AIで小説を書こう! -怠惰な妹は小説家を目指す-

西川悠希

◆◆ 001 -怠惰な妹は小説家を目指す- ◆◆

 熱湯を注いで待つこと3分。

 ペリペリと粘着されたフタをはがすと、湯気と共に匂い立つ、和風だしの香り。

 目を閉じ、鼻孔を膨らませ、存分に堪能。

 そして、むんずっと箸で麺を持ち上げ、ちゅるちゅるっと麺を尻尾まで啜りきった。

 口中に広がる醤油味の様々な旨味が折り重なった味わいに頬がとろけ落ちる。

 いわゆるカップうどんである。


「あにぃ」


 じゅるじゅると紙製の容器を持ち上げ、汁を海岸に押し寄せる潮騒のごとく啜る。

 キリっとしてそれでいてムーディーな味わいが広がる。


「あにぃ!」


 ダンッと拳が振り下ろされ、ドンッと衝撃が部屋を揺らす。

 呼びかけてきた方を見ると、髪がぼさぼさのまま寝間着姿の我が妹が仁王立ち。


「なんだよ」


 人の楽しい食事の時間を邪魔しやがって。俺はズゾゾと麺をすすりながら、妹を睨みつける。


「うち、小説家になろうとおもてんねん」


◆◆ 001 -怠惰な妹は小説家を目指す- ◆◆


 吹いた。

 うどんの麺が鼻に入り、鼻の奥がツーンとした。飲みかけの汁と具の油揚げやネギも飛び散った。

 げほっげほっとせき込む。


「なんやの、失礼やない」

「いきなり何を言い出すかと思えば」


 俺はティッシュで鼻をかむ。うどんの麺が鼻から出てきていた。

 いやまあ、口と鼻は呼吸器官でともに肺に繋がっているからね? そりゃ時には口から鼻へと逆に流れることもあるとは思いますけどね?

 俺はかんだティッシュをゴミ箱に投げ捨てた。


「あにぃはほんま世間知らずやなぁ? 今、小説なんてネットでちょちょいって書ける時代なんやで?」

「で、関西弁キャラになりきっているってわけか?」


 妹はいつもこうだ。ある時には深窓の箱入り王子。またある時は眼鏡の堅苦しいけれども実は不良に憧れをもつ委員長。とある時は表ではガリ勉で運動も苦手だが、実は裏の姿は地下格闘技のチャンピオンとして君臨する財閥の御曹司。

