2 Outside of inside of inside of

「『おつ旧世界~』『また新しい世界で会おうね~』、と」


 推しの配信が終わりEDが流れる。エリカが手を振るかわいいアニメーションを眺めながら、お決まりの挨拶を打ち込んだ。

 新世界エリカ。人気トップのVTuberで、恥ずかしながら俺の推しだ。


 少し前までVTuberなんて陰キャの疑似恋愛対象だ、人形ごっこだ、なんて馬鹿にされる事も多かった。まあ、今も趣味がVTuberというと、憐みの視線を向けてくる人もいるけど。


 それでも潮流は確実に変わってきている。なんたってエリカのチャンネル登録者数は、3,000万人に迫る勢い。日本のYouTuberの中で一番多いし、世界でもそれなりの順位に位置している。

 陽キャの原動力は、小学一年生の時に教えられる友だちの歌だ。「ともだち百人できるかな~♪」と煽られた彼らは、高校生になった今でも友達が多いのが正義だと信じている。

 それが友達の少ない俺達をバカにする彼らなりの論拠になっているけど、逆に彼らに対して友だち……ではないが、チャンネル登録者数が多いというのは、言い逃れのできない正解となる。


 だから今ではエリカをバカにする陽キャもあまりおらず、逆にエリカの歌みたを使ってダンス動画をあげるなどのすり寄りが多い訳だ。


「スパチャ読み始まったか……」


 EDが明け、再び配信画面になる。いわゆるスパチャ読みの時間。

 エリカは配信中に貰ったスパチャをその場ではほとんど読まず、配信が終わった後にまとめて読み上げる形式をとっている。

 スパチャをした人の名前を呼び、場合によってはメッセージを読んで返答もするというものだ。


 健全な学生である俺はスパチャなんてしておらず、待っていてもエリカが俺の名前を口にしてくれることは無い。

 じゃあ配信を閉じればいいって話だけど、別に聞いちゃいけない訳でもない。スパチャ読み中だってエリカの日常に繋がる雑談が飛び出るかも知れないし、なにより彼女の声を聞いているのは心地いい。


 ほぼユーザー名を読み上げるだけの生産性の無い垂れ流しを聴きながら、誰も居ない教室を見回した。


 学友どころか先生もいない、ただ静寂が支配する日常。これが今の俺の景色だ。

 窓からは午前の明るい日差しと共に、体育の騒音が入ってくる。男子のサッカーだろうか?

 見たくもないので内容は分からない。


「暇だ……」


 俺以外誰もいない教室。スマホで配信を見ていても、咎められる筈もない。別に休み時間っていう訳でもないし、休日補習でもない。

 今は授業時間だし今日は平日。ただ別室登校をしているだけの話だ。


 俺……星咲直人は身長が低く、ずっと周りにからかわれていた。女の子みたいなんて屈辱的な言葉を吐かれる事も多く、初対面の相手にすら舐められていた。

 高校生で151センチという身長が、女子から見てもかなり低いのは分かっている。顔も女子寄りで、皆デリカシーなく女子扱いしてはあざ笑ってくる。


 その度に俺の自尊心は引き裂かれた。何度嫌だといっても真剣には取り合って貰えず、「女の子らしいなんて褒め言葉じゃん」なんて自分勝手に攻撃を正当化する奴さえいる始末。まるで言い返された自分が被害者のような顔をしやがる。


 まあ、ノンデリ発言されるのは幼稚園の時からずっとなので、仕方ないと諦めてはいた。世界中で俺1人が傷付けば、世界は平和なのだと理解している。

 だから人知れず世界の平和を守る、ヒーローだったと言っても過言じゃない。


 問題が起きたのは、高校2年生の冬だ。

 突然、見知らぬ先輩から告白されたのだ。そいつは美形で成績もよく、推薦で有名大学への進学を決めていた。

 SNSのフォロワーも大量にいて、メチャクチャモテていたらしい。。


 そんな目立つ奴がいきなり告白してきたのだ。なんでも卒業前に、自分の気持ちにケリを付けたかったらしい。


 完全な告ハラというやつ。よく分からないまま体育館裏に呼び出されて、俺が行った時には既に大量のギャラリーがいた。

 キラキラした視線に居心地の悪さを感じていると、大げさな言葉で付き合ってくれと言われてしまった。


 もちろん断ったさ。


 別に同性趣味をどうこう言うつもりはないけど、俺の恋愛対象がかわいい女の子なのは動かしがたい。相手の趣味はどうでもいいけど、こちらの好みにケチを付けられたくないという当たり前の話。

 だいたい話したこともない男の先輩に告白されたところで……。

 むしろなんでOKが出ると確信して、周りに言いふらしていたのかが分からない。


 女の子イジリの一環だと思っていたこともあり、俺はきつめに拒否した。それで相手が泣いてしまったのがまずかったらしい。


 後で知った事だけど、腐女子やカプ厨と呼称される人たちの間で、俺とその先輩のカプは人気だったようだ。

 背の低い女の子みたいな顔をしたガキと、成績優秀でイケメンな先輩。勝手に盛り上がり、理想を押し付け、中にはマンガにしてSNSに晒していた人もいたとか。


 彼女達にとって先輩の告白は、夢にまで見た夢の終わり。美しくて尊くて、不可侵な聖域だったらしい。

 なのに、俺がぶち壊した。彼女達に言わせれば、そんな理屈だとか。もちろん俺が完全な悪者扱い。


 憧れは怒りに、期待は憎悪に。

 俺が思った通りの行動をしなかったことで、彼女達にとって俺は不快な敵に反転した。自分達を泣かせた悪魔だとでも感じたのだろう。


 でも彼女達に俺を排除する正当な理由も、全うな方法も存在しない。あいつは裁かれるべきだ、でもなんでか世界は味方してくれない!私達は不幸だ、可哀想だ! こんなに泣きたいのは、あいつのせいだ! 私達は被害者で間違ってない!

