第56話 メンヘラちゃんは誓いを立てた




【花嫁を連れた中性的な女 ゆう


 私は今、過去に1番目立ってると言っても過言ではない。

 幼稚園のお遊戯会の王子様役(女の子なのに)、小学校の運動会でぶっちぎりしたとき(身長高かったし)、中学校で反抗期で先生を掴み上げた時(荒れてたからな)、高校でバイトで盛大にやらかしたとき(客は大激怒してた)、社会人になったときの新入社員挨拶(これは普通にこなせた)、隼人とレストランでの大喧嘩(一歩間違えたら殴ってた)……そのどれよりも、今は目立ちに目立っていた。

 町を走っているだけだが、その町の人たち全員が私たちに注目していた。


 ウェディングドレスで逃げるなんて、まるでドラマみたいだなとは思うけども。

 まさかこれを自分がやることになろうとは。


 そして式場から少し離れたところの公園まできて、息を切らして止まった。


「はぁ……はぁ……」


 なんか「行け」とか、中二病の隼人が「ここは俺が食い止める」的なそういうシチュエーションだったし、アミも逃げ出したいと自分の意思で逃げてきたけど、混乱しているなりに考えがまとまってくると、これは非常に不味いのではないかと感じてきた。

 雨柳家と高宮家両財閥の御曹司同士の盛大な結婚式をぶち壊してしまったのだから。


「……アミ、こんなことして大丈夫なの?」


 白いウェディングドレスを着ていて、いつもと違う清楚な化粧をしているアミは可愛いというよりは綺麗だった。

 アミは返事をしなかった。走ってきて息が苦しくて答えられないのかもしれないし、これが本当に大惨事だから答えられないのかもしれない。

 ただ、息を切らしていても私に抱き着いたまま、アミは離れようとしなかった。


 ――あぁ……言わなきゃな……――――


「あのさ……聞いてほしいことがある」


 息も絶え絶えだったけど、呼吸を整えて、私は亜美に向き直る。


「はい……なんでも聞きます。ユウ様の言葉なら全部」


 まだ泣いていた目の赤いアミが、真剣に私を見つめた。


「……なんていうかな……何から話したもんかな」


 色々、道中に考えていたことはあったが、混乱していて順序が全部飛んでしまった。それでも言葉を整理しながらアミに話し始める。


「記憶が戻るきっかけになった人が、今日亡くなったんだ」


 一番最初に何を言ったらいいか、解らなかった。しかし、1番最初には雪憲さんの最期の姿が鮮明に思い浮かぶ。


「その人の遺言で『自分のことを大事にしてくれる人と一緒にならないと駄目だ』って言われてさ。記憶が戻って……隼人の事とか、孝也さんの事とか……いろいろ考えた。結婚とかって全然ピンとこないし永遠の愛とか言われても全然……そんなの信じられないしさ」


 考えがまとまらない。何が言いたいのかは解っているのに。


「いや……だからその…………」


 なんだよ、これ、かっこつかないな私。しっかりしてくれ。

 なんとか自分を奮い立たせる。


「でも、女の子とは付き合ったことないけど……アミが私でよければ……――――」


 言い切れず、もごもごと口ごもる中、ここまでいえば解ってくれただろうと、アミの方を見たら口元を抑えて目を見開いて驚いている様子だった。


「……何が言いたいか、解ったよね?」


 アミは大袈裟に首を横に大きく振った。顔にかかっている白いヴェ―ルもそれに合わせて大袈裟に揺れる。


「解りません、ユウ様の口からきちんとききたいです」


 絶対に解っているくせに、どうしても私にそれを言わせたい様だった。


「……解っているくせに……」

「あ―! そうやってかわすのやめてくださいよ! ユウ様!」


 アミがむくれて軽く私の胸の辺りを叩く。


「だから……私と……試しに付き合ってみて……ほしい……のかな……?」


 その言葉を言うまでに、どれだけの間があったか解らない。やっとそう言った言葉が、アミにどう聞こえたのかすらも解らない。

 言ってみたけどやっぱり、私は同性愛者じゃないし、女の子が好きとか正直よく分からないし、じゃあアミ当人が好きなのかとかもよく分からない。少なくとも孝也さんに抱いていたような感情ではないけど、でも、もしかしたら何かのきっかけで本当にアミのことが好きになるかも知れないし。

 それは相手が異性だとか同性だとかは関係なくて、異性であっても好きになる人といない人がいるのだから、同性でも好きになる人とならない人がいると考えるのが自然だと思ったし、アミはこんな私のことが大好きなようだったから、なら、孝也さんでもなく、隼人でもなく、打算なく好いてくれるこの子を選んでみようと思うのは自然なことなわけで。