 要は自分の考えたキャラになりきるのが趣味なのだ。なぜか全部男だが。


「せやで。関西弁で小説家ってギャップがあってええやろ?」


 その発言は非常に色々マズい気がするぞ。

 俺はうどんをすすり、汁を味わい、出汁を堪能する。

 七味をぱぱっとふりかけて、残り半分の中身の攻略に取り掛かる。


「きいてや、あにぃ」


 ちなみに〝あにぃ〟というのは俺に対する呼称である。おにいちゃんがおにぃになり、いつの頃からかあにぃへと変わっていった。


「今はAIっていうのでも小説が書ける時代なんやで! あにぃ、知らんやろ? AI」

「知ってるわ、それくらい」


 七味のピリッとした辛味が舌を刺激する。次いで、うどんと汁をズズズと啜る。ああ、うめぇ。


「じゃあ、いうてみいや」


 俺は妹の問いかけに真摯に応えるべく、まだうどんが残っている容器を机に置いた。


「AIってあれだろ、あれ? ほら、あれ」

「そうそう、あれ。あれだよね」

「そうそう! そうだよな、あれだよ、あれ! この前、テレビでやってたしネットでもニュースでやってるよな」

「せやね。今、めっちゃ流行ってるんやで」

「あー、やっぱそうだと思ったよ。すごいもんなー、エーアイ」

「ドラッグストアに行けば、エーアイの商品ばっかり置いてあるもんねー」

「今、何がいいんだよ、エーアイ。また健康番組で取り上げられたんだもんな。ネットで見たよ」

「今、ウチが言ってるのは製薬会社やで。エーアイは全然違うものやで。小説が書けるって言ったやないか」


 妹がジト目で見下してくる。

 うん、知ってたよ、知ってたとも。おにいちゃんがいもうとのことをなにもしらないわけがないじゃないか。

 俺はうどんの残っている容器に手を伸ばす。

 しかし、それは一瞬早く妹の手につかまり、まるで牛乳のごとく腰に手をあてて、妹はそれを口の中へ流し込んだ。

 そして、ふんっとゴミ箱へと投げる。しかしそれはゴミ箱の縁に当たり、畳の上に転がった。汁もわずかながら飛び散った。

 おれの……うどん……。

 妹はまだ口の中でリスのごとく、うどんを咀嚼している。そして、ごきゅりと喉へ流し込んだ。


「知らんことにてきとーに答えるからやで」


 お妹さまのお怒りのお言葉。


「じゃあ訊くがAIってなんなんだよ?」


 話も進まないからここはさっさと訊いてしまおう。わからないことは答えさせればいい。自分で答えを探すのは生きることの意味だけで充分だ。


「それはぁ……じんこうちのう?」


 妹は頬に指を当て、テヘッと舌を出す。


「そのじんこうちのうってなんだよ?」


 俺はあえて答えを急がない。どうせこいつも良く知らないものを適当に答えているんだろうが、まだそうとは決まったわけではない。よく訊き、よく話せば、よい薬です。


「ほら、なんか便利なもの。あるやん?」


 我が妹ながらふわっふわの回答だな。絶対、こいつもエーアイとやらをよく知らないで話してやがる。


「まあゲームとかでよく聞くがな、AIエーアイ。コンピュータ操作のことだろ? 対戦相手の」


 俺もよく知らないが、たぶんそっちのAIのことなんだろう。


「そうそう、それそれ。やっぱりあにぃ、わかってるんやん」


 我が妹ながら、バカっぷりに悲しくなってくる。


「んで、小説を書こうって、そのAIでか? コンピュータに小説を書かせるってそんなことできるのか? ゲームのAIと似たようなものなら決められた状況で決められた文章を書くってなると思うんだが」


 妹がスマホを取り出し、指で素早く操作をした。


「そのAIで書いた小説ももうあるんやって」

「そいつぁ、すげえな」


 言葉だけは褒めておく。ぶっちゃけ俺には関心はない。この手の話はたいていどうでもいい話で三か月も経たずに消えていく運命なのだ。ここ最近でも流行っては消え、流行っては消え、単純に世間を潤す話題、噂話と同レベルの話でしかない。それこそカップラーメンの新商品達と同じように。流行物は所詮、定番の商品には勝てない。今、俺が食べていたのも長年、売られている何の変哲もないカップうどんだ。何の変哲もないが、だが決して人の心の中に消えず、いつまで残り、そして愛され続ける。


「ほら、あにぃも読んでみぃ」


 妹がスマホを俺の眼前に向ける。やたらと色々装飾が施されている。女は飾り立てるのが本当に好きだな、と思う。だがお前はスマホよりも自分をもう少し飾り立ててほしいと強く思うぞ、妹よ。


「ほら、口に出して」


 妹がずいっと迫る。兄とは言え、はだけたパジャマで迫るのはどうかと思うぞ妹よ。


「何を出せっていうんだよ、口に」

「言葉やで、書いてある文章を言葉にして口に出してみぃ。人の書いた文章と変わりないやろ」


 さよけ。

 俺はその返事を心の中で返して、妹のスマホに表示された文章に目を通す。


「これ、人が書いていない。って証拠は?」


 思いもかけない問いかけなのか、妹の目が点になる。


「でも、これAIが書いたって」

「そんなん勝手に言ってるだけだろ。実際には人が書いた文章かもしれないじゃないか。証拠がない。AIが小説を書けるっていうけど、実際にAIが小説を書いたっていう証拠があるのか? 証拠があったとして、それをどうやって立証するんだ? ここに書かれている一文字一文字をAIが書いているところが動画で残っているのか? んなもんないよな。じゃあ、勝手に言ってるだけだ」

