非モテで人生負け組だったはずの俺がある日ラブコメ主人公になってしまい、サブヒロイン達に命を狙われる羽目になったんだが

織田丸

第1話 前兆①

俺の人生は始まった時から終わっていた。


俺を取り上げた産婦人科医は「世界一ブサイクな赤ちゃん」だと裏で看護婦に言ってしまい、俺を揶揄したことがバレて問題になり職を失った。


俺の存在が一人の人間の人生を狂わせた、だがそれは俺という最悪な物語の序章に過ぎなかったのだ……。


イジメは常時近くにあった。

「ブス!」「こっち来んなデブ!」「お前もう喋りかけんな」「一週間煮込んだブルドッグみたいな顔だな」

もはや嫌な気分にすらならないな。

彼らの語彙力で俺を形容するのには限界があった。



虐げられた人間は痛みを知っているから人に優しくなるなんて嘘だ。

俺はめっぽうキラキラした人間を妬んだ。自分はもう今世は捨てましたなんて心持ちでいるのに、その癖嫉妬心が非常に強かった。


俺の通う高校の同じ学年に、絵に描いた主人公のような人間がいる。


「おらぁっ!取ってこいデブルドッグ!」


デブルドッグは入学して間も無くついた俺のあだ名だ。

デブとブルドッグを掛け合わせた造語で、なかなか気に入ってる。


4月半ばから早速、俺は世に言う一軍の洗礼を受けることになった。筆箱を窓から外に投げ捨てられたのだ。


「……はい」


周りは若干引き気味だったが別段助けようなんて気はない様子で、俺は渋々感を出さないようになるべく悲しそうに返事をして教室を出ようとした。


「おい、そう言うのもう辞めろよ」


教室の小さな空間だが、その声は確かにその場を支配した。

冴えない男子グループは音ゲーの手を止めて、女子たちは若干潤んだ目で、俺の筆箱を投げた一軍男は気まずそうにそいつを見た。

教室にいた奴らの視線を一手に引き受けたそいつは美作颯斗みまさかはやと。イケメンで勉強は出来るし、中学ではサッカーの関東選抜だったらしい文武両道ぶり。そういう奴は日本中を探せば結構いるけど、どこか人の目を惹きつける不思議な能力がそいつにはあった。


「馬淵も、嫌なら嫌ってはっきり言えよ。じゃないとずっと、こういう事はされ続けるんだよ。分かったか」

「……う、うん」


俺は大人しく返事だけした。


「おっけー。で、高橋。お前は俺が貸した500円いつ返すんだよ」

「わ、悪いバイト代出るの来週なんだよ、もう少し待って」

「仕方ないな……。ジュース一本追加な」

「は⁉︎ 待てよそれはなしだろ!」


みたいに、俺とその一軍男を上手い事切り離して事を収集させた。

その後は女の子たちにキャッキャ言われて爽やかに対応するラブコメ主人公みたいな一幕を俺に見せつける始末だ。


で、俺は感謝するどころか美作が部活の友達とやっているTikTokのコメント欄に匿名でアンチコメントを送り続けるクズっぷりを遺憾無く発揮した。


だってなんか、俺をダシにされた気がするんだ。

別に俺は慣れてるから言い返さなかったし、言い返したらエスカレートするのは目に見えてるのにわっかんねぇのかな? お前がすごいから収まったけど、それはお前の不思議な陽キャ特殊能力のお陰であって俺はこの先も負け犬なんだから。


