第7話 メンヘラちゃんが追いかけてくる




【中性的な女 ゆう


 アミの家は豪華な調度品がそこかしこに飾られていた。

 調度品であるはずなのに、とてもそれを使おうなどと思えるような品物ではなく、ただ綺麗に磨かれており、光を反射して鋭く光っている。

 家……家というか、豪邸というべきか。その中は広く、天井が高い。私のアパートの天井とは全く高さが違う。暖房冷房効率が悪そうだと現実的なことは思ったが、室内の温度は適温であった。

 アミがこの前明らかに高級なレストランを貸し切っていたのも、頷ける。


 ――お嬢様だったんだな……世間知らずな典型的なお嬢様ってわけだ


 私が通された客間で待っていると、先ほどの般若メイドが私に紅茶を出してきた。

 その時はもう般若のような顔をしてはいなかったが、険しいような、厳しいような顔をしている。


「お嬢様をお連れいただきまして誠にありがとうございます。ここ何日も、亜美様は家にお帰りにならず、わたくしはとても心配しておりました」


 般若メイドは手をお腹の辺りでクロスさせ、深く頭を下げた。

 何日も帰っていなかったのか。私の家に泊まったりしていたし、そうだよな。と心の中で頷く。


「そうだったんですか……すみません。事情も知らず」


 事情もなにも知るつもりはなかった。


 ――というよりも、関わるつもりがなかった……


 私も少し、優柔不断なところ直さないとならない。押しに弱いというところというか。いやしかし、この状況で女の子を放り出す程酷い人間にはなりきれない。


「いえ…………ただ、亜美お嬢様は少し心配なところが多く…………いえ、こんなことを言ってはいけませんね。わたくしはただ心配なのです。いちメイドが口を出すことではないとは思いますが……」


 並々ならぬ事情があるのは何となく察したが、それに私は立ち入りたくないので聞かないことにした。というよりも、少しどころか心配な要素は既にいくつも露見しているので、これ以上聞きたくはなかった。


「いえ……お気になさらず。私はそろそろ失礼いたしますよ」


 せっかく出していただいたので、一気に飲むのも品性はないと理解はしていたが、紅茶をほぼ一気に飲み干して、私は座り心地の良すぎるソファーから腰を上げた。


「もう行かれるのですか? 亜美お嬢様には手厚くと言付かっておりますが……」

「すみません、私も多忙でして。これにて失礼いたします。アミちゃんには、危ないところには行かないようにキツク言っておいてください」


 般若メイドの栗原さんは少し困ったような顔をしていたが、私の後をついてきてくれて、玄関のドアを開けてくれて、般若メイドの栗原さんは私を外門まで送ってくれた。


「この度は亜美お嬢様をお連れいただきまして、誠にありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。手ぶらでお帰り頂くのは心苦しいのですが、今度いらっしゃった時には手厚く歓迎させていただきます」


 ――もう二度と来たくないんだけどな……


 とは、言えなかった。


「あぁ……お気になさらず…………御嬢さんも無事で良かったですね」


 栗原さんと一緒に外に出ると、やわらかい日差しが私の身体を包み込んだ。

 私はふと振り返って豪奢な家を振り返ってみると、屋敷のカーテンが動くのを遠目で確認した。アミが慌てた様子でカーテンを閉めたようだ。


 ――あ、まずい、早くいかなきゃ


 アミに追い付かれたらまた小一時間時間をとられてしまう。


「じゃあ、ご縁がありましたらまた! 失礼します!」


 半ば強引に、私はアミの家を離れた。いつもよりずっと早足で、むしろ少し小走りくらいで。般若メイドの栗原さんがきっとアミを食い止めてくれるだろう。

 帰って今度こそゲームにいそしまなくては! と、携帯をとりあえず変な設定されていない確認するために歩きながら見た。


「変な設定変更とかはされてないし、アカウント消されていたりとかもない…………かな」


 こんなことが二度とあっては困る。携帯にロックをかけておこう。パスワードは…………何にしようかな。そうだ、にしよう。

 私はパスワードを設定した。パタ―ン認証だと不安だったので、数字のパスワードをかけた。開ける時面倒くさいが、こんなことが起きるよりはましだ。

 そもそも携帯を落とすなよという話だが。


 ――よし、ドラゴンに餌をあげよう


 と、アプリを開いたときにアミからの着信が速攻で入る。

 出るべきか、無視するべきか? 出たら長くなりそうだし、かといって出なかったら延々とかかってきそうだし……。

 暫く考えた末に、私は電話に出た。


「……はい」

「ユウ様! ゆっくりしていってください! お菓子もお茶もご用意いたしますから!」


 懸命に私を引き留めようとするアミの声が聞こえてくる。


「気持ちはありがたいんだけど、その……家までって約束だったからね。今日は大人しく家にいたほうがいいよ。家の人も心配してるみたいだったし。あんなこと……あったんだしさ」