「…………」


 妹の目に涙があふれる。

 ……やべ、言い過ぎたな、こりゃ。


「アホーっ!」


 妹はゴミ箱のそばに転がっている、カップうどんの容器を投げつけてきた。

 ぽこんと俺の頭に当たり、ぽとりと畳に落ちた。ちょっとだけ残った汁のしぶきが、俺の顔にかかった。

 妹は涙をこぼしながら、二階の自分の部屋への階段へと駆け上がっていった。

 ばたん! とドアを閉める音。

 あーあ、こりゃ今日は降りてこないかな。

 俺はティッシュで顔にかかったしぶきを拭いとる。


「何でこうなっちゃうかな」


 別に妹に辛く当たりたいわけではない。

 だが小説家になろうなんてのは夢物語だ。なれるわけがない。ああいうのは本当に才能あふれる一部の人間だけ。特別な人間だけなんだ。

 俺達凡人に手の届く世界じゃない。

 カップうどんの容器を手に立ち上がり、ごみ箱まで歩いて、ぽとりと捨てた。


 * * *


 俺は冷蔵庫から出した麦茶を片手に、スマホで検索をしてみた。


 〝AIで小説を書く〟


 検索結果に出てくるものはAIで小説を書かせるためのノウハウのような記事がいくつか。中にはAIが小説を書いてくれるサービスもあった。

 まさかアイツの言ってたことは本当だったのか。

 やっちまったな。と舌打ちをする。


 まず出てきたものは 「AIノベリスト」。

 これは文章を入力すると続きを書いてくれるというもの。

 驚いたことに、このサービスを使った小説でコンテストまで開いているらしかった。


 つづいては「ChatGPT」。

 何やら、書いてほしい小説のお題を出すと、そのお題に沿った小説を書いてくれるとのこと。

 ……ほんとかねぇ?

 コンピュータごときが人間の心まで理解できるとは思えんが。


 そして「Ai Buncho」。

 タイトル、あらすじ、プロット、AIリレー小説。

 そういったものを好きなジャンルやキーワードで生成してくれるらしい。

 ……プロットって何?

 なんかイタリア料理でそんな名前あったような。牡蛎のプロットとかいうおかゆみたいなやつ。いや、違うと思うけども。


 * * *


 とりあえず小説が書けるというのは本当なのだということは分かった。

 だがそれ以上の事は正直よくわからんというのが本音である。

 そもそも小説ってなんだよ?

 自慢じゃないが俺は学校の授業で作文は大嫌いだったんだ。

 文章で何かを説明するなんてまどろっこしくて仕方がない。

 今、出てきた3つも使えるやつには使えるんだろうが、俺みたいなトーシロにはさっぱりだぜ。


『うち、小説家になろうとおもてんねん』


 俺の頭にさっきのアイツの言葉が響く。

 アイツには珍しい真剣な言葉だった気がする。

 わざわざ一階まで降りてきて、……それを言うためだけに降りてきた?

 まさか、カップうどんの匂いにつられて降りてくるわけもなし。いくら食い意地が張っているっていってもな。

 関西弁だったな。……アイツがキャラになりきるときは大抵何か言いたいことがあるときなんだよな。

 なんで俺、あんなにつらくあたったんだろうな。証拠がないなんて決めつけて。……話だけでも聞いてやればよかったかな。

 ……ガリガリガリと頭を掻きむしる。

 あーもう、何やってんだか、俺は。考えたって仕方ないじゃないか。口から出ちまったもんはどうしようもないんだ。


「クソっ」


 俺は畳に大の字になり天井を見上げる。

 見上げる向こうに妹はいる。

 アイツの部屋は開かずの間。出てはくるがこちらの侵入は許さない。というか、こっちも入りたいとは思わない。


「ごめんな」


 俺はその言葉を口に出して、天井の向こうにいる妹に対してあやまった。


 001 -怠惰な妹は小説家を目指す- 了

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作中紹介サービス一覧


AIノベリスト

https://ai-novel.com/


ChatGPT

https://openai.com/blog/chatgpt


Ai Buncho

https://bun-cho.work/

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お読みいただきありがとうございました。

次回からChatGPTと実際にやりとりしながらお話が進行していきます。

いいね!やポイントで応援よろしくお願い致します。

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