第11話 人間驚きすぎるとワードチョイスがバグるらしい


 閉店の21時45分までも何ごともなく、クローズ作業も時間どおりに終えて退勤時間の22時になった。


 たまに鷹城たかじょうさんが試作も兼ねたまかないを出してくれる日もあるけど、今日は獅子王さんと約束がある。


 寄り道せずに、直帰だ。

 更衣室で着替えを済ませて、フロアに出ると。


「待っていたよ、真白ましろ君」


 なぜか鷹城さんがテーブルの上座に座し、二人の先輩も左右に座っていた。

 鮫之宮さめのみや先輩も事態を飲み込めていないのか、俺と同じように棒立ちになっている。


 テーブルを囲う三人は組んだ手に顎を乗せ……あれ、なんかデジャブが。そうだ、獅子王さんに問い詰められた時に似ている。


「ちょっとしたミーティングだよ。すぐに終わるから二人も座ってくれたまえ」


 鷹城さんにそう言われては従うしかないのだけれど。


「では、これより第一回真白君の友達ご来店イベント緊急反省会を開始する!」


 俺と鮫之宮先輩が座った瞬間、意味不明なミーティングが始まってしまった。

 え? どういうこと?


「なにあのJK!? めっちゃ顔ちっさいし、そのくせボンキュッボンだし、パツキンだし、目はエメラルドかってレベルでキラキラだし、くそカワだしよ! あたしたちと同じ女か!? 宇宙外生命体じゃねえの!? UMAとかよ!」

「……そうね。私たちとの肌のDPIが桁違いね。私たちがファー……草って感じなら、あの子はギュ……いえ、ギュギュギュギュくらいの圧倒的大差だわ。情報量も1GB……いえ、100GBの私たちと比較して、100TBは余裕であったわね。美少女情報量が劇場版レベルで神作画」


「JKからJDに進化したってのになんでこっちが劣化してんだ、おかしいだろ!? 10代から20代にいったいなんの差があんだよ!? 1+6でも7で、2+0なら2で20が勝つだろ!? つーか、あたし一ヶ月前は19だったんだけど!?」

「バカね。……19と20にはブラックホールよりも絶望的な深淵が存在するのよ。コズミックホラーの一つね。でもまあ、落ち着きなさい。あれは集団幻覚かもしれないのだから。落ち着きなさい。最新AR技術が生みだした神の御業よ。落ち着くべきよ。そうに違いないわ。だから落ち着きなさい、とにかく落ち着くのよ」


 二人の先輩は仕事中にため込んでいた思いをこれでもかと吐き出しているご様子だ。

 下手に介入すると、ひどい目にあいそうな気がする……。


 先輩たちは大学生や専門学生で、バイトで働いている高校生は俺しかいない。


 確かに獅子王さんは真面目な時は美人で、笑うと可愛い人だ。

 しかし、女子高生がいないとはいえ、過剰な反応をするほどの衝撃とは思わなかった。


「二人とも落ち着きなさい。花も恥じらう乙女がはしたいじゃないか」


 鷹城さんが手を叩いて場を静めた。


「で、真白君。本当にただのクラスメイトで友達なのかい?」


 ホッとしたのもつかの間、すぐに矛先が俺に向けられる。


 三人の威圧感が凄い……!

 思わず椅子から転げ落ちそうになった。 


 これが俗に言う圧迫面接。いずれ俺も経験するかもしれない高く分厚い壁なのか……!


 獅子王さんはクラスメイトで、〈GoF〉で一緒に遊ぶ仲で、秘密の共有もしている……友達だ。


 友達以外に答えなんてないだろうし、親友にはまだ早い気がするし。

 問題は素直に満足して、解放してくれるかだけど。


 と、俺を庇うように手が視界に入り込んできた。


「――兎野の学友に対してあれこれ詮索するのは、よくない。兎野のクラスメイトで、友達、なのだろう?」


 鮫之宮先輩がじっと俺を見つめて確認をとってきた。


「は、はい。そうです」

「なら、今はそれで十分だ。そうは思わないか? それに勤務時間をすぎている。大人が私情で高校生を夜に束縛するのは、いかがなものか」


 そして三人に対して説き伏せにかかってくれた。


「……はあ。鮫之宮チーフに言われたんじゃ、引き下がるしかねえか。あたしもあのJKに当てられて……柄にもなくアガっちまっただけだし。悪かったな、兎野」

「そうね。あまりの美少女っぷりにはしたないことを口走ってしまったわ。猛省ね。ごめんなさい、兎野君」

「さすが乙女おとめちゃん。マスターである私より人望があるね。悲しくもあり、嬉しい。では、第一回真白君の友達ご来店イベント緊急反省会は終了だね」


 あっさりと三人は引き下がり、片付けを始めた。


「鮫之宮先輩、ありがとうございました」

「――気にするな。先輩として。後輩を守るのは当然の役目だ」


 鮫之宮先輩は俺と同じ目線で話せるほどの身長があるけど、俺と違ってブレない芯の強さがある。口数が少なくても、一言一言に重みがあるというか。


「二人は、とても楽しそうに話していた。兎野のそんな顔を見るのは初めてだ。いい友達だな」


 端正な顔立ちが崩れ、優しい笑みが浮かぶ。


「ありがとうございます。俺にはもったいないくらいの……友達です」

「友達を褒められて謙遜する必要はない。しかし、本当に。面接を受けに来た時の雨ざらしの中で捨てられて震える小ウサギの姿とは――えらい違いだった」

「ははは……それは確かに」


 二人して、その時のことを思い浮かべる。


 人生初の面接を受けに来た時は死んだ気しかしなかったし。外に出てきた鮫之宮先輩が話しかけてくれなければ、どうなっていたことか。


「すまない。引き留めてしまったな。では、お疲れ様。夜道に気をつけて」

「はい。お疲れ様でした。鮫之宮先輩も気をつけて」


 それから全員に挨拶をして、店の外にである。

 少し時間を食ってしまったが、まだ余裕はある。焦らずに帰ろう。


 それにしても……鮫之宮先輩はかっこいいな。


 鮫之宮先輩と呼ぶのもおこがましいというか……鮫之宮パイセン? いや、そっちの方が失礼すぎるよね。


 とにかくだ。俺もいつかあんな風に振る舞えたらいいと憧れてしまう。


 ちなみに誤解を招くような言動があったけど、武琉姫璃威ヴァルキリーは笑顔のたえないアットホームな喫茶店です。


 なんて口に出して言えたとしても、かっこいいとは違う方向性だよなあ……。

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