第19話 Stellar:Dream

 ──3年前


 ◆◆◆


「あ。ほーちゃんこんなところに居たんだ~」


 日向ぼっこを兼ねて平原で寝転んでいると、後ろから声を掛けられた。


夢乃ゆの先輩」


 おっとりとした雰囲気のその人は、ふわふわとした長い髪をたなびかせ、ゆっくりと隣に座る。1つの年の差の分大人びていて、家が近かったのもあってわたしにとっては姉のような存在だ。早生まれらしいから実はそんなに年齢差は無いんだけど小学校時代、ふざけて先輩呼びを始めて以来それが定着してるんだよね。


「もう。ここ迷宮内なんだよ~? 寝てたら危ないぞ~?」

「えへへ……。夢乃先輩がいるから大丈夫かなって」

「それはそうだけどさぁ~」


 千葉12迷宮には花畑エリアがある。見渡す限りの平原を奇麗な花々が埋め尽くしているのは圧巻の一言だ。一応迷宮内だし油断しちゃダメなんだけど、のほほんとしていられるのはこの人がいてくれるお陰だったりする。


 と、寝転がるわたしの顔に影が落ちる。真上から降り注ぐ日の光で表情は読み取れない。


「どうしたの~元気ないじゃん。もしかして、さっちゃんと喧嘩した?」

「さやかちゃんは悪くないけど……。まあちょっとだけ関係はある……かも……」


 さやかとの仲は極めて良好だ。少なくとも、週末にお泊り会をするぐらいには。

 けど、元気が無いのも事実だったりする。原因ははっきりしている。単にわたしがナイーブになっているだけだ。理由は──。


「なんか、自信なくしちゃって……」

「……4級試験に落ちちゃったから?」

「うん……」


 弱音を、ぽつり。

 年に数回開催される4級探検家試験。"仮免許"である5級を終え、ようやく初心者卒業! っと思った矢先、一次の筆記で凡ミスをいっぱいやらかしてしまった。空に掲げた緑色のカードは見習いの証。4級探検家のは青色だから、すぐに見分けがつく。


「さやかちゃんは1発合格、しかも満点だったんだよ? すごいよね」


 立ち上がったわたしは、近くにあった小石を思いっきり蹴っ飛ばす。花畑の向こうに消えたそれは、多分もう見つからない。


「試験に落ちて思ったんだ。迷宮探検が好きで、夢乃先輩と一緒に潜って来て……。自分は才能ある! って思ってたけど、実はそんなことないんじゃないかって。本当はわたしなんてただの凡才で、代わりなんていくらでもいるんじゃないかって。そう考えたら、なんだか自信がなくなっちゃって……」

「ん~なるほどね~」


 再び倒れ込むと、衝撃で足元の花弁が舞った。わたしの隣で、その人はうんうんと頷いている。


「つまり自分よりすごい人がすぐ近くにいて妬ましいと」

「もう少し言い方っていうかさぁ!」


 ていうか史上最年少で"準1級探検家"になった天才中の天才に言われるとひじょーっに! 釈然としない。


 ただ、妬ましいとまでは思わないけど……。さやかの合格を心の底からお祝いできなかったのは事実だ。そして、そんな自分が嫌になって罪悪感……という負のループ。この黒い感情から抜け出す方法が思いつかなくて、未だ緑のままのカードで当てもなく迷宮に潜っているのが今のわたしだ。


「まあ先輩は天才だからしょうがないけど~」

「ちょい!」


 デリカシーとか!! ないんか!!


