第10話 メンヘラちゃんとツーショット写真




【中性的な女 ゆう 数日後】


 けたたましいアラーム音が今日も響き渡る。

 アラームでアミも起きた様子でのろのろと私のベッドにもたれてくる。寝起きのアミは少しぼーっとしているようだ。


「仕事行くから、好きにしていていいよ」


 髪の毛をくしゃくしゃと掻きながら、私は怠くそう言った。


「はい、ありがとうございます。……ねぇねぇユウ様」


 寝ぼけたままだが、妙にウキウキした顔でアミは私に話しかけてくる。


「ユウ様の昔のお写真ってないんですか?」

「え? 昔の写真?」

「はい、小さい頃のユウ様とか、学生時代のユウ様とか」


 そんなもんが見たいのかこの子は。


 ――たしかあの辺にしまってあったと思うけど……


「あぁ……その辺にあったんじゃないかな」


 私は思い当るところから、アルバムを引っ張り出してきた。

 家族が律儀に私の写真を撮っておくものだから、私の子供の時の写真が残っていた。開くと、懐かしい子供のころの写真が出てくる。といっても私はあまり覚えていないが。


「わぁ! ユウ様可愛い!」


 何枚かアミがアルバムをペラペラとめくる。


「これは高校生くらいですか? 髪の毛長かったんですね。素敵です♡」

「うん、最近伸ばしてないけどね……」


 そういえば、昔は髪の毛伸ばしてたんだっけ。

 思い出にふけっている場合じゃない、会社に行く準備をしないと遅刻してしまう。

 私が寝癖を直して、適当に食事を済ませている間、アミは私のアルバムをずっと見ていた。


 ――そんなに面白いものか?


 アミの小さい頃はきっと可愛かったんだろうな。今も可愛いし。天使みたいな子供だったのかもしれない。


 ――訳の分からないところがなければ、普通の可愛い子なのに。黙っていれば……ね


 私は歯磨きをしているときに思い出した。


 ――しまった! あそこには……!


 気づいた時には遅かった。

 アミは別のアルバムを手に取って開いた。


「あっ……アミ、それはちょっと……!」

「……あ……これ……ユウ様の…………昔の恋人ですか……?」


 ――くそっ……見られたくないもんを見られてしまった……


 元彼との写真、捨てないでとってあった。何度も捨てようと思ったけれど結局捨てられず。


「…………うん、そうだよ」


 別に、見られてからと言ってどうというわけではないけど、そういうものはあまり人に見られたくなかった。


「…………ユウ様、すごく楽しそう」


 アミの声のトーンが落ちていく。

 別に、アミと付き合っているわけじゃないし、アミのこと好きだとかそういう気持ちはないけど、なんだか露骨にテンション(誤用)が下がっていくアミを見ている後ろめたい感覚に陥っていく。

 そんなに暗い顔しなくてもいいのに、と私は気まずい気持ちになる。


「亜美もユウ様と写真撮りたいです!」


 ――えっ?


 アミは突然自分の携帯を取り出して、私のそばに来てカメラを自撮りモードで起動している。


「ちょっとまってよ、私歯磨き中なんだけど!」


 言い終わる前にアミは、勝手にツーショットの写真を撮っていた。

 肖像権の侵害である。


「えへへ、これからいっぱい思いで作りましょうね」


 ………………頭が痛くなってきた。


 アミは早速携帯の待ち受けをその画像にしている。


「恥ずかしいから、もうちょっとマシな写真にしてくれないかな……」

「え、ユウ様かっこいいですよ」


 駄目だ、話が通じない。

 私は見られたくないアルバムを自分でペラペラとめくってみた。


 ――懐かしいな


 今でも……少し気がかりな人。

 同じバンドが好きだった。冷たい人だった。今でも好きだなんて、認めたくはないけれど。

 一枚だけの写真。一緒に好きなバンドのライブに行った後に撮った写真。


「…………」


 パタンとアルバムを閉めて、私は開きかけた自分の心にまた鍵をかけたのだった。




 ***




 よし、今日は滞りなく仕事にも行けたし、何のトラブルもなかった。

 アミから「構ってメッセージ」が来るけれど、それはそれとしてもう慣れていた。

 もはや迷惑メールと同じ類のものだと思って諦める。短文でも返事をすると、アミから嬉々として返事が連投でやって来る。「うん」「そうだね」「そう思う」などと適当に返しているだけなのだが、それでもアミは嬉しいようで鬼メッセージを送ってくるのだった。

