Darkslateblue:探し続ける

「こんな格好でごめんなさいね」

「こちらこそ、こんなに早い時間から申し訳ございません」


 俺は翔さんが紹介してくれた銀座のクラブ “ダリア” の扉をくぐった。店内は白とゴールドを基調にした、清潔感のある大人の世界観を持った居心地のいい空間だった。


ダリアのママ麗子れいこさんは、黒のワンピースに髪を一つに束ねたラフな格好だったけど、気品と優しさが溢れた素敵な女性だ。どことなく京香さんに似ている気がする。


「翔くんにはいつも良くしてもらっているから、彼に頼まれたら無下に断れないわ」

「押しかけてしまって、本当に申し訳ございません…」


 いいのよ。と言い麗子れいこさんは俺に缶コーヒーを差し出してくれた。今から酒を飲むわけにはいかないから、二人ともこれで我慢だ。


「翔くんから大体のことは聞いたけど…。大変なことに巻き込まれちゃったみたいね」

「あ、いえ…」


 麗子れいこさんが細長いタバコを取り出したので、俺は持参したライターで火をつける。Rebootリブートではタバコは禁止されているが、持ち歩いていて正解だ。


「ふぅ〜っ」


 うまそうにタバコを吸う。「ありがとう」と言いながら麗子れいこさんはタバコの入ったケースをテーブルに置く。この1つ1つの所作も色っぽい。


俺はゴクっと唾を飲みこんでいた。


「で、クリスタルよね?」

「あ、はい」

大陸アースくんが来る前に探してみたけど、開封したものしかなくて。折角来てもらったのに、ごめんなさい」

「あ、いえ。そうですよね」


 喉が乾く様な気がして、俺は缶コーヒーを飲み干す。そして俺は落ち込んだ顔を作る。麗子れいこさんが悪いわけじゃない。でもこうゆう時は神妙な顔をするものだ。


「あ、そんなに落ち込まないで。ちょっとあるかどうか分からないけど、この辺りのお店でクリスタルを扱ってる店をリスト化しておいたから」


 麗子れいこさんはそう言うと、鞄の中から手帳を取り出しメモを俺に渡してくれた。真っ赤なマニュキュアをした指が俺の指に触れる。


「あ、ありがとうございます」

「いいのよ。翔くんによろしくね。oceanオーシャンだったかしら? 成功することを祈ってるわ」


 棘のある言葉だった。そりゃそうだ。いくら土地が離れているとはいえ、ライバル店になる可能性もあるわけだ。


 俺はもう一度丁寧にお礼を言い、店を出ようとした時麗子れいこさんから呼び止められた。


大陸アースくん?」

「はい」

Rebootリブートに居られなくなったら、こっちにいらっしゃい」


 俺がRebootリブートを去るのが前提? 俺はその言葉を聞いてニッコリと口角をあげて微笑む。


 必ずクリスタルを手に入れる。俺は改めて強く思った。


「ありがとう。俺、やれるだけやってみます!」


 麗子れいこさんの苦笑いの様な笑顔が俺を次の店へ送り出してくれた。



 この後からが散々だった。麗子れいこさんは魔のリストを作ってくれたんじゃないかと思うくらい酷い物だった。



麗子れいこママから連絡もらって、クリスタル…1本あることはあるんだけどね」


 やった! 意外と早く見つかるモノだ。俺は麗子れいこさんに感謝していた。


「それ譲っていただけませんか? 次回Rebootうちに入った時に必ずお返しいたします」

「それじゃ~ね」


 女はクリスタルを抱え、ボトルにキスをする。この女は何を欲してる? 俺に何を要求するつもりなんだ!?


「現金も1本置いて行けます」

「ふ~ん」


 リストを見ると、Moonムーンの幸子ママと書いてある。この幸子という女、ホットカーラーを巻いて、すっぴんで俺の前に現れた。時間外に呼び出してるから何も言えないが、接客業の雰囲気はゼロだった。


 その幸子ママが俺を下から上に舐める様に見ている。俺にどうしろと?


「どうすれば…お譲りいただけますか?」


「あなた、Rebootリブートにいるのね? あの鬼のところで働いてるのよね」

「鬼?」

「あんな男が喜ぶことを私たちがするわけないでしょ? あなたも馬鹿ね」


 そう言うとこの女、俺の目の前で無傷のクリスタルのボトルキャップを開け始めたんだ。


「な、何を!」


 俺は動けなかった。下手に手を出せば、訴えられかねない。こうゆう女は用意周到にいろいろ考えている。俺の本能がそう告げていた。


JINあの男が喜ぶことなんて、決してしないわ! いくら積まれてもね!! わかったら帰りな」

「幸子さん…。お、落ち着いて」

「とっとと帰れ!」


 すごい剣幕で店を追い出されてしまった。いったいJINあいつは何をしたんだ? と思うくらいの対応を俺は受けていた。




JINジンの手先か?」


 今度は何だよ? 入り口の内勤の男にどつかれた。


「お、俺はママにお願いがあって…」

「はぁ~? 会う訳ねーだろ?」


 もう一人ガタイの良い、ラガーマンのような男が店内から出てきた。やばっ。俺喧嘩は得意じゃない。


「痛い目見たくなければ、大人しく帰るんだな」

「お、俺はどうしてもママに会って話がしたいんだ。話を聞いて欲しいんです! キャシーさん! お願いです!」


 俺は黒づくめの男の間を割って、店内に入ろうとしたその途端!


「えっ?」


 地面と天井が逆転した。そしてぶっとばされていた。


「いってぇ~」


 俺は背中をしこたま打って、立ち上がるまでに時間を要していた。そこへラガーマンの重たいキックが俺の腹めがけて飛んで来た。


 ドスっ。


「くっ…っ」

「これくらいで済んでよかったな。帰れ! 二度とこの店に顔だすな。あのクソ野郎に言っておけ! お前の居場所はないってな」


 くそっ。JINあいつは銀座を出禁になってるのかよ。俺はJINあいつのせいで、すでに6発、けりを喰らっていた。


 ただ、幸運なことにみな同じ業界。顔を避けてボディを攻撃してくれる。ありがたいこった。


 そろそろ、今日の限られた時間は終わりを迎える。Rebootリブートに戻らなければ…。


 麗子れいこママのリストはすでに半分以上、黒星に終わっていた。



―― 残りは明日だ…。大丈夫まだあと1日ある。



 俺は傷ついた体を引きずりながらRebootリブートに向かった。


 残された時間は…あと少しだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る