「人には向き不向きがあるもんだよ。さっちゃんは筆記は良かったみたいだけど、実技の方は結構ギリギリだったらしいよ~?」


 あ、これ口止めされてたんだ! っと慌てて口を押える。

 さやかに結果を聞いた時、なんだか言いにくそうだなぁと思ってたけどそういうことだったんだ……。


「それに、ほーちゃんは魔法も剣もできるからね。魔法と剣士オールラウンダーは大成しないって言われてるけど、先輩の意見は違う。ことは、ってコトだもん」

「そうかもしれない、けど……」


 現実問題試験には落ちちゃったし……。そんな考えが表情で伝わってしまったのか、その人はやれやれといった風に肩を竦めた。


「も~仕方ないな~」


 むすっと頬を膨らませた先輩は、年上なのになんだか子供っぽく見える。スタイルがいい分こういう時普段とのギャップが目立つんだよね。


「じゃあ私のとっておきの魔法を伝授します」

「ほんとっ!?」

「うん。それに、多分この魔法ほーちゃんの方がうまく使えると思うんだよね~」

「わーい!」


 準1級探検家、それも付与魔法グランツワイズの専門家。そんな人の魔法を学べる機会はそう多くない。というか本来なら高いお金を払って学ぶようなものだろう。


 期待に身を乗りだしたわたしを、先輩が人差し指で制止する。


「ただし! 普段は絶対使っちゃダメね。最悪全身から血を噴き出して死んじゃうから」

「死ぬの!? 血が出るの!?」

「最悪の場合、ね……」


 なんだかすごく心配になってきた……。というか使うと死ぬかもしれない魔法ってそれどんな使い道があるんだろう。


「あくまで『わたしにはこれがある』って自信を付けるためのものだよ~。きっとほーちゃんは気にいると思う」

「気に入っても封印安定じゃ何とも言えない……」


 自身を付けるための魔法、なるほど。確かに、最後に頼れるなにかがあると心は軽くなる。そうは思うけど、絶対どこかで試したくなっちゃうよな~……。けど最悪死ぬといわれたら流石に怖いが勝る気も……。


「──この先もし、もし本当にここしか無いって時がきて、ほーちゃんがこの魔法を使う時が来るとしたとしたらさ」

「!」


 背中を見せ歩いていた先輩がこちらを振り向く。草原にはそよ風が吹き、風に乗った花弁が近くを横切った。前を行く先輩の顔が、逆光でよく見えない。


「それは、ほーちゃんの大切なものを守るためであって欲しいな」


 ◆◆◆

 

 現在

 

 ◆◆◆


 千葉124迷宮北側。出口になる巨大な門が遠くに見える。

 さやか達と向かった南側とは反対方向のこの場所。わたしがここに居る理由は単純。戦っている間に、だ。


□魔法ヴェールムワイズ煉獄の矢針ロス・アーミティッッ!!」


 背後へと地面を蹴るアアルが、燃え盛る炎の矢を放つ。

 さっきの戦いで、わたしはあの射撃を見切ることが出来なかった。1本2本はともかくとして、10や20を越えてくるともはや点ではなく面での攻撃だ。


 だからこそ、わたしはそれを


「いくよッ!」


 後ろで起こる爆発の音。それが届くよりも早く駆ける。

 わたしはもう今までのわたしじゃない。英雄魔法エインズワイズによって強化された身体能力なら、アアルの攻撃を避けることも……追いつくことだって難しくないっ!


「なんなんだよオマエはァッ!!」


 背後に飛びのきながら矢を連射するアアル。それを打ち落としながら進撃する。圧倒的な物量の攻撃も、今なら隙間が良く見える。わたし達の距離は少しずつ、けど確実に縮んでいく。


「ッ!!」


 前方に感じたわずかな。それに対処するため、これまでただ直進していたところを跳躍する。一瞬だけ森の上へ出たわたしの視界には満天の星空が広がった。同時に背後で起こる一際大きな破裂音。


「んでわかんだよッ!!」


 違和感の正体は多分、あのだ。

 わたしがまっすぐ迫るのを見て、進行方向に置いたのだろう。気付かないまま突っ込んでたら、勢いそのままに喰らうところだった。


「っとりゃーっ!」

「ぐッ!!!」


 落下からの勢いをそのまま威力に変換。速度を上乗せした一撃をアアルに見舞う。両手でそれを受けたアアルは刹那の拮抗ののち、後方へ派手に吹き飛ぶ。


「こんのクソガキがァッ!!!」

「やっとわたしの目を見たねっ!」


 アアルはずっとわたしを相手にしていなかった。多分わたしやみんなのことを敵とすら思ってなかったからだろう。けど今は違う。アアルは今、わたしを脅威として


 羽で受け身を取ったアアルは、反撃とばかりに巨大な火球を作り出した。まだ放たれる前ながらその火力は凄まじく、少し掠っただけの近く葉は一瞬にして炎に包まれた。


「燃え爛れて死ねッ!!□魔法ヴェールムワイズ煉獄の巨針メガロス・アーミティッッ!!」


 幾重にも束ねられた炎の塊は、まるで小型のミサイルだ。進路上に存在するあらゆる障害を爆破しながら突き進むそれの標的はもちろんわたし。けど、目前に迫る破壊を見ても、わたしの心は揺るがない。


