第11話 曲者揃いの上位陣

 ユエリアとディーゼルと別れてしばらく廊下を歩いていたら、上位部屋の入り口前に到着した。夕食のときディーゼルに軽く聞いてみたら、驚いて腰を抜かさないようにとだけ言われた。そんなに上位部屋の内装はすごいのか。下位部屋の共用スペースも結構いい設備だったし、期待を胸に扉に向かって一歩踏み出した。


 ウインと黒い自動ドアが開くと、その先から眩い光が廊下側に差し込んできた。反射的に目を閉じて、右手で目を覆った。廊下との明度の違いに驚いたが、すぐに目を慣らして室内に入る。そこに広がっていた光景は、とても教育機関に存在する部屋だとは思えないものであった。


 金の装飾が施された白い大部屋は、見上げるほど高い天井に金のシャンデリアが吊るされていて、まるで高級ホテルのロビーのような豪華さがあった。さらに上位5人全員がここにいたとしてもスペースがかなり余るほどに広さのこの部屋には、ふかふかのソファや白い綺麗なテーブルが人数分以上の個数置かれている。さらに、右側のスペースにはウォーターサーバーだけでなく、コーヒーメーカーやドリンクバー、自由にとれる菓子類も完備されていた。


 観葉植物も下位部屋とは比べ物にならない華やかさで、花瓶に入れられた色とりどりの花々は白と金の部屋にアクセントを加えていた。


「……すげぇ」


 扉の前で部屋の内装に圧倒され、立ち尽くしたままそんなことを呟いた。その瞬間、俺の耳をつんざくギターの音が部屋中に響いた。音のした方を向くと、そこには黒いギターを携えた金髪ロン毛の男が俺のほうを見つめていた。


「よおうこそぉ! 下剋上ボーイ!」


 彼は右手を俺のほうに向けながら、ギターの音にも負けない声量で高らかにそう宣言した。白いTシャツにジーンズというラフな服装の彼は俺にずんずんと近づいてきて、目の前に来た瞬間キラリと輝く笑顔を見せた。


「今日の入れ替え戦、最高にクールだった! 属性欠如者エレメンタレスでありながらあの術式を完成させる熱意もまた素晴らしい!」

「お、おう、ありがとな」


 出会い頭にめちゃくちゃ褒めてくるこの男に押されてたじろいでしまった。高身長な彼は一つ一つの動作が大きく、そのたびにロン毛がぶんぶんと跳ねる。そのたびに彼の背後で花が咲いているような幻覚が見えるのは気のせいであってほしい。そんな彼の胸のプレートには4という数字が刻まれていた。


「君の素晴らしい勝利を祝して……聞いてくれ、君のための歌『華々しい勝利の喝采アーティスティック・アプローズ』を」

「え?」


 彼がそうやってギターに手をかけた瞬間、肌がヒリヒリするような魔力を感じた。何かが来ると身構えた瞬間、彼に向かって空のティーカップが飛んできた。彼はすぐさまギターから手を離し、飛んできたティーカップを片手で受け止めた。


「アンタの不快な曲なんか聞きたくないわ」

「だからって物を投げつけるなんて、熱狂的なオーディエンスだな」


 彼に向かってティーカップを投げたのは、今日の入れ替え戦でゼノンに負けたお嬢様だった。ベージュ色の寝巻に身を包み、テーブルに置かれたケーキスタンドのお菓子を食べながら、ミルクティーを嗜んでいる。


「新品のティーカップ……もしやこれはお誘いかい?」

「ちがうわよ。それは南雲さんの。返しなさい」

「まったく、君が投げたというのに」


 そう言いながら彼はテーブルにティーカップを置いた。この学園の上位陣というだけあって我が強い。俺はこの中でやっていけるのか。いや、その前に明日ゼノンに勝たないと下位部屋に逆戻りか。その場合は6位のユエリアが繰り上がりでここに……それはそれで心配になるな。


「あぁ、自己紹介がまだだったね下剋上ボーイ。ボクの名前はナルズ・メイヨウ。ボクの音楽に興味があるならいつでも来てくれたまえ。素晴らしい時間を提供しよう」

「俺はアギト・ハロル。よろしくな」


 互いに自己紹介をしたら、自然と視線がお嬢様に集まる。しかし彼女は答える気はないらしく、ショートケーキのイチゴにフォークを刺した。


「すまないね。彼女は入れ替え戦での屈辱的な惨敗で苛立っているんだ。いつもなら社交的な」

「エリィ・フラワ。わかったらその不快な口を閉じなさい」


 ナルズの言葉をお嬢様が低い声で威圧しながら遮った。彼女のあらゆることに腹を立てている様子は、入れ替え戦で見たような余裕ある自信家な態度とは正反対だ。ナルズの言う通りひどく不機嫌なようだ。


