見上げるアタシ

宇田川 キャリー

season1

#01 - 原罪

 アタシは地元が嫌いだ。

アタシの地元は都心から近くの海沿いの街。夏は人でごった返し国道の車はまったく動かない。そんな日にコンビニに行こうものならテンションの高まった観光客にもみくちゃにされ買い物どころじゃない。

一遍、冬になるとまったく寂しくなって寒々しい。夏にはあれだけ活気のあったサーフショップが地元のサーファー達だけの静かなたまり場になり景色の一部となって存在感を失う。

 潮の匂いが心地よく感じるときもあるが、雨上がりの湿気のひどい時はそれが死んだ魚のような匂いに変わる。部屋の中までその匂いにおかされた日なんかは気が滅入る。

大きな台風が来るとなれば、養生ようじょうテープがとたんに売り切れ防災無線がけたたましく鳴り響き恐慌きょうこうあおる。まるで祭りが始まるかのように街中が慌ただしくなる。

それに予算不足のせいかいまだに地中に埋められていないむき出しの電線が、台風のせいでいつもより激しさを増した海風にあおられ損傷を負い、停電が我が家を襲う。

そしてなんとか台風をやり過ごすとまた死んだ魚の匂いにおかされる。

 ここに住む人の習性なのか何かというと海に行く。決して綺麗でもないのに家族や友達や恋人とあてもなく海に行く。

風に乗った潮はベタベタと肌や髪にまとわりつくし、砂浜に立ち入れば靴に砂がキリなく入ってきて足が痛い。

だから海は嫌い。


 唯一気にいっていたものは電車だった。

ウチから歩いて10分かからない1番近くの駅は東京方面に伸びている。そこから2駅で市庁やデパート、繁華街はんかがいのある主要駅だ。買い物や銀行や贅沢な夕飯など何かあるとこの駅にくるので、この路線は頻繁ひんぱんに使う。

 しかしこの駅ではなくウチから住宅街を15分くらい歩くと家々に紛れて違和感を放つ無人駅がある。その路線がアタシは好きだった。よく行く主要駅と離れた主要駅を結ぶ、狭い町中を走る小さい電車。

15駅ほどしかない路線のうちいくつかの観光名所をのぞき、ほとんどが小さな無人駅でおもむきがある。

民家と民家の隙間や木々の間を走り、途中の何区間では海沿いを走る。狭い民家の薄暗い間を抜けて海が見えたときは解放感にあふれている。

 地元嫌いのアタシだが、この電車で通学しようと自宅から15分くらい歩いた小さな無人駅から4駅先の高校を選んだ。

通学の時間帯には小さな電車は自分の通う高校の生徒で満杯になり、いつの日か電車に乗るのが億劫になった。さらに連休や良い季節の週末になると寺や神社、海に観光に来た人々で1度では乗せきれないほどの混雑になるので乗る気になれない。

海沿いをまっすぐ行けば歩けない距離ではないので、時間を持て余しているアタシはのんびり歩いて帰ったりもしたが、潮風で髪がバサバサになるので楽しくはない。


 アタシの家は海から国道を渡って少し入った住宅街にある。父は代々受け継いだ地元の土地やビルを貸しながら商店街で小さな不動産屋をやっている。それと国道沿いにいくつかのラブホテルを経営している。海沿いのラブホテルは絶好のデートスポットで年中繁盛はんじょうしていて、そのおかげで広い敷地に大きな建物のウチは、"ラブホ御殿"と呼ばれていた。そこでは何が行われてるかわからない子供の頃からそれが陰口の一種だということには気づいていた。

 そのことで父の職業を恥じたことはない。父は常にアタシに優しくて厳しいことは言わずアタシの意見をよく聞いてくれていたし、欲しいものはたいてい買ってくれた。かなりの放任主義だ。アタシはその父からの信用を裏切らないようにとなるべくいい子で生きてきた。

 母はいない。アタシが3歳の時に出ていった。理由は知らない。それ以来連絡すらなく、消息もわからない。ウワサでは男を作って出て行ったということになっている。それが本当かどうかはわからない。

他界するまで一緒に暮らしていた祖母も母については一切話さなかった。でもこのウワサ好きの狭い海沿いの街ではそういうことになっている。アタシはそこでかわいいそうな娘という目でいつまでも見られていることに気づいている。

 写真で見る母は、ウワサもまんざらではないと思わせる艶やかな黒髪で二重のキリッとした瞳で厚い唇の美人だった。

もしウワサが本当だとしたら欲望に負けて子供を捨てるような女の血が自分にも流れているのかと思うと悲愴ひそう恐怖きょうふを感じた。

 ウワサがすべてだとは思ってはいないが、1度も連絡をよこさずアタシのことなどもう忘れてしまったような人に思いをせることはなかった。

母が出て行ってから何人か父の恋人がやってきたが、人見知りで偏屈へんくつなアタシは彼女らに馴染なじむことはなく、早々に姿を現さなくなった。

祖父は幼い頃に亡くなり、祖母は中学1年の時に他界した。それ以降はアタシと父2人で暮らしている。


アタシはこの街が嫌い。


アタシはそんな自分も嫌い。



 アタシを窮屈きゅうくつな地元から連れ出してくれたのは、高校生になったばかりのある出会いだった。

自室ではいつもラジオをつけていたので、深夜いつもどおり布団に入りお気に入りの芸人の番組を聴きながらそのまま寝ようとしていた。

この2人組の芸人は歌番組の司会をしていたので、たびたびそこで出会ったミュージシャンの話をしている。この日は、番組で仲良くなったバンドのメンバーにプライベートで小さなライブハウスに連れて行ってもらったエピソードを語りだした。

いくつかのインディーズバンドの演奏を観て、芸人も若手の頃はお笑いのライブハウスでしのぎを削っているもので、その時のことを思い出したという感傷的なオチだった。

アタシはそれを半分寝ながら聴き流していた。

 そして、印象に残ったバンドだったと言ってDOOMSMOONドゥームズムーンというバンドの曲が流れた。

 その曲が流れたとたんアタシの全神経は耳へと集結し、眠くて閉じかかっていた目が冴えて上半身を起こし、ただスピーカーを見ながらその曲を聴き入った。アタシの中の何かに触れたのだった。

次の日の学校の帰り道、電車に乗って1番近くの主要駅にCDを買いに行った。



◆◆◆


カクヨムコン初参戦!

すでに書き終えてますので、手直ししながら随時公開していきます。

よろしければお付き合いください。

どうぞよろしくお願いします。

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