第28話 君が隣で熱唱してくれるから

「とぉーってもーおういしぃーい! みーかーんで育ったぁー! ブリがーひしめくだーいかいきょうー! さいごはー! まぁっしろなーだいこぉんとけっこーんさぁああぁー! みぃいかあん! ブゥリィィイ! だぁいこぉぉーん!」


 獅子王さんがみかんブリ大海峡夏景色を熱唱する。

 こぶしの利いたってわけでもなく、あまり歌い慣れてない様子で歌い飛ばしもある。 


 不思議な歌詞だなあと思いつつ、合いの手を打つ。

 失敗も恐れず楽しげに歌いきった獅子王さんを拍手で讃える。


「72点かー……演歌ってやっぱ難しいなー」

「獅子王さんって演歌好きなの?」

「ん? 違うよ。専門外だし。ぜーんぜん知らない曲。目について、いい曲そーって思ったから入れてみただけ」


 見知らぬ曲に挑戦できるメンタルは俺にはない。


「でも、テンアゲだったよね。なんかみかんブリ食べたくなってきたし。兎野君、アニソンとかゲーソンは知ってるよね?」

「うん。普段から聞いてるから。歌うとなるとまた違うんだろうけど」

「知ってるならオッケー! こっからはデュエットのアニソンゲーソンメドレーだー! 私の歌についてこーい!」

「え?」

「ほらほら! もう一度流れ出した曲は止まらないぞー! 立って立ってー!」


 半強制的に逃げ場がなくなり、立ち上がって獅子王さんの隣に並ぶ。


「しゃー! いくぞー! 最初はー……Chronicleクロニクル Knightsナイツ!」


 観客は途中参加のママ卍ガオ美ファイナルアルティメットフルデコプリンセスフォームさんだけだ。


 恥じらいも怯えも必要ない。

 とりあえず獅子王さんに合わせて、流れに身を任せて歌うくらいの気持ちで――。


「兎野少尉ー! 声出てないぞー! 腹から声だせー!」


 数曲歌って一休みしてまた再開。


「あっれー!? おかしいなー!? お隣さんの声が聞こえなくなってきたぞー!? まだまだ兎野君の限界はこんなもんじゃないだろー!?」


 数曲歌って一休みしてまた再開。


「うっさのーくぅーん!? まだまだ山場はこっからだぜー! 元気出していこー! へい! へいへーい! ふー! FUuuuu!」


 獅子王さんにマイクでどんどん煽られ、すぐに「あ、ガチだこれ」と思った。

 今日やってきた地獄のコミュ力アップブートキャンプで一番ハードだ。


「明日に備えてリラックスしてどーぞ! 好きに歌って騒いでオッケー! それだけっ!」


 リラックスどころじゃない。

 好きに騒いでいるにはいるけど、必死で疲労感が一気に溜まっていく。


 多分、俺の目はまた死んでる。


 正直、自分がうまく歌えてるのかさえ分からない。人生で一番声帯を全開方して、大声を出しているくらいしか分かっていない。ついていくので精一杯だ。


 カラオケで盛り上がれる人のバイタリティって凄い。

 なので、演歌の時とは別人のような歌唱力を発揮する獅子王さんも凄い。


「おいおい! どしたどしたー! 兎野くーん!?  明日からガチって決めるんだろー!? ここで声量あげてこーぜっ! ファイトォーッ!」


 それでも俺を見て笑って、俺以上に声を出して、俺にエールを送ってくれる人が隣にいる。


「ッ! ガンバリマースッ!」


 もしかしたら、この必死さも楽しいと思うことが大切なのかもしれない。


「おぉー! いい感じじゃーん! じゃあ、次の曲ー! 七天八刀しちてんばっとうプロミネンスハート!」


 数曲歌って一休みしてまた再開を繰り返し、終了時間が迫ったことを報せる内線が鳴った。


「よしっ。最後の締めに兎野君のソロでいってみよーか!」


 そして最後の試練が訪れてしまった。


「1曲気に入ったのあるー?」


 獅子王さんに聞かれ、もう何曲歌ったかも分からない中、一つを選ぶとすれば。


「ひとりぼっちな希望の星、歌います」