「おっとすまない。お詫びにボクの音楽を」

「いらない」

「それならボクの故郷の伝統的なスイーツはどうかな?」

「……それで手を打ってあげる」


 エリィはじっとナルズを見ながら少し間を開けて、彼のお詫びを受け取ることにした。それを確認したナルズは優しく微笑んだ後、俺にこっそり耳打ちをした。


「昨日、ボクがお近づきの印に振る舞ったスイーツをいたく気に入ってね。可愛らしいお嬢様だろう?」


 そしてナルズはスイーツを作るため、共用スペースにあるキッチンスペースに歩いて行った。脈絡のないスイーツを受け取ったのはお気に入りのお菓子だったからか。いや、脈絡のなさは音楽もそうだけど。


 好きなお菓子で誤魔化されると考えると、子供っぽくて可愛いかも。そう思ってチラリと彼女の方を見ると、心なしか機嫌が良くなっているようだ。ミルクティーをかき回すスプーンの動きが滑らかだ。


「なるほど……」


 おっかないお嬢様だと思ったが、結構分かりやすくて可愛いかもしれない。


 共用スペースで話すのはここまでにして、自分の部屋に向かおうとした時だった。ガラリと共有スペースの左側から扉が開く音が聞こえた。


「おっと、新入り君のご登場か」


 バスローブ姿で湯気を纏っている、まさにお風呂上がりの茶髪の優男が現れた。さっきから思ってたけど、みんなくつろぎすぎだろ。まぁこんな豪華な施設は使わなきゃ勿体無いだろうけどさ。もっとこう、魔術書を読んだりトレーニングしたりしてるものかと。


「初めまして。僕の名前は南雲なぐも綺羅きら。エリィと入れ替わりで今は二位だよ」

「そうなのか。俺はアギト・ハロル。ディーゼルと入れ替わりで五位になった元最下位だ」


 順位を含めた自己紹介をしてくれたので、俺も順位について話す。入れ替わりで二位ということは、初期順位は三位か。南雲綺羅……名前に漢字を使ってるのは東部特有だったか。


「東部の出身か」

「そうだね。八位のユイさんも東部の出身だよ」

「あぁ、そんなこと言ってたな」


 魔法界は東部、西部、南部、北部、中央区と大きく五つの区分けがある。法王の魔法界統一の影響で多くの地域でエルデ語が使われているが、東部だけはマルク語が広く使われている。


「南雲はユイよりエルデ語が上手いな」

「東部出身といっても中央区寄りだったからね。エルデ語もマルク語もすらすら話せるよ」


 東部では、ほとんどの地域で使われるエルデ語の教育が熱心に行われている。そのおかげでエルデ語とマルク語のバイリンガルが多く、ビジネス業界で重用されてるとかなんとか。


「にしても驚いたね。まさかゼノンに入れ替え戦を挑むなんて」

「はぁ?!」


 南雲のその言葉に反応したのはエリィだった。彼女が立ち上がった衝撃でケーキスタンドがグラグラと揺れて、バランスを崩して床に落ちてゆく。それを床に出現した黄緑色の魔法陣から出てきたツタが絡め取って、ケーキが床に散らばるのを阻止した。


「危ないよ、エリィさん」

「その話本当なの」


 南雲の言葉を無視して、エリィは俺を睨みつけながらそう聞いた。


「あぁ、本当だ」

「私とゼノンの勝負を見てなかったの?」

「ちゃんと見たよ」

「だったらなんで勝負を挑めるのよ! この私がアンタより弱いって言いたいわけ!」


 頭に血が上ったエリィは俺に怒鳴り散らした。声を荒げる彼女の姿は、あの自信に満ち溢れた二位だった頃の彼女とは程遠く、あの惨敗が彼女の精神に大きな揺らぎを与えているのがよく分かった。