 なんだか、元カレを追いかけていた頃の自分を見ているようで、心が痛む。


 ――はぁ……なんか写真とか見ちゃって思い出しちゃったな。忘れていたのに……


 いや、忘れていたわけじゃない、思い出さなくてすんでいただけ。

 不意に、思い出すと胸のあたりが痛くなってくる。


「…………バカだな」


 私が路地裏のあるところに差し掛かったとき、怒声が聞こえてきた。


 ――あぁ、今日は無視するぞ、何があっても無視するぞ。何もない生活を取り戻すんだ!


 と、心に誓ったが、私はちらりとそちらを見てしまった。

 スーツ姿のひょろいメガネ男が、ガラの悪そうなの2人に絡まれているのが目に入る。


「どこ見て歩いてやがるんだ! 俺の服にべっとりついたこれ、どうしてくれんだよ!?」


 ひょろメガネは、カチャリと自分の眼鏡の位置を調節する。今、眼鏡の位置なんてどうでもいいだろう。


「お前らがわざとぶつかってきたんだろ、逆に言うなら私のソフトクリームをどうしてくれるんだ?」

「ふざっけんな!」


 柄の悪い男がひょろメガネ男の肩を押す。

 当然、ひょろメガネ男はよろけて壁に背中を打ち付けて痛がっていた。


 ――ソフトクリームよりも自分の心配した方がいいと思うんだけどな…………


 このままではひょろメガネはボコボコにされてしまうかもしれない。この辺りは治安も良くないし、まぁ、警察くらいよんでやるか。

 と、私は携帯を取り出したところで、ガラの悪い男の片方に見つかってしまった。


「おいてめぇ、何しようとしてやがる!?」


 男は私の携帯を奪い取ろうとしたが、私はその手をはねのける。


 バチン!


 と鈍い音がする。払いのけた自分の手も痛んだ。


「気安く触るなよ」


 低い声でそう言い放つと、男は私の顔をまじまじと見つめてきた。顔が気持ち悪いなと思い、私は尚更表情が険しくなる。別に、これが不良イケメンだったとしても、気持ちが悪いと思う。

 まぁ、ソフトクリームを服にべったりつけられて怒らない方がおかしいと思うけど。

 っていうか、あれ? なんか、こんなこと前にもあったような……。


「なんだてめぇ女か?」


 男が再度私をつかもうとするが、それも当然はねのけた。懲りない男だ。多少ガタイのいい男でも、力をいなしてしまえば掴まれることはない。


「気安く触るなっつってんだろうが……」


 私は男2人を睨みつけると、片方が私の顔を近くまで寄ってきて見つめてきた。


「よく見たらお前……結構いい女じゃねぇか……いいねぇ、そういう強気な女ってのは」


 舌なめずりする男が、気持ち悪すぎて、不愉快すぎて吐きそうだった。

 あぁ、もし仮にこれがイケメンだったら、こんな風に始まる恋愛もあるのだろうか。現実はそんな甘いものじゃない。目の前にいる男は不細工だし、変な髪の毛の刈り上げもしてるし、肉もたるんでるし、お前は恋愛ストーリー上失格だ。


「気持ちが悪い。やめろ」


 この状況をどうしていいのか解らない。

 ひたすらに不愉快だ。

 最近は不愉快な奴らしかいないのかとすら思う。

 この世は不愉快なものしか存在しないのか。この世に心をそそがれるようなことはないのか。

 私の人生って、何のためにあるんだろうか。


「俺が服従させてやるよ」


 そんな中二病みたいなことを言いながら、男が手を再度伸ばした。私は攻撃に身構えた。

 その瞬間――――


「君たち、なにしているんだ!?」


 警察が来た。



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