03 教会の神父
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~教会~
9番街にあるスラム区域。
決して治安がいいとは言えないこの場所の廃れた教会に、ギルゼンの運転する車は止まった。
「これがマルコが出入りしている教会。奴は神父として身を隠しているそうだ」
「神父……ですか」
書類にもこの情報は記されていたが、どうも些かの引っ掛かりを感じるルルカは意外そうな表情を浮かべていた。
「ああ。奴の姿はもう何度も確認されている。それにこの教会に入って行った怪我人が、何故か元気な姿で戻って来たとの情報も記録されている。
そんな力を使えるのは物の怪以外にいないだろう」
「でも霊力係数は基準値以下なんですよね?」
霊力係数は物の怪が霊力を使った際に計測される。
ルルカ達魔操技士はこれが計測され、更に基準値に達して初めて行動を起こす事が出来る。
狡猾で知恵と実力も兼ね備える物の怪は上手く霊力やその本性を隠し、人間社会に潜伏する術を心得ているのだ。
仲が良かった友達が。
職場の先輩が。
隣に住む隣人が。
まさかと思う人物が物の怪だったという例は、古今東西国中で存在している。
何はともあれ、教会の神父としての慈善が本物なのか偽りなのかは確かめれば分かる事。
「そうだ。だから手を焼いている。しかもマルコはこのスラムにいる人間達から人望も厚く、下手に動いて勘づかれたら元も子もない」
ギルゼンの顔が険しいものへと変わっていく。
「局長からも絶対にマルコを執行をしろと命令が出ている。もっと確実な証拠を掴み、奴を誘き出して霊力を使わせるしかないのだよ」
「そんな証拠いつ掴めると言うんですか。こうしている間にも、次の人間を狙う計画を立てているかもしれません」
しれっとした態度で告げたルルカは車から降りて歩いて行く。
「ま、待て……! 何をする気だ」
ギルゼンが慌てながらルルカを引き留める。
「何って、奴が本当にマルコかどうか確かめるんですよ」
「止めなさい。無計画な接触は避けねば奴にッ……っておい! 戻って来い!」
ルルカが言葉を受け流してそのまま教会へと進んで行くと、悪目立ちする事を恐れたギルゼンはそれ以上ルルカの後を追わなかった。
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「誰かいますかー?」
教会の扉を開けると、いくつもの横長の椅子と大きな祭壇が視界に入ってきた。視線を上にズラせば祭壇よりも更に大きな十字架が飾られ、鮮やかな硝子窓は日差しで様々な色を反射させている。
外観同様、中もお世辞には綺麗とは言えない。
だが明らかに日頃から人が使っている、出入りしていような痕跡が感じられた。
他にもルルカは独特な感覚を残す霊力の“残り香”も僅かに感じる。
(これは間違いなく霊力の残り香だな)
最年少で0級魔操技士の資格を手にしたのは伊達ではない。
彼は残り香の感知能力も秀でていた。
これでこの教会が完全に白だという見解はなくなる。
「どうされましたか?」
何歩か足を進めた次の瞬間、ルルカと余り歳の変わらなそうな女の子が姿を現した。
「俺は魔操技士の者だ。神父はいるか?」
「一応いますけど……何の用でしょうか」
魔操技士という言葉に、明らかに嫌悪感を露にした女の子。
同時に彼女が今しがた出てきた扉の奥からも気配を感じる。
ルルカは招かれざる客という訳だ。
「ああ。聞きたい事がある。神父は奥だな」
「ッ!? ちょっと、勝手に入るのはやめて下さい!」
女の子の抑止を払い、ルルカは扉を開けて奥へと進んで行く。
1歩奥に足を踏み入れる度により濃い残り香を感じ、その残り香が強まるに連れて彼は緊張も高まると同時に確信も得ていた。
マルコが1ミリでも焦って霊力を高めてくれれば儲けもの。
スタスタと奥へ進むルルカは新たに現れた扉を勢いよく開けて中を確かめると、そこには質素な折り畳みベッドが2つとクッション性を感じないソファ。
それに小さな椅子に腰を掛けた神父らしき人の姿があった。
神父は部屋に入って来たルルカを見て問う。
「何の用かね?」
「俺は魔操技士のルルカ。お前が終焉のマルコか?」
駆け引きなしのストレートな発言。
自分から勢いよく口にしたルルカであったが、当たり前に正体を隠している物の怪が自ら「はい。そうです」なんて言う筈がなかった。
「如何にも。ワシは物の怪じゃ」
……かと思われたが、神父はまさかの自白。
一瞬の出来事で思わずルルカは自分の耳を疑う。
「え……そ、そうだよな? お前は物の怪だ」
「そうじゃよ、若き魔操技士さん。だがワシは確かに物の怪ではあるが、終焉のマルコではないのぉ」
少なからず、多くの物の怪はここで動揺を見せる。
しかし目の前の神父はまるで他人事のような落ち着き。
若干15歳の少年がバーンズ局長と同程度の年の功に威厳を放つのはやはり難しいのが事実か。
それでもルルカもここで引く訳にはいかない。
「お前がマルコじゃないと言うなら、奴は何処にいる?」
「いくら神父のワシでも、知らぬ事は答えられん」
重々しい雰囲気で尋ねるルルカに対し、神父は軽く言葉を返す。
狐につつまれたと言う言葉が最も今の状況に相応しいだろう。
だが、神父のその言葉に偽りは感じない。
「知っている事を話すなら今だぞ。また人間を狙っているならこの場で執行する」
「勢いは若者の特権。それが使命ならば、臆せず行動すれば良い。なぁに、その若さなら失敗だろうと失敗にすら入らんわい」
物の怪が自ら物の怪と認めたとしても、どれだけ霊力の残り香を感じ取ったとしても、ルルカが物の怪は執行する事は当然出来ない。神父はそれを分かった上で冷静な対応をしているのは明らか。
互いに無言のまま沈黙が流れる事数秒――。
「帰って下さい! 神父は何も悪い事などしていません! 私達にとっては大切な人なんです!」
先程の女の子の声が沈黙が破る。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ワシなら大丈夫。心配しなくても良い」
「で、でも神父がいなくなったら私達……!」
ゆっくりと立ち上がった神父。
彼はそっと女の子に近付いて優しく頭を撫でた。
この一連の出来事でさえ全ては神父の計算かもしれない。
人間の僅かな心の隙を突いてくるのが物の怪の本性でもある。
一瞬の油断が命取りだ。
それを十分理解しているルルカは案の定警戒を解いていない。それどころか更に険しい表情でグッと神父を睨みつける。
「何をそんなに生き急いでいるのかね、若者よ。君からはワシらに対する憎悪が強く伝わってくるのぉ」
「当たり前だ。お前達物の怪は俺の家族の“仇”。必ず始祖の物の怪を消すまで、俺はお前達を執行し続ける」
ルルカの言葉に、神父は僅かに眉を動かした。
始祖の物の怪――それは物の怪の中でも世界を揺るがす程の脅威として国に指定されている“ブラックリスト”のNo.1に名を刻む物の怪であり、ルルカの家族の命を奪った仇でもあった。
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