 勿論、最初から誰も選ばないという選択もあったけど、それじゃ私は結局元の何の変哲もない生活に戻るだけだと思った。平穏な日々が恋しいと思っていたけど、いざ本当に平穏が訪れると、何か物足りない気持ちもあったし、純粋にアミのことは心配だった。

 それで結婚式に行って見たらこんなことになっちゃって、大財閥を敵に回す自分につけられるケジメとしてはこれが精いっぱいな誠実な対応だと思った。


 なんて、色々考えている間にアミから返事が返ってきた。


「勿論です……ユウ様……」


 泣きながら、アミは私に抱き着いてくる。でも悲しいから泣いてる訳じゃないと思う。


「……そろそろその『様』付け辞めてよ。……こ……恋人……になるなら呼び捨てにして」


 恋人という言葉を遣うと、やけにそれが恥ずかしかった。まだ、好きだとか、そういう感情が明確にあるわけじゃないし。


「………………悠……」


 アミ――いや――亜美に「悠」と呼ばれたとき、妙にドキリと心臓が大きく脈打った。なんだかそれが滅茶苦茶恥ずかしかった。いや「様」付で呼ばれてる方がずっと恥ずかしい事なのだが。


「……じゃあ誓いを立てましょう」


 亜美はそういうと、公園のド―ム型の少し大きな遊具の上によじ登った。よじ登ったせいでウェディングドレスが汚れてしまう。そんなことはおかまいなしに亜美は登った。案の定、真っ白なウエディングドレスは土やらなにやらで汚れてしまっている。


「ユウ様…………じゃなくて、悠……こっちにきてください」


 私は亜美に言われるままそこに登った。

 周りの人はというと、何が始まるのかと脚をとめて私たちを見物にしていた。当然だと思う。ウエディングドレスでこんなところに逃げてきた


「じゃあ、誓いの言葉を言ってください」

「え、誓いの言葉? 病めるときもなんとか……ってやつ?」

「そうです」

「それじゃ試しに付き合うとかじゃなくて結婚式じゃ……――――」

「いいんです! 言ってください」


 亜美は何としてでもその言葉を言ってほしいらしい。


 ――解ったよ。なんだっけな……そもそもこれ当事者が言うことじゃないと思うんだけど……


 そう思うけれど、私は先ほどまでの神父の言葉を思い出しながら言う。


「私、松村悠は、雨柳亜美のことを……健やかなる時も病める時も、えーと……いかなる時も雨柳亜美を愛し……共に……生きていくことを誓います……?」


 ――……あれ? 試しに付き合う程度の軽い話じゃなくなってない?


 っていうか恥ずかしい。ここ、公園の真ん中なんですけど。


 しかも人集まってきているし。

 写真とか動画を撮っている人までいる。


「私、雨柳亜美は、松村悠のことを健やかなる時も病める時も、汝を愛し、一生共に生きていくことを誓います」


 そう言い終わったとき、亜美が上目づかいでこっちを見てきた。どことなく嫌な予感がする。


「これでいい……よね?」

「まだです」


 亜美は静かに眼を目を閉じた。

 私は、そうしている亜美が何を求めているのかは解ったけれど、流石に動揺を隠せない。

 いやいや、流石にそれははばかられる。まだ気持ちの整理もろくにできてないのに。


「こ、こんな衆人環視の中でするの?」

「そうです。そうすれば、ここにいる全員が証人になってくれます」


 こうなっては、引き下がってくれそうにない。亜美も、ここに集まってきている人たちも。ここで逃げ出してしまった方が余程格好が悪いし、後味も悪いだろう。


「……解ったよ」


 私は観念した。

 亜美の顔にかかっているヴェ―ルをあげて、亜美の顔を改めて見た。

 女の子にこんなことをするの初めてだからか、妙に緊張した。まして、こんなに目立っていて写真を撮っている人までいる衆人環視の中で。


 ――これ、デジタルタトゥー的な感じになるんじゃないの……?


 そう思いながらも、引くに引けない状況になってしまったので大人しく亜美の肩に手を置いた。

 亜美も少し震えているのが分かる。


 覚悟を決めた後、人が人を呼んで物凄い衆人環視の中だけど、この時、この瞬間、この場所においては2人しかいないような感覚になった。


 そして、私は亜美に口づけをした。


 すると、周りの人たちが勝手に大歓声をあげて、勝手に拍手している音が聞こえた。

 唇を離すと、亜美は柔らかく微笑んでいた。


「悠……大好きです」


 純白のドレスの花嫁。


 私のメンヘラちゃん。

  


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