第4話 Alea jacta est!

「いやぁ〜無事に帰れて良かった!」

「無事って……これ見つかったらなんかの犯罪やろ……」


 かえでがげんなりした顔で言う。

 洞窟からの脱出を果たしたわたし達は、そのままの勢いで部室まで戻ってきた。今は部室のベッドで女の子を休ませているところ。正直わたしも横になりたいけど、言い出しっぺのわたしが最初に休むのはなんとなく気まずくて、椅子にも座らず少女を見ている。

 

 悪夢でも見てるのだろうか。うなされる少女は寝相が悪くて、かけたばかりの毛布はもう跳ね除けられている。


「迷宮内からの魔物の持ち出しは迷宮規定法第3条の違反です。魔物の等級によりますが、高いものでは数億円の支払いが命じられた例もあります」

「数億円かぁ~夢が広がるね!」

「なんで貰うつもりなん?」


 かえでの突っ込みは今日も健在だ。


「まぁきっと大丈夫だよ!要はこの子が悪い魔物じゃなきゃいいんだから!」

「魔物に良いも悪いもないやろ……」


 かえでが呆れながらこちらを見ている。

 争点はこれが『人命救助』なのか『魔物の持ち出し』なのか。要はこの子が人間か否か、意思疎通ができるかどうかに帰結する。


「つーか受付突破する時!!あーしの鎧使うなら先言えや!!」

「えへへ……言わない方がびっくりするかと思って」

「サプライズはいつでも誰でも喜ぶわけではないですよ……」


 さやかが頭を抱えた。

 人目のあった受付は、かえでの鎧を少女に装備して突破した。かえでの鎧は頭まですっぽり覆えるフルフェイス。しかも身長149センチのかえでは少女と体格も近い。


「自分の鎧担いで帰るんめっちゃ恥ずいねんで?ってあかんこれ普段厚着しとる弊害かもしれん。変なとこに羞恥心生まれとる」

「大変なんだね~重装歩兵って」

「部長のせいやぞ!」

「そんなことより」


 さやかがコンコンと机を叩く。

 代々迷宮探検部に受け継がれている机。デスクシートの下には歴代の先輩たちの写真が挟んである。もしこのまま廃部になってしまえば、この机も処分することになるだろう。


「少女の処遇はどうするんですか?今は落ち着いていますが、いつ目覚めるともわかりませんし、明後日には学校も始まります。昼間は私が監視しますが、誰か来た場合対処は困難です」

「さやかちゃん」


 わたしは彼女の肩にポンと手を置く。


「授業は出たほうがいいよ」

「…………善処します」

「まあナチュラルに授業サボるつもりのさやかは置いといてや」


 片手間にディスられたさやかは、むすっと頬を膨らませていた。


「実際問題いつまでもここに置いとくわけにはいかんやろ。このままやと先生にでも見られて一発アウトや」


 椅子をギコギコと鳴らしているかえでが、少女をビシッと指差す。


「すぐにでも目覚めてくれるとええんやけどな」

「私はそうは思いませんね。迷宮でも言いましたが、この少女が友好的である保証はありません。もっと管理を厳重にすることを提案します」

「わたしは早くお話してみたいなぁ」


 少女の横に倒れ込む。低反発のベッドが揺れを殺した。


「友達はたくさんいるけどさ、羽の生えた子なんて初めて見たもん。空を飛ぶってどんな気持ちなのか聞いてみたい」

「また部長は呑気な…」

「えへへ…だから早く目覚め──」


 目の前。

 わたしの目線の先の、翡翠色の瞳。宝石のように輝くそれに、


「……」

「……」


 訪れる沈黙。どうやら理解が追いつかないのはお互い様らしい。

 とりあえず初対面の相手だ。挨拶をしておくに越したことは無いだろう。


「……………こんにちは?」

「ウアアアァァ!!!」


 目を覚ました少女が、叫び声を上げてベッドから飛び上がる。

 彼女の翼が大きく振るわれ、わたしは部屋の隅まで吹き飛ばされてしまった。


 ガンッ!


