第43話 メンヘラちゃんは呆然としている




【高飛車な金髪縦ロール 律華りつか 現在】


 ――それしか、思いつかなかったんだもの


 あたしは自分にそう言い訳した。

 あの時のことを思い出すと、今でも嫌な汗が出てくる。咄嗟の事だったし、子供だったからあんな方法しか思いつかなかった。

 それだけあたしは、瑪瑙が好きだった。

 いや……過去形じゃない。あたしは今でも瑪瑙が好き。

 その日から、両親はあたしに対する目が少し変わってしまった。仕方がないと言えば、仕方がなかった。

 亜美の手首の傷に気づいていない訳じゃなかったけど、両親がさらに亜美をかばうことが多くなった。

 あのことがあってから、瑪瑙も頻繁には雨柳家に入ることもなくなった。自分がまいた種だったけど、こんなに悲しいことになるなんてあたしは解らなかった。

 あたしは両親の期待通り、兄や両親と同じ国立医大に入るべく勉強をしていたけど、反抗期も相まって髪を染め、化粧をし、モデルやアイドルを目指すようになった。

 もう両親の目は、別にどうでも良かった。


 ――雨柳家の恥さらしは、亜美なのかしら? それともあたし? 


 瑪瑙に少しでも見てほしい。結局あたしは瑪瑙のことばっかり。綺麗になって、いろんな人に求められている私を見てほしい。そうしたら少しは瑪瑙はあたしのこと振り返ってくれるかなって思っていた。

 そういう思いで、あたしは一生懸命綺麗になる為に努力をした。

 タレント業は縦社会。先輩に嫌われたりもしたし、バカにされたり、嫌がらせを受けたりもした。でもあたしはそんなことで負けていられなかった。実の妹に、絶対勝たないといけないんだから。


