第11話

 あたしはヘレニーア。平民だから家名は無い。

 派手なもの大好き! 面白い事大好き! いつだってわくわくしていたいと、日々刺激を求めて過ごしている。


 そんなあたしは、人よりも好奇心旺盛な性格が才能を開花させたらしく、魔道具作りで能力を発揮出来た。

 こんなのがあったらいいな、もしあんなこと出来たら素敵だろうな、そんな妄想を形とする。

 あたし自身にはほんの僅かな魔力しかないけれど、魔道具は魔力が殆ど無くても、魔法のように素敵な事が出来るのだ。


 生まれや身分なんか関係ない、誰でも使えるんだ。誰でも楽しめるんだ。

 そこに魅せられた。


 好きな事の為なら勉強も頑張れたし、頑張ったおかげでまさかの王宮魔道具管理課へ就職出来た。

 王宮の魔道具管理課とは、王宮で使われる魔道具の修理・在庫管理等が主な仕事。でも、一応開発をやってもいい。

 とはいえ、主な開発担当は魔導師団の開発部門だけれど。

 どちらかというと魔導師団の方は戦闘や隠密だとか不穏な争い事に役立つようなものがメインで、あたし達魔道具管理課では日常生活に役立つような事をチマチマ開発している。


 普通に、街の魔道具屋さんの工房で考案する物が一般的だけどね、あたし達のはあくまでも空いた時間でやってもいいよくらいだから。

 平民が任されるこの魔道具管理課は、ぶっちゃけ道具管理の雑用課だもんね。


 ま、王宮で働いてるっていうだけでも自慢になるし、実際お給料だって良いし、嫁ぎ先候補だって優良物件が多い!(ココ大事、平民の女が一生未婚で暮らすっていうのは正直かなり厳しいものがある)


 そうして、魔道具管理課へ配属されてからのあたしはひたすらに好きな魔道具開発をしながらイイ男を探していた。


 はっきり言って、あたしのスタイルは良い! ボンキュボンどころではない!ボンボボンッキュッぷりん! だ!!

 20年もこのカラダやってんだから(勿論、発育よくなってきたのは思春期入ってからだけど)、男にウケが良いという事はよぉーっく分かってた。だから、イイ男を見つけるまでは出来るだけ隠していたんだ。

 ちょっとダボっとした服を着て、挑発的に見えがちな赤い髪は黒く染めて、タチの悪いのに絡まれないようにしてた。


 けど、たまたま、その日は失敗しちゃったんだ。


 あの日、アーク様と初めて会った日、あたしの初恋の日。






ブッシャアアアアアアアア!!


 革袋から水というには少しぬるいお湯が噴き出して、あっという間に周囲へ飛沫が降り注いだ。


「ひっ、ひぇっ! やばい、とっ止まれ止まってぇええ!!」


 あたしは焦って革袋の口を閉じようとして窄め、逆に吹き出し口を狭められたぬるま湯は更に勢いを増して噴水の如く降り注いだ。


 魔道具管理課へ配属されて2年目、まだまだ失敗が多いとはいえ、資材も置いてある部屋を水浸しにしたとあっては減給ものである。


 い、いやああああああっ! お金大好きー! お給料大好きー!!


 手のひらサイズの革袋から噴き出すお湯にかまわず手を突っ込み、革袋の中の魔法式を一部消して、なんとか効果を止める。


ぽたり、ぽた。


 頭からパンツまでぐっしょり濡れて、あたしは溜息をついた。


 新しい魔道具、お湯の湧き出る革袋を作ろうとしたのだ。

 貴族のお屋敷や王宮にはお風呂があるけれど、あたし達平民の家には当たり前にお風呂は無い。

 だけど、王宮勤めをしていると毎日清潔にしている事はとても大事だ。

 というか、こうして働く女性はまだ少ないけれど、働きに出ると毎日お風呂に入りたいのにそれを用意する為の労力も時間も足りない。


 勿論、魔力のある人なら簡単にお湯を出したりも出来るだろう。でも、あたしや多くの平民にとっては、魔力なんてごくごく僅かしかないのが普通だ。

 だから、お風呂に入りたければ、水を汲んで沸かすしかない。大体はお湯で濡らしたタオルで身体を拭いて、頭だけ流して終わり。


 そこで、簡単にお湯を出したいところへ出せるようになったらいいなぁ、と作ろうとした。

 もし出来るなら、自宅に小さな桶でも浴槽を作って、そこへ魔法式を設置して簡単に起動出来るようにしたい。

 けれど、まずは簡易に持ち運びも出来るよう革袋で試作してみた。


 それが不味かった。

 ちっちゃなクズ魔石を組み込んで、あたしの極僅かな魔力で起動しても、せいぜい革袋がいっぱいになるくらいかと思ったのに……魔法式をどこか間違えたのか、思いがけず大量の水というかぬるま湯が溢れてしまった。

 中に組み込んだ魔石も、何度か使えるもののはずなのに一回の使用で輝きを失っている。


 あちゃー……失敗したぁ。けど、逆にこれってすごくない? 何度か使えるはずの魔石の力を、一気に全て放出させたのよ? え? もしかして、大発明??


