第4話 男爵令嬢は【さしすせそ】がお上手

「まぁっ! 流石はボン・クラーズ子爵ね!」


「ははは、それ程でもないさ。ちなみにこの話には続きがあってね……」


「知らなかったですわー! すっごーい」


「そうかい? そう言って貰えるとこちらも嬉しいね」


「お洒落のセンスが良い上にお話しも上手ですのね、尊敬してしまいますわー!」


 華やかな夜会が開かれている一角で、噂の男爵令嬢が子爵相手にキャッキャとお話ししていた。

 それを横目で眺めながら、やっと産前に近いくらいまで絞られた体にアルコールを流し込む私。


 あぁ、美味しい。五臓六腑に染み渡るわ。

 っといけない、ほどほどにしておかないと、すぐにリバウンドしてしまうのだ。

 というか、飲食したらその倍は身につくのではないかと思えてくる。

 くっ……二十代の前半あたりまでは特に何もしないでも、勝手にエネルギーを消費出来ていたというのに。

 三十代に突入してからのこの燃費の良さは何なのだ。ちっとも消費してくれない。


 久方ぶりの夜会なのだからと、いつもより少し色々と口にしてしまった。

 ストイックな生活が続いていたので、思わず食べ過ぎてしまいそうだわ。

 イケナイ右手にストップをかける。


「まったく……あんの小娘、まぁたやってるわ」


 隣では、忌々し気に男爵令嬢を睨む友人。

 グイっとカクテルを呷ってボーイへ渡す。


「ペースが上がってるわよ、そろそろ少しゆっくり飲んだ方が良いわ」


 友人が次のカクテルへと手を伸ばすのをやんわり遮って、炭酸水を選んで渡す。

差し出されたグラスを渋々受け取って、拗ねたように視線を逸らす。


「あの娘が噂の男爵令嬢なのね、ずっと夜会へ出られなかったから初めてお目にかかったわ」


 グラスで口元を隠しつつ、私はそれとなく男爵令嬢を観察していた。

 まだ幼さの残る顔は大きな瞳が零れんばかりに見開かれて、小さな口はほんのり桜色に染まっていて初々しさが感じられる。

 癖のないさらさらとした薄桃色の髪を可愛く編み上げて、前から見るとなんとも愛らしいのに、うなじに後れ毛が数本落ちているのがなんともミスマッチで少し視線をずらして見れば少女から大人になりかけのような色気を感じさせるものだ。


「あの小娘も、もう二十二の筈よ。散々手当たり次第の男に声かけて馴れ馴れしくするクセして、婚約には至らないのよね。そのせいで中途半端に貢がされている殿方が多そうだわ」


 貴族女性で二十二は行き遅れと囁かれだす年だ。

 十五で夜会デビューしてから、大体は二十までに婚約相手を見つける。その後婚約期間を経て婚姻に至るから、二十二で婚約もまだならば婚姻までの期間も見ると、少し遅く感じられる。

 あれほどに男性を夢中にさせているらしい割には、不思議ね。

 そう思って、なんとなく視界の端に男爵令嬢を捉えてしまう。

 ……あら、家の夫も行きおったわ。


 男爵令嬢を数人が取り囲んで楽しそうに歓談する輪へと、我が夫キュラス伯爵も参加しだした。

 ふぅ~ん?


 暫く観察していて、私は微かに違和感を覚えた。


 あの子、もしかして……いや、勘違いじゃなさそう。

 いえ、まだ初めて会ったばかりだし、それも離れたところから観察しているだけだもの、違うかもしれないわ。

 けれど、離れているからこそ、一歩引いて見ているからこそ気付いた気がした。

 狙っている未婚者に声かけられてるだとか、愛する夫を取られるだとか、そう言った思いも無く俯瞰で見ていられたからかもしれない。


 そこまで考えて、少し悲しくなる。

 ま、仕方ないわね、あの馬鹿タレ伯爵への愛情だなんて、残念ながらもう枯れてしまったのよ。

 今や息子の成長だけが楽しみである。

 アークとラタムは素敵な男性に育てて見せるわ! 待ってて、未来の可愛い娘(嫁)よっ!


 そんなこんなで、特に目立った事件もなく(当然かしら)久し振りの夜会は友人とのお喋りと美味しいものを楽しんで帰った。


 その後、お茶会や夜会で何度か件の男爵令嬢と会う度に、私は彼女への違和感を確信へと変えていった。

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