 っと壁に打ち付けた背中がジンジンと痛む。


「いったぁ~!!?」

「ほのかっ!?大丈夫ですか!?」

「大丈夫、ちょっと背中打っただけだから……」


 身体強化しといて助かった。おかげでダメージはほとんどないけど──。


「やっぱ魔物か!?」

「違う…!多分怖がってるんだ、なにかを……」


 近くに置かれていた籠手を装着し、かえでが駆け寄ってきてくれた。

 少女は天井に爪を食い込ませ、わたし達の方を睨みつけてきている。


「ウゥゥ……」

「この状況なら、あーしらを、やろ」


 かえでが目を細める。

 それはもっともだけど……。さっき目を合わせた時、あの子の目はわたし達よりもっと遠くにある何かを見ていた。まるで、わたし達に誰かを重ねてるみたいな──。


「『空魔法□□□□□□□咆哮□□□□』!!」

「魔法です!」

「ちッ!!」


 聞いたことのない。前に陣取るかえでが、を弾き飛ばす。跳ね返ったソレは部室の窓に命中し、耐えきれなかったガラスは粉々に砕け散った。


「あー!!また先生に怒られちゃう!!」

「言ってる場合か!」

「ガァッ!!」

「うっ!」


 飛びかかってきた少女の爪を咄嗟に剣でガード。少女の爪とわたしの剣がぶつかり、ギリギリと嫌な音を立てる。


「落ち着いて!わたし達あなたの敵じゃないよ!」

空魔法□□□□□□□!!」

「うわっ!!」


 少女の口から放たれた風の弾丸が頬を掠める。それを受けた横の壁には……ゴルフボール大の穴がッ!!


「ほのかから離れなさいッ!!!」


 横合いか、鬼の形相のさやかが迫る。彼女の背中から伸びる機械腕は少女に回避されたものの、後ろへ飛び退かせることに成功する。おかげで体勢を立て直す時間ができた。


「魔物がッ!!言葉無き蛮族がッ!私のほのかを傷つけるなど万死に値しますッ!!」

「やめてーッ!!みんなちょっと落ち着いて!!」

「襲ってくんだからしゃあないやろが!!」


 わたしに代わり、前へ出たかえでが少女を食い止めている。飛び交い交錯する魔法と剣戟。


 そうしている間にも部室のいたるところが荒れていく。資料が舞い、壁に穴が開き、ガラスが割れる。わたしが何とかしないと、このままじゃ2人が、部室が、少女が。みんなが傷だらけになってしまう。


「言葉……」


 さやかのセリフだ。

 確かに少女にはわたしの言葉は届いていない。いや、無視されてるだけかもしれない。けれど、それにしたってこの反応は極端だ。


 ──もしかして。


 脳裏に浮かんだ可能性を確かめるため、わたしは手に持っていた剣を投げ捨てる。カランという場違いな音は、3人の注意を一斉に引く。


「ほのか!あなた何を!?」

「大丈夫。わたし達は敵じゃないよ」


 わたしが動くと、部室内は時が止まったように静まり返った。さやかもかえでも、そして羽の少女ですらも、わたしのことを信じられないという目で見ている。


「怖かったんだよね」


 一歩ずつ歩み寄る。少女はわたしを警戒しているみたいだ。けど、攻撃をしてくる気配はない。武器を持たない相手には攻撃できない……ううん、したくないんだと思う。


 ──洞窟で見た弱弱しい少女は、まるで誰かに助けを求めているように見えた。


 けれど、。ただ日本語で話しかけてもきっと伝わらないんだ。ならわたしの気持ちは行動で示さなくちゃいけない。気持ちを伝えるための行動を。


「目覚めたら、知らない部屋に知らない人。わたしだって同じ状況ならびっくりすると思う。だからね、まずはわたし達のことを知って欲しいの」


 わたしは少女へ手を差し出す。


「わたしはほのか!あなたは?」


 少しの間、少女はわたしのことを見つめていた。丸い翡翠の瞳の中に、わたしの顔が映りこむ。


──永遠の一瞬が過ぎ去った後、翼を下げた少女は呟いた。


「……シエラ」


 