 一番勝てそうなのに、絶対に勝てないようなそんな存在。


 元々の端整な顔立ちや、かわいらしい服の着こなしもうまくてモデルやタユウト業で十分な成果を上げるようになったけど……それでも――――

 それでも瑪瑙はあたしを妹のようにしか思っていなかった。

 けれど、瑪瑙のそういう変わりのない態度に安心している面も少なからずあって。

 瑪瑙は変わらず、あたしに接してくれる。それが安心することでもあるし、残酷な仕打ちにもなる。

 瑪瑙から、いっそのこと嫌われた方が楽だと思うのに。

 それでもあたしの中には、亜美に対する嫌悪感が巣食っているままだった。




 ***




【中性的な女 ゆう


「私と、正式に婚約してくれないか?」


 私の耳に、隼人の言葉がこだまする。

 なんというか、少し意外で驚いたけど、なんとなくそう言われるような気もしていたような、そんな感じだ。

 私は隼人との結婚について色々と思いを巡らせる。どうなんだろう。結婚ってそもそもどんな感じなんだろう。したいと思ったこともなかったと思うし。


 ――正式な婚約かぁ……


 その申し出を、快諾することはできない。

 記憶が戻って、何もかもを思い出したとき、私は隼人と結婚して良かったと思えるだろうか。これで良かったと、思えるのだろうか。


「何もかも正直に話す。それを信じるかどうかは……悠が決めてくれ」


 もう偽りのない、まっすぐな隼人の言葉が私に届く。


「うん。ありがとう。嬉しいよ。でも……婚約の返事は少し待ってほしい」


 まだ、気持ちの整理ができていない。何も解らない。どうしたらいいのかもまだ解っていない。色々なことがありすぎて、情報整理がついていっていない状況だ。


「……あぁ……プロポーズなど……初めてした…………これでいいのか分からないが……」


 若干照れながら、少し顔をそらして隼人が言う。

 しかし、ならば尚更私は確かめなければならない。言いづらい気持ちを抑え、私は隼人に申し出た。


「たかやさんと、話をしてきてもいいかな?」

「…………あんな男の事が気になるのか」


 多分、隼人が抱いた感情は嫉妬だと思う。

 隼人の妬いている顔が、なんだか今は可愛く見えた。私は少し苦笑いになる。


「そりゃ、昔の自分の事知っている人なんだから気になるよ。3人で話そう? あと、私の記憶が戻りそうな人と全員と話がしたい」


 私がそう言った後の、隼人のなんとも言えないような顔が私の目に焼き付いた。




 ***




【病院】


「会いに来るのがおせえよ、バカ。浮気すんぞ」


 私の顔を見るなり、たかやさんは屈託なくそう言った。私がどう返事をしたものかと答えあぐねていると、たかやさんは私の横にいる隼人の方を見た。


「なんだよお前も一緒なのかよ……」


 たかやさんは心底残念そうな表情をして盛大にため息を吐き出した。


「ふざけるな、この色摩が。軽犯罪法違反で警察につきだすぞ」

「お前こそ人のもんに手出しやがって、婚約詐欺で訴えるぞチビメガネ」

「なんだと……やれるものならやってみろ!」


 また喧嘩が始まってしまう。犬猿の仲とはまさにこのことだった。どちらかというと2人とも猿というよりは犬っぽいなと私はどうでもいいことを考える。

 まぁ、犬と言ってもたかやさんはシェパードで、隼人はポメラニアンという感じなので、咬み殺されるとしたら隼人の方かも知れない。

 一先ず仲裁に入らないと。


「まぁまぁ、2人とも落ち着いて……話し合いに来たんですから」


 お互いに睨み合って思い切り敵意を剥き出しにしている。

 こんな状態で話し合いなんてできるのだろうか。


 私はたかやさんに事のあらましを大まかに説明した。その間、隼人は針のむしろであったと思うが、それは隼人の撒いた種だ。仕方がない。

 それを聞いたたかやさんは得意げな顔で隼人の方を見ていた。言い争いが始まらないだけまだマシだと言わざるを得ない。

 隼人にプロポーズをされて保留にしているということも正直に話した。そこまで話す必要があったかどうかはわからないが、何にしても隠し事をしていても仕方がない。


「そういえば、お前、携帯のロック外せたのか?」

「あっ……忘れてました」

「携帯のロック?」


 私が自分の携帯を持っているのを隼人は知らないってことを、たかやさんは知らないんだった。

 言っていなかったことが白日の下に晒され何とも気まずい気持ちになる。

 別に、隠していたと言えば……隠してはいたけど……。

 こんな風に明るみに出てしまうとは思わなかったので、私は隼人に事情を話した。


「隼人……実は、この携帯電話を……あの、高宮瑪瑙さん? でしたっけ。あの人から渡されたの。隼人に知られたくないみたいだったから……隠してた。ごめん」


 私も正直に告白する。

 隼人も告白してくれたのだから、私もそうするのが筋だと思った。


「おいおい、婚約者になろうって奴に隠し事されてちゃあ、お前ほんと無理だな」


 たかやさんが小火に燃料をどんどん追加していっている。このまま大火事にならなければいいが……と、私は嫌な予感がした。


「それは……悠の携帯か? 事件の時に紛失したとばかり思っていたが……」


 そういえば、どういうルートで高宮さんが私の携帯を持っていたかは分からない。普通、事件があったとあらば警察のところに渡るはず。何故高宮さんが持っていたのか疑問が残る。


「うん、これ私の携帯だと思う。たかやさんが電話かけてくれた時に繋がったから」


 と、言い終わった時にまた「しまった」と思った。これも隼人が知らないことだった。

 婚約者だなんて言って、隼人に隠し事ばっかりだな……と、少し自己嫌悪に陥る。


「いつの間にそんなことがあったんだ? 悠……隠し事が上手だな?」


 隼人の責める言葉に、反論する言葉が見当たらない。


「……ごめんなさい」

「悠が謝ることじゃねぇだろ。そもそもこいつがとんでもねぇ嘘ついて、お前を閉じ込めてたんだからなぁ?」

「うるさい。お前も散々遊び歩いていたんだろう? だから恨みを買ってセフレの女に刺されるんだ」


 ――え……なに? それ。どういうこと……?


 私の比較的穏やかだった気持ちの水面が、嵐の夜のように荒れだすのを感じた。


「はぁ? お前も同じだろ。悠を騙した挙句、他の女にせがまれて抱いたんだろうが」


 隼人がそうなのは聞いていたけど、たかやさんがそのようなことで刺されていたことは知らなかった。

 その言葉が、私の心に影を落としていく。

 ショックだというべきか、つらいとか悲しいというか、そういった類の感情だ。

 たかやさんがどうとか、隼人がどうとかそうじゃなくて、結局みんな『そう』なんだなという気持ちになると気持ちが落ち込む。


 ――このままここで罵り合いを聞いていたら、私が話し合いどころじゃなくなっちゃうかもしれない……


 そう思った私は椅子に座っていたが、ゆらりと立ち上がった。

 これ以上この場にいたら、聞きたくないことも全部聞く羽目になってしまうだろう。そのショックで色々思い出すかもしれないが、そんなことで記憶を取り戻したとしても草1本生えないほど心が乾ききってしまうと思う。


「悠、コイツをつまみ出せ」

「こんなやつの話を聞く必要なんかない」


 あまりに不毛な罵り合いに、私は徐々に嫌気がさしてきた。

 これでは話し合いどころではない。こんなの私が望んだものではない。


「2人とも、いい加減にして」


 私が少し強く言うと、隼人もたかやさんも黙った。こんな罵倒のし合いなんて聞きたくなかった。これじゃ、なにも解決しない。私は話し合いにきたのに、こんなの到底話し合いとは言えない。

 とはいえ、こうなることも私は予見していたはずだ。

 それは私の愚かさが招いたことだと受け入れるしかないのだろうか。

 いや、違う。

 話し合いをしようと言っているのに、お互いの悪いところを罵り合ってる2人の方が悪いのだ。


「話にならない。いい加減にして。私もちょっと頭冷やしてくる」


 私は吐き捨てて病室の外に出ようとした。後ろから呼び止める声が聞こえる。

 こんなに私が不安がっているのも、馬鹿馬鹿しくなってきた。

 私が記憶がないことをいいことに、周りの人間全員が私のことを騙そうとしているのかもしれないという疑念に覆われる。隼人がそうしたように。


「悠、待て。すまなかった」


 隼人が私の手を掴む。苛立っていた私はそれを容赦なく振り払う。


「今は1人にして。好きなだけ2人で罵りあったら? 私についてこないで」


 そう吐き捨ててピシャリと病室の扉を閉めた。



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