㊹ 3年生 11月28日 調理実習




 はぁ……タカヤはいつもかっこいいなぁ。

 

 家庭科室での調理実習、隣の班でメグと二人でパスタを作っているワンシーン。ある種の共同作業みたいな動きに一切の淀みはない。幼馴染がゆえの気安さとお互いをサポートし合う感じがぴったりハマっている。


 三年生になっても推しの七人がクラスに集い、こうして調理実習をしているなんてキセキを誰が想像できただろうか? 彼ら彼女らを【奇跡の七人】と呼んでもなんら過言では無い。あっという間に家庭科室でみんなで作る最後の自由料理。時が経つのはあっという間だ。思えば色んなことが起きたなぁ。


 去年の今頃、菊池くんの告白騒動があったことすら昔のように感じる。私は本当に反省して……まず【奇跡の七人】への心の中の敬語を極力減らすところから始めた。もちろんみんなへの敬意を失うことは無いけれど。


 関係性や立ち位置はそのままで……ミズキやメグの女性陣、特にサラからの接し方は変わった気がする。いや、きっと以前は私が気後れすると思って自分を出していなかったのかもしれない。いい意味で遠慮が無くなった。何を言っても私が受け止めてくれるだろうという信頼を感じる。


 もう私たちの班の料理はパンをぜんぶ焼くだけだ……ふと今までの歩みに想いを馳せていると、そのサラが私に声をかけてくる。


「……ユッコ、向こうはどう?」

「あっちもパスタがもうすぐ茹で上がりですね。もうお互い盛り付けだけ」

「意外に同じ時間になるもんだね。メグと調整した?」

「それもありますが、ケンタが……絶妙に邪魔するので帳尻が合いました」


 家庭科室では私、サラ、ミズキ、コウちゃんの班と、メグ、タカヤ、ハル、ケンタの班で隣り合っている。はしゃぐケンタが隠し味とか辛い味付けにしようとするのをコウちゃんとハルが何とか抑えていた。高校最後の調理実習……ロシアンルーレット的な怪奇料理には成らずに済んだ形。


「ケンタはそこまで考えてたのかな……まあ、足を引っ張るより遅れてる班を手伝ってよ、って話ですが」

「まぁたぶんね。下手な考えだけど」

「ふふ。確かに」

「じゃあ盛り付けはユッコに任せるから」


 そう言ってサラは三角巾を外し、ガスオーブンの温度を調整しながら中のパンを眺めている。サラはお菓子作りにハマっていた時期があり、こういう焼きに関してはサラが適任だ。あとは焦がさなければいいだけで問題も無い。

 私たちの班の料理は……スライスしたパンの上にトマトとハーブを乗せるブルスケッタ。名前は知らなかったけど前菜の王道って感じ。これをメグの班のパスタと組み合わせる予定だ。

 ただしゃがんでオーブンを見ているだけなのに、サラには美の結晶のような華がある。三角巾でまとめていた長髪に癖が軽くついて……眼福。ああ! そんな姿勢だとスカートが……。


 その時。

 自分の頭の中にイメージが入り込んできた。ノイズの混じった砂嵐。いつもの予知。私を何度も助けてくれた、すぐ近くの未来が視える能力。


 備え付きのガスオーブンを開けた瞬間。ぱちぱちした火と熱風がサラの目の前を逆巻く。彼女はとっさに身体を引いたように視えた。顔を手で覆って叫んでいる。怒っているような、痛みに耐えるような震えた声。すぐ周囲に人が集まって空気が張り詰める。美しい亜麻色の前髪がところどころ焦げて……タンパク質が焼けた嫌な臭いが漂う。一度も嗅いでないのに覚えている、奇妙な感覚。


 そんな……うそでしょ?

 私は未来視の一瞬、言葉を失っていた。サラはオーブンのパンの焼き加減をじっと見つめている。やがて手が、そのきれいな指が……オーブンのガラス扉に近付いていく。


「だめっ!」


 とっさに身体が動いた。

 制止の声とオーブンの扉が開いたのはほぼ同時。

 未来視の映像通りの熱風と火から、サラに飛びつく形で遠ざける。私が間に入ったから結果は変わったはずだ。きれいな顔や髪が焼けるなんて、残酷な未来は避けられたはず!

