第7話 もし、耳障りな裏切り者の声が聞こえたら

 午前の授業も終わり、スープの入った水筒だけを持って教室から移動していた時のことだった。


「こー君! やっと会えた~。もう、どうして最近全然連絡くれないの? 私ずっと寂しかったんだよ?」


 廊下に出たところで、背後から芽亜里が抱き着いてきた。

 馴れなれしい女だ。浮気されたのを知ってから近づかれるだけでもヘドが出る思いだ。こんなことされて喜んでいた昔の俺は飛んだ間抜けだったぜ。


「別に、ただ単に用がなかっただけだ。どうせ学校じゃ会うんだから、毎日電話でもする理由なんかないだろ?」


「それでも寂しいよ。こー君はそう思わないの? 私、昨日はずっとスマホの前でこー君を待ってたんだからね!」


(今ここでぶちまけてやりたいが、無駄に人望のあるこいつが相手じゃ俺が悪者にされる。気に食わないが誤魔化すしかない)


 今まだ我慢の時だ、でもそれももうすぐ終わる。

 そうやって自分に言い聞かせて適当な嘘で取り繕うことにした。


「……最近バッテリーの減りが激しいんだよ。何時間もスマホを触っていられないんだ」


「そうなの? でもそれじゃあ不便だよね。いっそのこと買い換えたら?」


「簡単に言うけど、安い買い物じゃない。今使ってるのも気に入ってるしな」


 今俺が持ってるのは、高校の入学祝いに親父がプレゼントしてくれたものだ。少なくともしばらく変えるつもりなんてない。

 それはこいつにも話したはずなんだけどな、こんな無神経な女だったか? それとも俺が気づかなかっただけで元々こういうやつだったのか? どっちでもいいか。


 内心イラッとしながらも、口裏を合わせて会話を終わらせようとした。


「じゃあな、これから人と会う約束があるんだよ。お前もいつものお友達と飯でも食ったらどうだ?」


「きょ、今日はこー君と一緒に食べたいかなって。ダメかな?」


「約束だっつったろ? 俺に友達との約束を破れってのか?」


「そういうわけじゃないけど……。ねぇ、その相手って本当に友達なの? もしかして浮気とかしてるんじゃ」


「は?」


 突然のことで思ったよりも低い声が出てしまった。

 自分のことを棚上げして、相手の浮気を疑う。嫌な女だ。

 らいらとはまだ正式に付き合ってない、だってそうだろう? この女とケリをつけない限りは前には進めないんだ。同じ穴のムジナになってしまう。


 イライラを募らせながらも、できるだけそれを抑えて会話を続けた。


「相手は男だ。お前はあんまり知らないかもしれないが、俺の友達なんだ。お前が心配するようなことは何一つない」


「でも……」


「もう用はないよな? じゃあな」

 

 そのまま背中を向けて廊下を歩いた。後ろから何か言ってきたような気がするが、どうせ中身が無い。




「よお、待ってたぜ。ちょっと遅かったな」


「変なのに絡まれてな。まあそんなことはどうでもいい、飯にしよう」


 裕と合流したの場所は、教室から二つ離れた棟にある自販機コーナー。

 この時間はあまり人が来ないので、俺たちが待ち合わせ場所として使っている。


「おい、失恋記念にジュースでも奢ってやるよ」


「言ってくれるなよ。……ココアを貰うぜ」


 裕が紙コップタイプの自販機に金を入れて、ボタンを押した。

 ガタンという音と共に、紙コップが落ちてくる。

 ズズッとした音とともに注がれるココア。

 音が終わると同時に裕はそれを俺の前に突き出した。


「ほらよ。お前も好きだね、お子様舌だな」


「人の好みだ、ケチつけるなよ」


 ココアを口に傾けながら喉を潤す。

 冷たいミルクココアがカッとした身体を芯まで冷やしていくようだ。

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