 だからヒステリックに自分を騙し、自分で自分が何をしたいのかも分からないまま、凶暴性に身を任せた。


 自分達を裏切り、泣かせた奴。攻撃して自分達と同じ苦しみを与えても、それは正義を執行しているだけだ。彼女達の頭の中で、そんな理性が組まれたらしい。


 もしくは親や先生にそう教えられたのだろう。

 どういう事かって? 親や先生は悪い事をした子供を口撃し、罰を与えて苦しませる。つまり身をもって、いじめの正当性を叩きこんでいるのだ。


 例えば某猫型ロボットのアニメでは、ジャイアントな乱暴者が登場する。彼は気に入らないことがあると怒鳴り、暴力を振るうことで知られている。それは彼の中で生まれた自発的な行動ではなく、母親に教え込まれたものだという事だ。

 だって彼がいう事を聞かないと、彼の母親は彼を殴り、怒鳴りつけていう事を聞かせている。だからジャイアントな奴は、『いう事を聞かない奴がいれば、殴りつけていう事を聞かせるのが正しい』と母親の教育から覚えてしまったのだ。


 あのカプ厨や腐女子達だって同じ。自分達に不快な思いをさせるやつを攻撃し、罰を与えて苦しめるのは、神が教えてきた当たり前だと覚えたのだろう。


 俺はあることないこと言いふらされ、女子たち全体からイジメられるようになった。

 男子たちは苦しむ俺を面白がり、特に陽キャ達は無邪気に攻撃に参加した。そもそも女子に嫌われてまで、俺を守ってくれる奴なんている筈もなかった。


 まあ陽キャとは自己中心性の抜けていない人種。自分がイジメて楽しいなら、イジメられている相手も楽しいのだと自然と思い込む。

 さらに俺をイジメれば女子達に褒められるのだから、それこそいい事をしている意識しかなかったに違いない。


 そこから始まった地獄みたいな日々は思い出したくもない。ただそんな奴らのために学校を辞めるのも癪だった。

 だからいじめの内容をSNSに暴露した上で先生に訴え、俺だけ別室登校を許して貰った訳だ。


 そう言う訳で俺は毎日空き教室に来て、配られた課題プリントをこなし、誰に見送られる事も無く家に帰る。カレンダーみたいな日々に追いやられてしまった。

 別段現状に感情はない。全員と仲直りして元通りの生活なんて望むべくもなく、この落とし所しかなかったのも分かっている。ただ後で思い返してみれば、この日々は虚無でしかないだろう。想像できてしまう安直な未来に、今から気が滅入ると言うだけのことだった。


「……この日々をエリカに応援して貰えれば、意味もあるんだろうけどな……孤独な学生生活、頑張ってって……」


 気持ち悪い事を呟いてしまう。

 エリカに応援して欲しいなら、5千円以上のスパチャを贈ればいい。そしたら名前を呼んで、メッセージを読んで、返答もしてくれる。


 あほらしい。お金を払ったら応援して貰えることを知りながら、お金を払う浅ましさ。そもそもそんな言葉に、意味があるとも思えない。


「ん?応援して欲しいの~? んじゃ、『星咲直人くん、孤独な学生生活がんば~♪』。なにそこ、学校の教室?」

「え?」


 一文字も書かれていない黒板を眺めていると、スマホから自分の名前が聞こえた気がした。でもそんな訳がない。お小遣いなんて全然ないし、スパチャなんてしたことがないのだから。

 そもそも俺のアカウント名は『星人』だ。星咲直人なんて本名を、エリカが知っている理由はなかった。


「気のせいか……自分でも気が付かない内に、参ってたんだね」


 スマホ画面を確認しても、エリカはいつも通りスパチャ返しをしているだけ。こっちを見て笑った気がしたけど、カメラに笑顔を作っただけだろう。

 俺の本名っぽい人が、応援して欲しいとかスパチャしたに違いない。人が金で買った応援を、自分の物だと勘違いするなんて間抜けにも程がある。


「ん~? ホメオスタシス? 正常性バイアス? 自己肯定感の欠如? いいことあった筈なのに、自分に都合が悪い方を現実だと思うなんて、人間ってたいへ~ん、ていうかゲロじゃん」


 スマホからは、エリカの不機嫌そうな声が流れている。

 前後の流れが分からないけど、リスナーのコメントに拗ねているらしい。


 彼女はメチャクチャかわいいけど、メンヘラ寄りのメンドクサイ系女子だ。そこをうまく対処してあげないと、配信中でも露骨にテンションが下がるので要注意だ。


 普段の自分ならめんどくさい所もかわいいと、お姫様を宥めるコメントを打っていただろう。

 でも今みたいに疲れている時に、怒ってる人の声を聞くのは良くない。気分が引っ張られて、こっちが不機嫌なコメントをしてしまいかねないからだ。


 エリカはまだ話していたけど、アプリを閉じる事にした。代わりに映し出されたホーム画面の時計を確認すると、昼までにはまだ時間がある。

 時間があるからと、手癖でエリカの配信を開こうとしてしまい、苦笑いがこみあげてきた。参考書を開く気も起きないので、エリカのパブサでもして時間を潰す事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る