幕間(5)

「と言うわけで、五人目の魔法少女が決定しました!」

「どういうわけなんだい……」


 嬉しそうなリオの声に、困惑しきりのアズサがぼそりと突っ込む。

 既に諦めきったマリィの横で、主にリオ主導に話が進み、渋るアズサを半ば強引に頷かせるに至った。

 いつものようにペンダントを授与されたアズサは、恐る恐る魔法少女に変身する。

 漆黒ベースに金色のラインが目を引くワンピースは一見してシンプルだが、腰からは翼のような構造物が三対六枚伸びていた。それぞれがアズサの意思で動くようで、不思議な感覚に戸惑う様子を表すように開いたり閉じたりしている。

 そんな彼女が選んだ神器は、特徴的な石がついている以外はごく普通の杖だった。握り拳大の青く透き通る石を先端部に戴く、純白の杖。

 マリィを除く三人は、アズサの握りしめるそれを見て一様に不思議そうな顔をした。


「なんだか普通……だね」

「普通、ですね」

「普通ですわ」

「ボクからすれば、キミたちの物騒な武器と魔法少女って言葉が結びつかないんだけど」


 アズサの言葉に、マリィはしきりに頷く。マリィは最初から与えられた固定武器だが、後の三人は自ら選んだものだ。未だにマリィには得心がいっていない。

 彼女のモヤモヤをよそに、滞りなく神器選びを終えたアズサに改めてノードレッドから歓迎の挨拶と魔法少女の目的が伝えられた。

 確認されていた悪夢の種はアズサの持っていたものですべて処理されたため、ここから先は一旦『星の智慧派』から離れ、マリィの親友・ミキを誑かせた『ヒロ君』を含む『銀鍵派』の追跡が主体となる。


「自分がそうなっても、にわかには信じられないな……この星の外から来た神とか、人間を滅ぼすための組織とか……キミたちはすぐに受け入れられたのかい?」


 アズサの質問に、四人は曖昧に頷くしかなかった。

 最初に幻夢境に来たマリィですら、実のところ全容を把握できてはいない。蕃神をあがめ、その力を種子としてばらまく星の智慧派はまだ実態としてわかりやすいが、銀鍵派は人類を滅ぼすという目的以外は謎のままだ。

 ノードレッドに銀鍵派の詳細をそれとなく訊いてみたこともあるが、はぐらかされた。そもそも、人類を滅ぼすという遠大な計画の割に、いちいち人を屍食鬼化するのではあまりに非効率に思える。

 まだ何か、開示されていない情報がある。その一点で、マリィはまだノードレッドのことも信用し切れていない。

 ただ、脅威が実際に存在することも事実だ。


「全部を受け入れられなくても、そういう脅威があって、アタシたちはそれを取り除ける力を得た。今はそれでいいと思ってるよ」


 マリィの言葉に、フランとレイが頷く。


「そう、ですよね。私も、そう思います」

「力を持つものの責務……などと烏滸がましいことを言うつもりはありませんけれど、ワタクシも同じ考えですわ」


 その横で、リオは小さく俯いた。ほんの少し、苦い表情で。


「……わたしは、逆に少し思い上がってました。力があるから、大丈夫だって。それで、アズサには結局つらい目に遭わせちゃったし……」


 事前にマリィたちに相談してはいたものの、マリィに負担をかけたくないという思いが先行し、彼女を巡回から遠ざけた。本来なら、最も動きの速い彼女に助力を請うのが最適解だったはずなのに。

 リオの後悔を、しかしアズサは否定した。


「それはボクの責任で、リオが気に病むことじゃないだろう? そんなボクを救ってくれたのは、他ならぬキミじゃないか」

「でも」

「それに、ボクを魔法少女にしたのもキミだ。一緒に、戦ってくれるんだろう?」


 そう言って、アズサはリオに向けて右手を差し出す。

 リオは照れくさそうにしながらも、おずおずとその手を取った。





 交流を深める少女たちを横目に、ノードレッドは応接間を後にした。

 広間に出て、そのまま床をすり抜けるように深淵へと潜っていく。

 これで、五人。

 暗闇の底に到達し、歩を進める。迷いなく、淀みなく。

 円卓と、七つの座のある方へ。

 七つの座のうち五つに、小さな炎が灯っている。

 四つは、白。

 そして一つは……黒。

 暗闇の中にてそれでもなお黒く揺らめく炎は、ひときわ小さく、今にも消えそうに見える。


「おめでとう。種は全て根付いた」


 乾いた拍手が、暗闇に響いた。円卓の向こう側に、真っ赤な上弦の月が映える。


「血の女王の芽吹きは近い。仮初めの鍵の代行者、神の宿り木、曖昧なる境界のもの。我が血肉を核となし、内包せしめた種子を宿すもの」


 朗々と響く声に、ノードレッドは目を伏せる。

 やはりそうか。

 やはり、その種はそういうことであったか、と。


「その目に我が姿は見えず」


 なればこそ、芽吹いた種は刈り取らねばならない。


「その耳に我が声は聞こえず」


 その種を、正しい位置に戻すために。


「その口に我が名は唱えられず」


 さもなくば。


「我は、『無貌』なりせば」


 ヒトの世は、時を待たず滅びる。

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