「(ありがとう。夢乃先輩)」


 ──この手に握っている剣に、実は魔剣だとか、そういう特別な能力は一切ない。


 でも、先輩から受け継いだっていう立派な逸話が付いている。その物語は、先輩の教えてくれた魔法エインズワイズよりもっと大きな力をくれる、本物の魔法だ。


「せいッッッ!!!!!」


 強大な攻撃を正面から叩き切る。ではなくでの突破。"狂戦士の王ベルセルクエンチャント"でならそれが可能だ。


 横薙ぎの一閃。火球は轟音を立てて爆裂した。巻き上がる土煙と共に、わたしはアアルへと肉薄する。まさかあちらも真向から打ち破るとは思っていなかったのだろう。男の顔が驚愕に歪む。


「んなッ!?」

「でりゃーっ!!」


 速度をそのまま一閃。抜き放ったその一撃には、今度こそしっかりとした手応えがあった。背後から聞こえてくる絶叫がそれを証明している。


「グアアアアァァ!! オマエェェ!!!」

「っ!」

「なぜ俺に攻撃を当てられるっ! 普通人ヒュームの身体能力でぇ!! 見えてるはずがねぇんだよなァッ!!!」


 裂けた右手から血を流すアアル。


 彼の言葉はもっともだ。

 実際、さっきまでのわたしではを避けることはできなかっただろう。


「あなたは魔力が強すぎるから、この距離だと魔力で位置を判断するのは難しいけど……。目に見えなくても、目以外でなら問題なく感じ取れる」


 わざわざ敵に説明はしないけど……。


英雄魔法エインズワイズ】はわたしの能力を特定の戦い方に特化するよう、能力値を組み替える魔法だ。"狂戦士の王"はその中でも特に近接戦闘能力に特化している。単に運動能力を上げるだけじゃなくて、極限状態での思考の加速、反射神経の向上、五感の鋭敏化など、近接戦で必要な要素全てを強化できるのだ。


 もちろんデメリットもある。


 身体能力に特化する分、今のわたしは魔法能力が著しく低い。他の魔法を使うどころか、なけなしの魔力が切れるまで【英雄魔法エインズワイズ】を終わらせることすらできない。


 自分が倒れるまでただひたすらに敵と戦う、そのための力を得る魔法。それが【英雄魔法エインズワイズ狂戦士の王ベルセルクエンチャント】の正体だ。


「たとえ姿が見えなくても、匂いや空気の流れは消えない。あなただって、わたし達の事をそうやって追ってきたんじゃないの?」

「知ったような口をォ!!!」


 怒りをむき出しにして近くを破壊するアアルに、わたしはさらに追い打ちをかける。


「あなたやあなたの魔法は時々消えている様に見えるけど……。今のわたしにはばっちりわかるよ。それにあの爆発する炎の矢……。そこから予想できるのは……」


 透明化。爆発。そのふたつから推測できるアアルの魔法は──


「あなたは。違う?」

「……ッ!!」


 アアルの額に血管が浮き出る。当たりだね。


「すり抜けるのは蜃気楼みたいな原理。本当は何もないところに幻が見えてるから、攻撃するとすり抜けたみたいになる。爆発は多分温度差。冷えた空気か何かを一気に温めたとかそういうのじゃないかな」

「黙れぇ!!」


 再び飛来した矢は体を逸らして回避。背後の木に突き刺さったそれは今までと同じように爆発を起こす。


 ……単に爆発を起こすだけなら最初から相手の近くを爆破すればいい。そうしないのは多分、アアルの魔法になにかしらの制限があるからだ。実際、さっき近づいた時食らった爆発は矢が見えなかったし。


 わたしの言葉を受け、アアルがガリガリと頭を掻く。直前まで怒りに震えていた彼だったけど、その温度が一気に冷めていく。


「あぁクソッ……。また幻聴が聴こえる……。早く、早く黙らせねぇと……」

「?」


 雰囲気が……変わった?アアルの腕の速度は徐々に上がる。


「なぜこうなった? 俺がなにをした? 何が悪い? 誰が? 俺が? そんなはずはねぇ俺ぁ勤勉だ役割を果たした果たしてないのはあの女だ魔王サマの命を無視した万死に値する万死に値する俺ぁもともと気に食わなかったあの女も連れのガキもまとめて潰して燃やして殺して──」