 災い転じて福となす!

 じゃないけど、これってちょー凄い発明しちゃったかもー!


 そう、興奮気味に革袋の中の魔法式を見直すと、慌てて打ち消したからか、ぐちゃぐちゃで元の魔法式が分からなくなっていた。


 あぁぁ、折角の発明が……

 ま、まぁ、一応下書きはしてたし、きっとまた作れるはずよね。うん。微妙な違いで、効果が変わってしまったりするから、正確に細部も寸分違わないものでないといけないけど……


 がっくりしながら、なんとか後片付けをして更衣室へと急ぐ。

 こんな頭から濡れたまんまじゃ風邪ひいちゃうし、なにより身体にぺったり張り付いた服は、ちょっと危ない感じにエロい。


 実験室から出たあたしは駆け足気味で更衣室へと急いだ、そのせいで、曲がり角の先から話し声が近づいてきてもすぐには止まれなかった。


「ひゃっ! すみません!」


 止まりかけたあたしと、角から現れた人が軽くぶつかった。ずぶ濡れのあたしにぶつかられた相手は、服が少し濡れてしまった。


「おいおい、なんでこんなとこでずぶ濡れなんだよ。俺まで濡れちまったじゃねーか」


 げ、こんな時に限って、運が悪い……


 あたしがぶつかったのは、王宮で働く中でも下っ端の方。厨房の雑用係みたいだった。

 交代の時間なのか、エプロン片手に中肉中背の男2人で更衣室へ向かう途中といった感じ。


 片方はヤンチャそうに髪の毛ツンツン立たせていて、相棒より背が低め。もう片方は男性の中でも背が高くて、長めの髪を青いリボンで結んでいた。


 王宮で働く人達用の食堂で働く雑用係は、ひたすらにジャガイモ剥いたりと下ごしらえを延々やる。だから給料も低めだしお上品じゃない人もいたりする。少なくとも、この2人は特にそうみたいだった。

 ぶつかったあたしを遠慮なくジロジロ見て、ツンツン頭がニィっと話しかけてくる。


「へーっ、俺らまだココで働きだして一月なんだけどさ、君どこに配属されてんの? スタイル良いよね、身体動かす系? いや、だったらその重りが邪魔して動けないか」


 ニヤニヤしながら、視線は乳に釘づけだ。全く、いくら下働きだからって、こんなあからさまに下品なのが入れちゃうの? 人事の見る目、落ちたんじゃない?

 あたしは黙ったまま、頭を下げて通り過ぎようとしたのに、ツンツン頭はしつこく食い下がる。


「ね、俺らもう上がりだから、一緒にメシでも食いに行かね? 君も平民だろ? お貴族様がそんなずぶ濡れになる仕事なんてしねーだろうし」


 おっと、囲むように回り込まれてしまった。

 なんだその目は、嘗め回すように見るな、マジで。


 こっそり白衣の内ポケットに隠してある護身用の、雷撃棒を取り出そうとして、はたと止まる。


 あぁっ! あたし、今ずぶ濡れじゃんっ!! 雷撃棒なんて使ったら、あたしも痺れちゃうよ……

 ど、どうするあたしっ、どうするっ、どうなるっ!?


 今にも馴れ馴れしく肩を抱いてきそうなツンツン頭から、じりじり壁に追い詰められているあたし。

 そこへ、涼やかな声が聞こえたんだ。


「君達、そこで何をしているんだい? 学生じゃあるまいし、廊下は溜まり場では無いよ」


「っあ? なんだよ、こまけぇーこと……ゲッ、き、騎士様。失礼しましたー!」


 せっかくの獲物を横取りすんなよ!とでもいった雰囲気だった2人組は、声の方を振り向いて即座に逃げてった。

 壁際に追い詰められていたあたしは、ほっと息をついた。誰だか知らないけど助かったー!


「君、大丈夫? 王宮内でもこういう事があるんだね、警備兵へ一言伝えておこう」


 目の前に現れたのは、絵本で見たような王子様だった。

 爽やかなシルバーブロンドはさらさらで、涼しげな瞳は海の色をしてた。


 我ながら、笑っちゃうくらいチョロいよね。

 でも、お話の世界みたいに助けてくれたアーク様に、あたしは初めての恋をしちゃったんだ。

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