 ……歌わずに終わるという選択肢はなかった。


「お、おおおっ……。それを選ぶとは、渋い。幽覧零夜巡ゆうらんれいやめぐりのやつじゃん」


 落ち着き、どこかもの悲しげな出だしから始まる歌。


 幽霊の少女と出会った霊能力がある少年が、彼女の死因を一緒に調べるために真夜中の廃墟を探索するホラゲーだ。最後はまあ……お約束な別れが待っているのだけど。


 だから、一歩進んで二歩下がるネガティブで後ろ向きなバラードがメイン。


「U! S! A! N! O! USANO! U! S! A! B! O! N! USABON!」


 しかし、間奏の間に獅子王さんがコールし、マラカスをサイリウム代わりにキレッキレに踊っていた。


 この曲に似合わない情熱溢れる舞だ。


 でも最後は希望を抱き、一歩だけ進む前向きな歌詞にちょっとだけ合っているのかもしれない。


「――君が見守ってくれている。希望の星を僕はずっと忘れない。だから僕は。朝に歩き出すよ」


 曲が終わる。

 声量はそこまで出てなかったけど。

 不思議とスッキリした気分で歌い終われた。


「いいぞーUSANO君! 私的に百点満点だぞー! ついに兎野中尉に昇級だー! これにて地獄のコミュ力アップブートキャンプの全プログラム終了だっー! おめでとう!」


 獅子王さんはマラカスをぶんぶんと回して言ってくれた。


「ありがとう」


 俺にはもったいない褒め言葉だ。

 返せる言葉がそれしか思いつかなかったのが申し訳ないくらいに。


「兎野君の歌聴いたら私も1曲最後に歌いたくなった! まだ間に合う! 兎野君、コールよろしくね!」

「え?」

「よろしくねー! 曲はー……ジャカジャカージャン! ULTRAデイズだぜーっ!」


 出だしから明るく元気なリズムがドンドンと鳴り響く。


 はい、と俺は申し訳程度にマラカスを振り、ちょっと身体を横にゆらすくらいが精一杯だった。


 体重、1キロは減ったかな?


 ◆


「ふぃー歌った歌ったー! 今日は大満足ー! 兎野君はどーだった?」

「俺も楽しかったよ。ありがとう」

「なら、よきー。でも帰るまでが地獄のコミュ力アップブートキャンプだぜー? ――お? うわっ、めっちゃ降ってる」


 カラオケ店から出ようとして、足を止める。


 入店する時は綺麗な夕焼けだったのに、どんよりとした真っ暗な曇り空に変わっていた。夏場特有のゲリラ豪雨だ。


「うわー最悪。兎野君は折りたたみ傘持ってる?」

「念のために持ってきてあるけど……」


 トートバッグから折りたたみ傘を取り出す。


「一本だけしかないね」

「とーぜんだよねー。私は持ってきてないし。すぐにやむかなー?」


 スマホで天気情報を確認する。


「1時間は降るみたい。後はもう帰るだけだよね?」

「うん。そーなんだけど。1時間かー……。兎野君は電車だよね?」

「そうだね。獅子王さんはデス美さんが迎えに来てくれるの?」

「その予定。とりまデス美呼んどくね。ここでもう少し雨宿りさせてもらおっか」


 受付横にある休憩スペースの隅っこに移動する。

 四脚ビークルで迎えに来るデス美さんを待ってから、俺は帰ればいいかな。


 今はママ卍ガオ美さんのぬいぐるみも同伴だし、そもそも乗るまでに獅子王さんが濡れたら大変だし。


「獅子王さん、一応コンビニで傘買ってこようか?」

「それも考えたけどさ。もったいなくない? あと兎野君、私に付き合ってくれてるよね? その分、兎野君の帰る時間遅れるし。そだ。一緒にデス美に乗って帰ればいいじゃん」


 え?

 声も出せないくらいに驚いてしまった。


「うん! 名案じゃん! 傘も一つで足りるし、二人の帰る時間もそこまで遅くならない! 私天才じゃね?」


 獅子王さんの中ではもう決定事項らしく、俺に拒否権はなかった。

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