今世は諦めた、なんてネタみたいに言うやついるけどさ。俺を見ろ。

この歳まで妹と母親以外の異性と会話した事ないんだぞ。


全く。だからラブコメ主人公なんてものを信じてないんだよ。

あいつらは周りが劣等感を感じていることに気づきすらしない。

はぁーあ。もういっそのこと死のうか、なんて薄ぼんやりと最近は考え始めた。

死ぬのは怖いし、家族はなかなか悪くない。でも生きてる意味もない。

顔で損して、痩せるモチベーションも勉強するモチベーションも湧かなくて。

ドラえもんみたいなフォルムで顔は一週間煮込んだブルドッグで……。

だからと言ってブサイクなお笑い芸人みたいにユーモアを言って人気者になろうなんて度胸もなくて、嫉妬深くて面倒臭がりで、自分を助けてくれた「良い奴」

に素直に感謝すら出来なくて、友達も恋人もいなくて。

地球に場所をとっているだけの俺が、分かっている俺は俺が心底嫌いなのだ。


だから人生負け組だとか簡単に考えて諦めてしまってるんだ。

人のせいにしてばかりの人生だ。


珍しくそんな事を考えながら高校から家までの道を歩いていた。

普段通ってる道から少し遠回りの土手の上の道。左手に住宅街が、右手には河川敷のサッカーコートがある。風に少し川の匂いが乗っている、お気に入りの道。


「うわブッす」

「ちょっと、聞こえるって」

「あれは可哀想だわ」


すれ違ったカップルが後ろでそう言ったのが聞こえる。もう何回も聞いた。

そう言えば、バイト応募してたんだった。

隣の駅のコンビニで、普段利用しないし都合が良くて人でも足りないらしいから受かるだろう。そう思ってメールをチェックした


『……今回は採用の方を見送らせていただきます……』


まぁ、そうなるか。

特に気を落とさずに携帯をポケットにしまう。


夕暮れ前は自転車が数台通るが人通りは少ない、だから彼女の姿が異様に目に止まった。

あずま、だったか。下の名前までは知らない隣のクラスの女子だ。


って言ってもどうと言う事はない。


俺が話しかけても「誰?」ってなるのはまず確実だし。

同じ高校の制服を着ているからと言って話しかける道理もない。


この東という女、それは大層な美少女ちゃんだ。

圧倒的に小さい顔、か細い体躯とバランスの取れた頭身、つやつやした黒髪、和紙と見紛うようなきめの細かい白い肌、顔のパーツも言うまでもなく整っていて少し眉毛が濃い。

彼女が出ている雑誌があれば俺は喜んで買ってナニかに使っていただろう。


通りすがりにチラリと彼女の横顔をご拝謁して彼女を後にした。その時一瞬目が合うが、すぐに逸らされた。


何やら焦っている様子だが、お金でも落としたのだろうか。

でも俺は「大丈夫ですか?」なんて聞いたりしない。きっと迷惑だ。俺なんて知らないだろうし、同じ制服だってことを見てもいないだろう。



美作ぐらいの男が彼女みたいなのを捕まえるのだろう。


あいつならこの場で東の隣に腰掛けて冷えたアクエリアスなんかを手渡して気の利いたジョークなんてものを二、三個披露して連絡先を交換するなんて芸当をこなす。

あいつなら、そういう事をするのを世界が許している。

俺は許されてないしその事実に侘しくなりもしない。


例えば彼女との間に物理的な距離はさほどなくとも、俺が絵画の美女に手を出すようなキザなイタリア人なんかでなければその距離は月と太陽と一緒だ。

あぁ俺がキザなイタリア人ならなぁ。


土手を過ぎるとちょっとした商店街に入るはずだが俺は人目を避けるために雑居ビルの隙間を通ってショートカットをする。

さっきのカップルのような俺の容姿についての陰口は俺にとって特別な事じゃない。お互いのために、俺はそういう工夫をして生きていたのだ。

雑居ビル間の通り道に入ってしばらく進んだその時だった、


キュルルルルとディスクを巻き戻した時のような高い音がビルの間隙に響いた。

きっと後ろからだ。

俺が振り返ると、すぐ足元の地面が円状に青白く発光している、


「なんだこれ……」


ビルの影の中で、ホタルイカのように浮かぶように発光する直径一メートルほどの光の輪。

やがてそれは地面から立ち上がり始め、円柱状の光の柱になった。


「え、なにこれ。プロジェクションマッピング?」


にしては立体感があり過ぎる。

そんなんことは無いと分かっているが見入ってしまうほどに優しい光の柱だ


俺はそっと手を伸ばして、目の前の柱に触れようとした。


「ダメ‼︎ 触ったらだめっ‼︎ 逃げてっ‼︎」


東? 

光の柱の向こう側の、ビルの隙間に入り込む逆光にそれらしいシルエットが浮かんでいる。酷く焦った声で、彼女は叫んだ。

でも、


「……もう触っちまったよ」


一瞬で、俺の体は強い力で光の柱の中に引っ張られていった。

ただの光の柱に見えたそれは、中で何か強力な力が渦巻いていたのだ。

俺は円周に巻き取られるように引き摺り込まれる。


「うっぐあぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」


骨が軋み、指先から順に砕かれていく激痛が背筋を走った。

脂汗が額から出る感覚、足の指先から汗が吹き出ている。

青白い光の柱は俺の血で僅かに紅色が混ざり、俺の腕の方もどんどん引き摺り込まれる。


痛い痛い痛い痛い痛いっ‼︎ 頭の中が生存本能で刺激され、必死に引き抜こうともがくも、それは俺を逃そうとはしない。巨大なシュレッダーに巻き込まれていく気分だ。肩まで巻き込まれ始める。顔が徐々にそれに近付く。


「……なんで俺ばっかりっ」


は、っとした。今までそう言う感情と向き合って来なかったから。

俺は自分が不幸だと分かっていたんだ。

俺の深い底に、だが確かにすぐそこにあったが感情が顔を覗かせた。


(そう言えば、死にたいんだったっけ……)


確かにその感情があったのだ。だが、いざ死を目の前にするとそんな思考は、


(いや、良いじゃん。女の子とエッチ出来るのか俺は? 無理だろこんな顔に生まれて、今までまともに相手してもらったことなんてないのに。相手が可哀想だ)


無くならない。無くなってくれない。


死をも肯定しようとしている、どうしようもない男だ。


思えば、イジメを受け入れるのも、太ってるのも、勉強しないのも、人と喋らないのも、怠惰が拍車をかけている。何かしら突破口は提示されていたはずだ。


(そうだ。俺って、何かのせいにして逃げてただけじゃん)


後悔、か。俺、そう言えば後悔したことなかったわ。

後悔するような挑戦したことなかったじゃん。駄目じゃん。全部、逃げて。


(ああ、死ぬ。死にたくないのに)


意識が飛び始めていた。

光が濁った赤色に変わって、それが底抜けに綺麗に見える。

月の光によって色付けられた水面と、湖畔に咲くヒナゲシの花畑を思わせる。

俺はそこに吸い込まれていく。きっと死後の世界があるとすればこれだ。


「そんな……ごめんなさい」

 

目の前に悲壮感を浮かべた東が制服の胸元のリボンをキツく握りしめていた。


(なんか、初めて女の子に真っ直ぐ感情を向けられた気がする)


まぁもう遅いけど。


俺の意識はアナログテレビの電源を落とすように、プツリと消えた

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