「っ!」

「あぁそうだ。そうだった」


 ──なにかまずい予感。


 わたしは再び近接戦を仕掛けた。

 アアルの怪力は危険だけど、速さ自体はそこまでじゃない。翼を使った移動は早いけど、至近距離での打ち合いは武器を持ったわたしに分がある。


「頭に血が上りすぎたなぁ。こういう時ぁ──」

「っせいッ!!」


 横合いからの回転切り。吸い込まれるようにアアルの胴体へ振るったそれは──。


 ガキンッ!


「んッ!?」


 突如、アアル体から氷の槍が飛び出す。ここにきて違う魔法ッ!?

 槍はわたしの剣を阻みながら尚も勢いを落とさない。回避のためわたしは慌てて飛び退いた。矢に比べればスピード自体はかなり遅い。けれど、あまりに唐突な反撃だった。完全には避けれなくて頬を少し切ってしまった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「──頭ぁ冷やすに限るよなぁ?」


 前方にたたずむアアル。その全身から、ハリネズミの様に突き出した氷の槍。次の瞬間、それは一斉に砕け散り、破片の向こうからは恍惚としたアアルの顔が覗いた。さっきまでの怒りで我を忘れた姿と打って変わり、今の彼はどことなく余裕に満ち溢れている。


「(ちょっとまずったかも……)」


 考えてみれば。

 熱を操れるのなら、上げるだけではなく下げることも出来るだろう。ここまでそれを使ってこなかった辺り、伏せてた札を切らせたってことなんだろうけど……。


熱魔法ヴェールムワイズ煉獄の反槍針ロス・イルミティ。オマエの言う通り俺ぁ近場のを操る。シンキロウ? ってのはしらねぇけどなぁ。周りの空気を熱すりゃ爆発、冷しゃこうして武器になる。俺にとっちゃどんな場所も武器庫だ」


 彼が左腕を払うと、その周りが氷に覆われ剣のような形に形成される。怪力に加えて氷の剣。全然接近戦も出来るっぽい。


「けどなぁ……クヒヒ……。オマエはどうだぁ? その顔にべっとり張り付いた血も、俺んじゃねぇよなぁ?」


 指さす相手につられ顔を拭う。周りを囲う炎の明かりに同化してよく見えないけど、多分、わたしの手のひら今真っ赤だ。それはさっき怪我した頬から出たんじゃなくて、鼻から流れ出した血で……。


「(まずい……時間が……)」

「つい数刻前まで俺に手も足も出なかったガキが、たかだか魔法ひとつで俺に喰らいついてきたのはビビったぜぇ? だが何の犠牲も無く力を得られるほどこの世界は甘くねぇ。甘い訳がねぇ。オマエはなにを対価にしてんだろうなぁ?」


 ニヤニヤと、男は笑っている。


 ……狂戦士の王ベルセルクエンチャントには重大なデメリットがある。それは、「自分の意志で解除ができない」問題点。単純に魔力がなくなっただけじゃ、人間は死なない。せいぜいが数日間寝込むぐらいのもので、命にかかわることは稀だ。


 確実に存在する危険性。だけど、それをわざわざ敵に伝えるようなことはしない。そんなことをする意味もないし。


 重くなってきた膝を上げ、剣を構えなおす。わたしの攻撃は通じているんだ。じゃあ、後はこれを続ければいい。


「このままやりゃあ俺が何もしなくても死ぬなぁオマエ。さっきのガキと同じ、無意味に死ぬなぁ? どんな気分だぁおい」

「…………ふふっ」

「あぁ? なにがおかしい?」

「ううん。だって──」


 アアルの言葉がおかしくて、思わず吹き出してしまった。だって、それって──。


「それってまるで、わたしと戦いたくないって言ってるみたいだもん」

「オマエ……そりゃどういう意味だぁ?」

「そのままの意味だよ」


 わたしは剣を振るう。この呪いを断ち切るために。目の前の敵を打ち倒すために。


「わたしに負けるのが怖いなら、いつでも帰っていいんだよ?」

「殺すッ!!」


 最後の戦いの火蓋は切って落とされた。

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