査に関して。

「心配するな。複雑なことは何もない。しかし、随分とうまくあれを躱したな」

「子供は罪悪感を持たせると逃げるんだ。よく相手してるから」

「ああ、なるほど」

 道理がいったそうで、我妻は愉しそうだ。


 分厚い手帳を懐から出す。

「さて、あの乾は厄介だが、常に倒すための不審者を探している、生きた悪者探知機だ。加えて、『リコーダーペロペロ事件』当日は学校にいた」

 校則の規定前に登校した中学生は、乾こま子だったのか。

「ぜひ話を伺いたいところ」

 だが、と我妻は言葉を切る。

「潔白もなにも関係なく襲っているようなものを相手にしていると、身がもたないな」

 腰を抑えながらため息を吐く我妻。

 僕は罪悪感を抱く。我妻はいい奴ではないが。人を変態だと呼んでくるし。我妻のせいで身に危険が迫っているし。しかし怪我をしてほしいわけでもない。

 身がもたないという言葉に深く同意する。

「まったくだよね。学校側が警察に一任していればこんなことにはなっていなかったのに」

 内々で処理した学校が恨めしい。こういう隠蔽は得意なのだ。学校という組織は。

「人が死んでるわけでも、怪我をしたわけでもないからね。パパだったら勝手に首を突っ込んでただろうけど」

「お父さん、警察なんだ?」

「刑事だよ。ママは心理学者。だから昔から人間観察の実験台にされてた」

 なるほどそれでこんな子供が育つのか。

 ガードレールに腰かける我妻から、その両親を想像してみる。どう想像しても我妻を何倍も厄介にしたような人しか思いつけない。

「だが、警察が介入していないおかげで、君のようなおもしろ存在を観察できる」

「なんだよおもしろ存在って」

「とはいえ、君のような資料を失うのは惜しい。神崎も小野も繊細さに欠ける。君は衝撃に弱そうだし」

「悪かったな。天地無用のデリケートで」

「それに記憶というものはあいまいだ」

「重々承知だよ」

「というわけで、ここは邪道にいこう。手段は選ばないと宣言済みなわけだし」

 我妻は軽い足取りで僕の前に立ち、手を伸ばした。

「中田風太。さあ、提出したまえ君が持つ ―倫理道徳を捻じ曲げても手に入れた― 『リコーダーペロペロ事件』最大にして唯一の物証を」

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