「おっと? 喧嘩かい?」


 エリィの声を聞いてキッチンスペースからナルズが甘い匂いと共に顔を出した。


「ナルズ、お菓子作りは終わったのかい?」

「オーブンで焼いているところさ。生地は朝に作り置きしていたからね」

「そうか、それならこっちに来てくれ。エリィが癇癪を起こした」


 エリィがドカドカと足音を立てながら近づいて、俺の胸ぐらを掴んで睨みつけている間に、南雲とナルズがそんな会話を交わした。


「別にそういうわけじゃ……俺はただゼノンの強さを戦って感じたかったんだ。もちろん負けるつもりはないけど」

「生意気。元最下位がたまたま五位になれた程度の奴に勝ったくらいで調子乗らないで」


 別に彼女を怒らせるつもりはなかったのだが、彼女からしたらそう認識してしまっても仕方ないか。どう弁解しても言い返されそうでどうしたものかと困っていたら、彼女の背後でナルズがいつの間にか取り出していたバイオリンを構えていた。


幼子を誘う子守唄アーティスティック・スレプト


 ナルズがそう言ってバイオリンを奏でると、俺の胸ぐらを掴んでいた彼女は瞼をゆっくりと閉じ、一気に力が抜けて床に倒れそうになった。それを南雲が優しく受け止め、一旦ソファに彼女を寝かせた。


「うん、完全に眠ってる」

「魔力切れで抵抗ができなかったみたいだね。うむ、あどけない寝顔もまた美しいな」


 昨日出会ったばかりだというのに、なんて手慣れた対応だ。というか魔力切れ? 今朝の入れ替え戦から相当時間が経ってるのに回復してないなんてことあるか? もしや俺が来る前まではトレーニングでもしていたのだろうか。


 そして、偶然とはいえナルズの魔法も見られてラッキーだ。音に乗せて魔法を使うのか。……じゃあ出会い頭に彼は俺に魔法を使おうとしたのか。もしあれを受けていたらどうなっていたのか。


「お嬢様がご就寝なされたせいで、スイーツは明日に持ち越しになってしまいそうだ」

「それくらいの保存はきくでしょ。それより彼女を部屋のベッドで寝かせないと」


 南雲が手をかざすと、緑色の光の粒が大量に湧き出して、渦を巻きながら一つの塊になった。そしてその塊は形を変え、黄緑色の毛皮のクマが出現した。


「彼女の部屋のベッドまで運んであげて」


 南雲の命令に熊は頷いて、エリィを抱えて個室に続く扉に向かって行った。


「さて、話の続きをしようか」


 南雲はソファに座って、エリィが手をつけていないケーキを皿に分けながらそう言った。


「君がゼノンに試合を挑んだ理由はエリィに言った通りなのかい?」

「あぁ。あの強さを見て、ゼノンと戦いたくなった」

「順位を落とす可能性が高くても?」

「低い順位になったとしても退学になるわけじゃないんだ。そんなに気にしてねぇよ」


 繰り上がりで五位になるユエリアが少し心配だが、別にこの二人に伝える必要はないか。


「なるほどね……」


 南雲は皿に分けたケーキをナルズに渡して、個室に続く扉とはまた別の扉を指差した。


「キッチンスペースの隣の部屋。あれはトレーニングルームになっていてね、ゼノンは今あそこにいる。明日負けたら下位部屋行きなんだから、会いに行ったらどうだい」


 南雲の言い方は、まるで俺が明日負けると確信しているようだった。それは間違いではない。誰から見ても明日俺がゼノンに勝てる確率は限りなく低い。


 それに反論するつもりはない。正しいことだから。南雲と口喧嘩して時間を無駄にするつもりはないので、彼の建設的な提案に乗ることにした。


「情報提供ありがとな。行ってくる」

「どういたしまして。明日の朝はちゃんと起きてきなよ。ナルズのお菓子があるから」

「りょーかい」


 上位部屋のメンバーとの顔合わせを終えた俺は、ゼノンがいるというトレーニングルームに向かった。


───────────────────

◯あらすじ

今回は補足はなしです。

特にどうと言う事はないんですけど、エリィちゃんは可愛いなぁとか思いながら書いてました。こんなのでもこの棟で屈指の実力者で、女子最年長なんです。

今回はダメダメな子でしたけど、節々の描写や棟対抗戦でしっかり彼女の強さも見せていけたらなぁと思ってます。あと可愛さもユエリアちゃんに負けないくらいに。


次回の更新は8月19日予定です。


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