第53話 魔窟とタクミの過去

「この山脈の向こうが……以前わたしたち魔族が住んでいた領域。

 ”魔窟”と呼ばれる巨大な洞穴もそこにあります」


 翌日、早朝から皇都を車で出発した俺たちは、半日ほどかけてダンジョンポータルに繋がるゲートダンジョンがある場所の近くまで戻ってきていた。


 ブロロロ


 クルマはゲートダンジョンのある岩山の反対側へ回り込む。


「うおっ」


「ひ、広いね!」


 目の前には荒涼とした大地がどこまでも広がっていた。

 山肌には木の一本も生えておらず、時折砂塵が舞い上がる。


「以前はこの辺りも豊かな土地だったのですが、世界征服を企んだ先代が魔窟を解放したせいで、不毛な土地は徐々に広がり……」


 いったんクルマを降りた俺たち。

 リアン様の金色の瞳が、はるか遠くを見据える。


「魔族領の最奥部はなんとか無事だったのですが、魔族全てを収めるには狭すぎまして」


「そうなんですね」


 種族を救うため、人間族との講和を選択し自身は養子としてヴァナランド皇家に入った。以前リアン様から聞いた事を思い出す。


「ですが、日本の皆様がダンジョンポータルを作って頂いたおかげで拡大は止まり、土地の再緑地化さえ考えられるようになりました」


 にっこり笑ったリアン様が指さした先には、数棟のプレハブが立っており人々が忙しそうに働いている。

 なんでも、日本企業と共同で魔窟の影響で荒れ果てた土地の再生を研究しているらしい。


「……このように日本から提供される技術が役に立っている、そうアピールすることでさらなる投資を呼び込めましょう」


 少ししゃがれた甲高い声。

 リアン様の背後から漆黒の羽根を持った魔族が歩み出る。


「デルビー卿」


 少し神経質そうな印象を与える壮年の男性で、魔族領の奥地に残る魔族の移住を担当しているらしい。

 ”魔窟”の視察を前倒しするようにアピールしたのも彼だ。


「”向こう”の優れた技術と有用な鉱物資源は、いくらでも欲しいですからな。

 リアン様、格安で観光を受け入れる代わりに関税をもう少し下げられませんかな?

 我らが魔族の未来の為に」


 自分たちの種族の事を第一に考えているのだろうが、少々ぎらついた欲望が透けて見える。


「デルビー卿、わたしたちは助けて頂いた立場なのです。

 あまり過度な要求は感心しませんね。

 それに、魔族と人間族は平等に発展すべきだと……」


「はっ、出過ぎたことを申しました」


 頭を下げるデルビー卿だが、リアン様の話を真面目に聞く気が無いのは明らかだ。


「……まったく」


 現に、ミーニャさんは苦々しげな表情を浮かべている。


(た、タクミおにいちゃん……せーじの世界は難しいね)


(まぁな)


 俺たちは一介の観光大使なので、ヴァナランドの政治に口を出すことはできない。


「おっと、失礼しましたな、日本の方々。

 それでは魔窟の近くへ向かいましょう」


 俺たちは改めて車に乗ると、デルビー卿に先導され魔族領の奥へと向かうのだった。



 ***  ***


「うわっ、やばたん!」


 クルマが進むにつれ、異様な空気が車内を包む。


「タクミ……!」


 ゆゆとアリスもその気配を感じたのだろう。

 すべすべとした手に鳥肌が立っている。


(しかし、これは……!)


 全身が粟立つような感覚。

 感じるマナはより濃くなり、頭の中がくらくらしてくる。


「デルビー卿! どこまで近づかれるおつもりです!?

 これ以上は危険でしょう!」


 俺たちの様子を見て、叫ぶミーニャさん。


『くく、せっかくの機会……日本の皆さんにしっかりと現場を見てもらう事は大事であろう?』


「……仕方ありません」


 ヴィンッ


 リアン様が軽く右手を振る。


「……おっ?」


 途端に全身が楽になった。


「ふひゃあ」


「少々魔王の力を使わせていただきました。

 みなさま、いかがですか?」


「ええ、気持ち悪いの無くなったわ、リアン様!」


「ふふ」


 どうやらリアン様が障壁のようなものを張ってくれたようだ。


 クルマは道なき道を進み、空はだんだん暗くなる。

 1時間ほど走り、俺たちは魔窟の近くへ到着したのだった。



 ***  ***


 ゴゴゴゴゴゴ……


 微細な振動が大気と地面を揺らす。


 ざああっ


「う……!」


 ねっとりとした風が全身を撫でていき、思わず声を漏らしてしまう。

 小高い岩山の向こう、ほのかに紫色の光を放つ巨大な洞穴が、大地にぽっかりと穴をあけていた。


 ずずずず


 火山が噴火するように、具現化した魔力の塊が洞穴から流れ出る。


 魔力の塊は大気中に満ちるマナと反応し、異形のモンスターに姿を変えていく。


 ぞろぞろぞろ


 瞬く間に発生した数百体、数千体のモンスターは、何かに導かれるように大半がダンジョンポータルの方角へ向かう。


「うへー、モンスターってこうやって発生してるのか~」


「Dungeon Portalがないと、モンスターさんたちはヴァナランド中にあふれちゃう、ということね」


 恐る恐る魔窟のある方向を覗き込む二人。


「…………」


「タクミっち?」


 だが俺は、魔窟の姿により強いデジャブを感じていた。

 そう、もう20年近く前かもしれない。


 ヴァナランドと本格的につながる前、予兆としていくつかのダンジョンが出現した。

 その時点ではダンジョン内にモンスターはおらず、各地で探索チームが結成されたらしい。

 ダンジョン研究の第一人者だった俺の両親は探索チームとしてダンジョンに潜り……。


「う~ん」


 もしかして、俺は幼少期に両親と一緒にヴァナランドに来たことがあったのかもしれない。


 おぼろげな記憶を探っていると、白いドレスを身に纏ったリアン様が俺の隣に立つ。


「……懐かしいですね。

 わたしが魔王の名跡を継ぎ、初めて行った仕事が魔窟の討伐でした。

 ああ、そこで日本の方々とファーストコンタクトしたのでしたね」


 んんんん?


 リアン様の言葉が俺の記憶を刺激する。

 紫の光を噴き上げる大地。

 慌てて走る両親。

 漆黒の衣装を身にまとい、空を駆ける……少女?


 あれ、もしかして?


 リアン様に声を掛けようとした時、それは起こった。


 ビキッ!


「え?」


 突然、背後の地面に亀裂が入ったかと思うと、立っていられないくらいの揺れが俺たちを襲う。


「うわっ!?」


 ドドドドドドドッ!!


 逃げる間もなく、亀裂から膨大な魔力の奔流が立ち上り……。


「タクミおにいちゃん!?」


 俺とリアン様はなすすべもなく、その流れに巻き込まれるのだった。

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