 なんとか優しく諭すように私は言葉を選ぶ。一方的に通話を切ってしまってもいいが、どうせ本人が納得しなければ延々と電話がかかってくるだろうし、電話を着信拒否しても家の場所がバレているから家まで来たり、家にいないと見るや否や会社まできてしまいそうだったので、私はアミに対して説得を試みた。


「………………」


 私の説得に、アミは何も答えない。どうしたのだろう、やけに長い沈黙が流れている。


「……アミ、解った?」


 確認をする為に私はアミにそう問いかける。


「ユウ様は…………」


 やっと開いたアミの口から


「アミのこと、鬱陶しいですか……?」


 そう、泣きそうな声がこだまする。


 嫌なことを先延ばしにするのは、けしていいことではないとは思う。

 先延ばしにしても、最終的にやらなければならない。そこで仮に逃げ切れたとしても、その逃げ切ったという痕は残ってしまう。

 それに、やらなかったツケというものを必ず払わなければならなくなる。

 育ちや学にかかわらず、そんなの少し考えれば解ることだ。

 しかし、世の中それが解っていない連中がたくさんいる。私からすれば、意味が解らない。わけが解らない。社会に出れば、小学生や中学生の夏休みの宿題レベルじゃ済まないということを全く解っていない。

 そう思うのだが、この場面。私はアミにすっぱりと「鬱陶しい」と言い放つことができないという状況に直面している。


 ――あぁ、神に「善意と悪意のどちらかを捨てろ」と言われたら間違いなく善意を捨てるのに


 善意なんて、生きていくうえで邪魔になるだけだ。

 好き勝手に利用されて、貪りつくされて、最後に何も残らない。悪意だけあれば、どんなにか生きやすいだろうかと、何度妄想したことか。しかし現実は、考える時間を与えてはくれない。


「………………」


 おまえなんて鬱陶しい、私に付きまとうな。その言葉が、喉につかえて出てこない。アミも沈黙したまま、何も言わない。あぁ、このまま電話を切ってしまいたい。

 手が震える。心臓が、ドキンドキンといつもより大きく脈を打つ。

 なんて言ったらいいだろう。うまい言葉が見当たらない。傷つけないような言葉を選ぶのは、難しい。


「……………………アミ、あのさ。私は、あんまりベタベタされるの好きじゃないんだよね。友達でいることはできるけど、かせになるような関係は友達とは呼べないと思う」


 我ながら、良い感じの言い回しになったと思う。強い言い方でもないし、


「……アミは、ユウ様と……(ザザッ)……友達じゃ……(――ザザッ――)……で……(ザザザ)」

「アミ? ごめん、よく聞こえなくて……電波悪いみたい。もしもし?」

「………………」


 一回切ろう。携帯を耳から放した。


「アミは、ユウ様と友達じゃ嫌です!!」


 え? 電話切ったのになんでアミの声が聞えるんだろう。私はもう一度電話を耳にあてた。やはり聞こえない。


「ユウ様」


 あぁ、解った。後ろにいるんだ。

 振り向こうとした矢先、後ろから衝撃がくる。アミから抱き着かれたと私は認識した。


「…………アミ、私の話聞いていた?」

「ユウ様…………アミを置いていかないで…………」


 半ば、泣いているような声で私に縋ってくる。置いていくもなにも、私は君の家から帰るだけなんだけど。とてもそう言えない空気。


「アミ、家の人を心配させたらいけないよ」


 私がそう諭すと、アミはグズグズ言いながらも少しの理解を示した。


「……また来てくれますか? 会ってくれますか? アミとお話ししてくれますか? 連絡してくれますか?」


 どうして私にそこまで執着する? ただ、ちょっと駅で絡まれているところに、偶然でくわしただけなのに。

 ただ、この子は誰かに依存体質なだけだろう。私はそう思いながらも、調子を狂わされる。ここで「嫌だ」とはっきり言いたいが、そんなことを言ったらこの道の真ん中でギャンギャンと泣き始めてしまうだろう。そうなれば必然的には私が悪者に見られてしまう。下手をしたら警察まで呼ばれてより一層面倒な事になってしまうかもしれない。


「うん……でも、返事はできるときにしかしないからね? 何十件も送ってこられると、正直怖いから。電話もたまにならできるけど……」


 保守的な言葉を並べている自分に気づいた。


 ――あれ? なんか私、アミのペースにのまれてないか?


「……はい。解りました…………今日は帰ります」


 そういって、アミは私から腕をほどいた。振り返ってアミを見たら、不満げな顔と、少し目のところを赤くしていて頬は涙の跡があった。


 ――そんな顔をするな。私が悪いみたいじゃないか


「い……良い子だな」


 私はどう扱っていいか解らないアミの頭を撫でた。するとアミは一瞬驚いたあと、嬉しそうな笑顔を浮かべて


「はい」


 と返事をした。

 普通にしていれば可愛いし、いい子そうなのに……積極的すぎるのが玉に傷だ。

 名残惜しそうに振り返りながらも、帰っていくアミを私は見届けた。


「はぁ…………えらいことになってきた」


 私は帰路につくことにした。

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