 その願いが叶ったかを確認する前、サラと密着した匂いとは別に……タンパク質が焼けた嫌な臭いが鼻についた。じわりと首や右ほほに熱を感じる。私は三角巾をつけたままだったけど、熱風が顔のすぐ横を撫でたらしい。


「熱くなかった? サラ」

「大丈夫……って、ああ……髪が!」

「別に平気……え、燃えてる?」


 家庭科の先生やみんなが集まってくる中、私の頭や肩をサラがバンバンと叩く。自分の髪が変に固まっているのが感触で分かった。火の粉がかかったのか……私を見る彼女の目は必死だ。


「ごめん……あたしが、あたしのせいで……!」


 いや、サラのせいじゃないでしょ。未来視のおかげでほんの少し先に動けた結果、こうなったってだけで。サラに火傷はないし髪も燃えなかった。そう声をかけようとしたところに右のほっぺと首に濡れた布巾が当てられる。メグとミズキが……冷えた布巾を持ってきてくれたみたいだ。二人とも真剣な目をしている。


「謝るのはあと。まずは冷やす処置。サラ、押さえて」

「う、うん」

「次にどうするか指示してください先生っ。保健室に運ぶ方がいいですか?」





 *  *




 保健室での治療はわりとすぐ終わった。

 頬が焼けたと思ったけど、大したことはなかったみたい。冷やすだけで十分と保険の先生は言っていた。首の横は熱風と火に触れていたらしく軽度の火傷という診断。まあでも軟膏を塗ってもらったのでそんなに痛みはない。迅速に冷やす手当をしてくれたメグとミズキのおかげで重症にならずに済んだ。二人には感謝を既に伝えているが、教室にいたら改めて言おう。


 髪は……三角巾でまとめていた部分がけっこう焼けてしまっている。毛先だけならまだ誤魔化しようがあるが、この焼け方じゃ思い切って切らないと跡が残る感じ。ショートヘアとまではいかないだろうけど、ショックだ。


 教室に向かう足が重い。

 自分の身に降りかかったことにも起因しているが、それは自分で選んだことだ。受け入れるしかない。それよりも今日は午前授業だからこのあとみんなで遊んだりする予定だったのに。調理実習もあのあとパンが焦げたりパスタもフニャフニャ。そんなムードじゃなくなってしまった。今日はこのまま解散かも? 私のせいで……。


 いや、ネガティブな考えはするな。やめるって決めたんだ、引け目を感じるようなことはぜんぶ。胸を張れ。私は正しいと思うことをした。未来予知から短い間での思考やサラを助けようと行動したことは何も間違ってない。

 そうやって心の中で渦巻く自己嫌悪にケリをつけて、教室のドアに触れる。後悔はしていない。そんな気持ちで扉を開ける。みんなとこれからも一緒にいるために。たとえ……もう教室に誰ものこっていなくてもだ。


「いらっしゃいませ、お客さま!」

「は、え。天使……いやメグさん?」


 マジでどゆ意味? お客さん?

 ありのままに言うとそこには調理実習で使っていたエプロンをアレンジして着直したメグがいた。かいがいしく手をとって、部屋の中へエスコートしてくれる。何が何だか分からず混乱していたが、とにかく【奇跡の七人】は全員いるようだ。


 机や椅子の位置が少し変えてあるみたいだけど……

 中央付近にスペースをとってある。このあいだハロウィンで仮装に使ったオレンジ色のポリ袋、水の入った霧吹き、何種類かのハサミ。これは何?


 疑問が浮かんだままの私にハルが前に出る。はにかんだ表情というか緊張しているみたいで、彼にしてはレアな顔だ。机に並んだハサミに触れながら私の方に向き合う。




「ユッコ。自分が髪を整えるからさ……最初のお客さんになってよ」




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