第13話

「っかぁ~! んまいっ!」


 ヘレニーアはジョッキの中身を盛大に飲み干して、お代わりを注文した。その様子を向かいに座った艶やかな女性が窘める。


「ヘラ、昼間っから飲み過ぎよ」


 舞い手のようにヒラヒラとして高価な薄布を纏った女性は、よく見ればヘレニーアとそう変わらない年にも見える。

 化粧や装いで飾っているのは、彼女なりの鎧だ。下手に手出しは出来ぬと思わせる、高嶺の花であるのは職業柄必要でもあった。


 切れ長の瞳はどこか異国を思わせる色香があり、抜けるように白い肌は丹念な手入れが行き届いている。華奢でありながらも猫のようなしなやかさが魅力的な彼女は、なんだかんだあって幼い頃から続いているヘラの悪友だ。


 木樽を小さくしたような特大ジョッキが運ばれて来て、多少デコボコした手触りの木製テーブルに置かれた、ヘレニーアの空ジョッキと交換される。なみなみと注がれたエールを口に運んで、ヘラは豪快に喉を鳴らした。


「っはぁあああ。美味しいぃ。昼間っから美味しいご飯とエール! 最高ね!」


 小さな酒場兼食事処で、ヘレニーアと友人のリルレィルは久しぶりの再会にエールとグラスを交わしていた。

 ご機嫌でエールをごっきゅごっきゅ飲むヘレニーアは、ふふんと嬉しそうに笑って食べ物に手を伸ばす。


「リルルはしょっちゅう呑めるんだろうけどさっ、あたしはお堅い職場なの。日常で呑んだり出来ないの、一応」


 コケココの揚げ物とエールを交互に味わいながら、目の前で呆れ顔している悪友に言葉を返す。

 この、ジューシーな鳥肉の揚げ物をはふはふ食べてエールで油を流し込む。最高!

 そして揚げ物の合間に、東方から伝わってきたツケモノという野菜を食べる。ピクルスと似ているんだけれど、ツケモノの方が味わいが深い。何とも言えない複雑で繊細な味がするのだ。勿論、ピクルスだって美味しい。どっちも美味しい。ああ、美味しいもの万歳!


「ふーん、あ、そ。それで? 私が居ない間に、例のお貴族様からはもう振られたの?」


「ぐっ、けほっ……あんったねぇ。不吉な事言わないでくれる!? 振られてないっつーの!」


 あたしは思わず喉に詰まらせかけて、エールを流し込んだ。そんなあたしを、リルルは愉し気に頬杖ついて眺めている。


「ふふっ、ヘラってばちゃんとしていればモテるでしょうに。ずっと男を避けてきたでしょう? まぁ、悪いのに引っかかるよりはマシだけれども。うちの旅座に来てくれたら、私と二人して売れっ娘張れただろうにね」


 そう言って、お上品に果実酒を傾ける。そんなリルルを店内の数人がチラチラと見ているのは分かっていたし本人も気付いている。

 いつ、どんな時でも、人目に映えるよう振る舞う癖付いているのは、旅芸人一座の売れっ娘だからだ。


「あたしは今のあたしを気に入ってるし、今の仕事が好きなの! 魔道具作って幸せなの!」


 流し込んだエールのお代わりを頼みつつ、あたしは焼きシャモモを頭からガブっと齧る。手の平サイズの小魚だが、メスは腹に卵を持ってて超美味しい。これまた東方の小国産のしょっぱい豆ソースを少しだけかけて食べる。最高。


「あら、そう。ま、その魔道具の試作品には何かと助かってるから、一応感謝はしているわよ。はい、今回のお土産」


 そう言って、リルルは小さな包みをテーブルに置いた。あたしはお手拭きで軽く拭ってから、手を伸ばす。


「リルルちゃんってば、ほんっと義理堅いっていうか、チャラついた見た目に反して良い子なんだから」


「ヘラ、それ褒めてないわ。やっぱり街の魔道具屋へ持って行こうかしら? 良い値をつけてくれるだろうし……」


「あぁっ! リルル様ってば本当マジ最高ですっ! 女神の舞は老若男女問わず虜にしちゃう、さいこーっス!」


「ふん、調子良いんだから。まったく、頭は良いのに、どうしてそうおバカさんなのかしらね? ヘラ」


「やーねー、あたしはいつだっておりこうさんじゃない」


 包みの中身を確認してご機嫌なヘラに、リルルは「馬鹿な子ほど可愛いから仕方ないわね」といった諦めを含んだ表情でため息をついた。


「それで? 魔道具作りも良いけれど、ヘラはそろそろ婚期なんじゃないの? あ、私はそういうのと縁が無いからね。一座を守っていくもの」


 艶っぽい笑みを浮かべるリルルに、貴重な魔道具の材料を手にしてご機嫌なヘラはニコニコと口を開く。


「いやー、あんたに教わった通り、練習して実践してる所よ。最初は羞恥心で悶え死にそうだったし、というかそれは今でもそうだけど。でも、頑張って継続中よ」


「え……それって、まさか、私が旅に出る前ヘラと呑んだ時に、その……教えた、あの、アレ?」


 珍しくリルルが口を引き攣らせている。けれど、いそいそと材料の包みを懐にしまっているヘラは気付かない。


「そうそう『男の本能に訴えかけるべく、己の武器を使い魅せろ!』は、この無駄肉を有効活用すべく強調した服を用意したわ。『自尊心をくすぐる為の声音を使いこなせ!』は、あんたオススメの芝居小屋で観て研究してきた」


 ドヤァ! と言わんばかりに胸を張るヘラに対して、リルルは気まずげに果実酒のグラスで口元を隠した。


「あ、そ、そう、そうなの……それで、上手くいったの?」


 酔った勢いで、悪友の遅すぎる初恋をからかってみただけ。などとは今更口に出せない。


 いえ、まさかアレを鵜呑みにするだなんて、普通に考えてありえないでしょう? この子どれだけ純粋なの? 馬鹿なの? いえ、お勉強は良く出来る子なのに。やっぱりおばかさんね。


 悪い男に引っかからないよう、真面目で厳しいご両親に育てられたから男慣れしてないのは分かるわ。奨学金を取って、自力で学院へ通う根性もある。ま、根は楽しい事や面白い事が大好きな分かり易い子だけれどもね。


 そんな事を思いながら、リルルはさりげなく探ってみた。


「うーん、上手くというかまだやっと名前を覚えてもらったところだけどさ、いつも笑顔で紳士に話して下さるわ!」


「え、そうなの? ……そう、そうなの。ふぅん。笑顔で、ね。お貴族様にも、少しはイイ男がいるみたいね」


 珍しく挙動不審に視線を逸らしていたリルルは、一瞬驚いたように瞬きをして、嬉しそうに笑んだ。

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