第21話 メンヘラちゃんは叫んでいる




【中性的な女 ゆう


 私がアミを確認した際に、アミが泣いているのが見えた。目が腫れてまるで別人のようになってしまっている。それに、裸足で走ったせいか足もボロボロだ。


 ――――!


 そんなことより、私が1番危惧していたことが起きていたと、視覚情報から確認した。

 アミの服があられもなく、はだけていた。

 はだけているってことは……――――乱暴をされたってことだ。それが性的暴行なのか、ただの暴行なのかは判断できないが。

 ただ、アミの泣いている姿が脳裏に焼き付く。まるで、真っ赤に焼けた焼き鏝で烙印を押されているかのように。

 私は瞬時に血液という血液が脳に集まるような感覚に陥った。

 多分、これが本気の殺意というものだ。「殺してやりたい」ではなく「殺す」というはっきりとした殺意に抱かれる。後ろからまるで優しく、そして激しく抱きしめられているかのようだ。

 自分がその黒い感情に埋もれていくのを感じた。


「――――――――……!」


 アミの声が怒りで聞こえない。あぁ、頭に完全に血が上ってると御供聞こえなくなるんだな。


 ――なんだってんだよ


 アミに何もさせないために、私は1人できたのに。

 私は約束を守ったのに。

 なのにこいつらは約束を破った。

 アミに乱暴をした。


 ――そうだったそうだった。悪い奴は約束を守らないから悪い奴なんだって、そんな単純な事すら忘れてたよ


 不意に涙が出てきた。


 ――あぁ、世の中ってなんでこんなに汚いのかな


 私は約束を守ったのに。私が約束を守っても、秩序を守っても、こんな世界を愛そうと思っても世界は約束も、秩序も守ってくれない。

 世界は私を愛してくれないんだ。

 いつも蹂躙されるのは、秩序を守る側の人間だ。


「おいおい、お嬢ちゃん何泣いて――――――――」


 その右手で男を思い切り殴った。

 骨の折れるような音と叫び声のようなものが聞こえた気がした。

 何人いるのか解らなかったし、そんなのどうでも良かった。

 振り返って私に刃物を当てていた男に、ズボンから警棒を抜き取り、その警棒を振りぬいて伸ばし、下顎に思い切り叩き込んだ。

 間髪入れずに右手で反対側の下顎に一発入れる。脳震盪でしばらく動けないだろう。

 私はアミの周りに群がる輩の方に向き直った。

 輩どもの顔の表情も、識別もできない。

 何も見えない。何か言っているのは分かるが、聞こえない。解らない。

 刃物の反射の輝きだけ私は捉えた。

 迷うことなく私は助走をつけて拳を振う。振う。ふるう。フルウ。

 鋭い痛みが走る。首のところに刃物による外傷。血の伝う感覚。

 それも気にならない。

 私は意識も朦朧もうろうとする中で暴力という暴力をふるった。持って行ったアイスピックも取り出して、滅茶苦茶にしてやった。具体的に言うとグロイだけなので何とは言わないが。

 ところどころ、身体の各所に痛みが走るが私は力の続く限りその狂気を振い続けた。そのたびに熱さと、血の滴る感覚がする。

 私は何も考えられなかった。

 しかし、狂気に呑まれた私を正気に戻す程の、今まで感じたことのないほどの痛みを感じ、私は我に返った。

 右の腹部の辺りに突き刺さっているナイフを確認したと同時に、私は痛みで立っていることが出来なくなって倒れる。


「が……ぁっ……」


 痛みで声が漏れる。叫び声も出ないほどの痛み。

 文字通り、内臓を刃物で抉りこまれる感覚。


 ――あぁ、こんなに痛いんだ


 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 後悔が、たくさんの後悔たちが一体の大きな巨人となり私を覗き込んでいる。


 死んじゃうかもしれないですね。

 あぁ、そうかもしれない。まぁ……こんな死に方も悪くはないか。


 倒れた視線の先にアミがいた。

 泣いている。

 何か叫びながら。


「――――――――――!! ――――――――!!!」


 アミが何か言っている。言っているというか、叫んでいる。


 ――どうせ私の名前を呼んでいるんだろ? 


 逃げて。

 そう言いたいのに言葉が出てこない。


 私はもう、駄目かもしれない。


 1つ後悔があるとしたら、この後のアミを守ってやれないことだ。この後、つまり、私が死んだ後、またアミはこの薄汚い連中に何かされるのか? けど、こいつらも無事じゃない。私が暴力と言う暴力を力の限り振るったからだ。まず治療が必要になるはず。

 別に、私は好戦的な方ではないのだが、元々の気性が荒いというか、極度の面倒くさがりだから口で説得するより暴力で黙らせた方が簡単だって思ってる。

 特に、こういう奴らってそういう方法を最初から使ってくる。

 話し合いっていうのは人間同士でやるものだから、こういう人間失格の奴らにはそもそも暴力がコミュニケーションだと思うし。


 ――まぁ、そんな理屈どうでもいいけど……


 最期に孝也さんに電話で来て良かった。

 走馬灯なんて、全然見ないじゃないか。痛みでそれどころじゃないからかもしれない。あぁ、腹部に水が大量に伝うような感覚がする。それが水じゃなくて血だってことも頭では分かっていたけれど。

 死ぬことは怖くないって思っていた。ただ惰性で生きているだけに思っていた。突然事故かなにかで死んでしまっても、後悔なんてしないって思っていた。

 なのに本当に死ぬかもしれないって感じた瞬間、こんなにもやり残したことがあるって思った。

 好きな人に想いだってきちんと伝えてないのに。

 それに、助けに来た女の子も助けられなかった。

 こんな無様な死に方ニュースで「腹部を刺されて26歳女性重傷。病院に運ばれましたがまもなく死亡いたしました」って、温度のない声で一文、読み上げられてそれで終わってしまうような私の命なんてそんなものだ。

 生まれた意味なんて存在しない。必死に皆生きる意味とか探してるけど、そんなのどこにも有りはしないんだ。

 だって私たちは親の一方的な都合で生み出されて、そこにいるだけなんだから。


 ――本当、生まれてきたことを悔いるよ……


 生まれてきたから、感じ取れる感覚があるから苦しむんだ。今だってそこら中痛いし、色々後悔もある。だったら、最初から何もなければ良かったんだ。

 私という存在がこの状況を招いてしまったんだから。


 そう思う中、私は意識を手放した。



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