 ──直後少女は力が抜けたように気を失う。地面にぶつかりそうになった彼女を、わたし達は3人で受け止めたのだった。


 ◆◆◆


「……──!?」

「あ!2人とも!目覚ましたよ!!早く!!カモン!!」


 シエラと(多分)名乗った少女は、30分ぐらいで目を覚ました。


「大丈夫ですかほのか!!」

「デカい声出さんでも聞こえとるよっ!」


 さっきの再演を心配していたのか、すごい勢いでさやかが飛び込んでくる。一方で、補修中のかえでは特に気にしていなさそう。


 ちなみにわたしは少女の監視係だった。もちろん最初は補修を手伝おうとしたけど、とんかちを打つたびに違うところが壊れてく!ということで、最終的に応援しててと頼まれたのだ。わたし、不器用ですから!


「?」

「あ!やっぱりだよさやかちゃん!見つけておいてよかったでしょ?」

「そうですね…ひとまずスイッチを入れましょうか」


 さやかが少女の首に手をかける。

 すると、彼女の首元のペンダントが赤から緑に色を変えた。よかった。ちゃんと起動したみたい。


「これで大丈夫なはずです。何か喋ってみてください」

「シエラはシエラ」


 羽の少女改め、シエラが目を見開く。

 自分の声が別の音になっているのに、ちゃんと理解できるように聞こえるんだもん。びっくりもする。


「効果はちゃんとしてそうやな」

「当然です。私の発明ですよ」


 さっきまでシエラの話していた言葉は明らかに日本語じゃなかった。当然そのままじゃ会話がままならないけど……探検部には頼れる発明王がいる。


「猫語を翻訳する魔道具、猫語翻訳機ニャゴシエーター。これはその試作品である人語翻訳機ニゴシエーターです。もう使うことは無いと思っていましたが、処分せずにおいたのは英断でした」


 ペンダントがチカチカと光る。後継機の関係なのか、ファンシーなネコ型のデザインが愛らしい。


「ここはどこ?あなた達は誰?」


 小鳥のさえずりのような、繊細で奇麗な声色。翻訳機越しなのに音質の劣化は無さそう。これなら心配しないで使える。


「ここはわたし達、【迷宮探検部】の部室だよ!こっちの美人がさやかちゃんで、こっちの小さくて可愛い子がかえでちゃん!それでわたしは──」

「ほのか」

「ん!あ!そうだよ!ちゃんと伝わってたんだね良かった~!」


 さっきの名乗りはちゃんと伝わっていたらしい。なんだかちょっとくすぐったいな……。


「迷宮……探検部?」

「そうだよ!わたし達3人で迷宮を冒険してるんだ~!今はちょっぴり存続の危機だけど、毎日元気いっぱい頑張ってます!」

「そんな農家の宣伝みたいな……」

「迷宮……」


 制度的にも廃部の危機なのに、今回の騒動で壁に亀裂が入るわ、窓は割れるわで物理的にも存続が危うい……。


 シエラは迷宮ダンジョンという言葉がわからなかったのか、首を傾げている。迷宮の中にいたのになんでだろ……?


「シエラは……なんでここに?」

「倒れていた貴女を、ほのかが介抱したんです。感謝してください」

「どこ目線やねん……」

「まだ安静にしてた方がいいよ!」


 わたしはシエラに再び毛布を掛けてあげる。

 特に抵抗などもせずそれを受け入れた彼女は、目をぱちくりとさせてわたしの方を見ていた。その目から伝わってくる感情は……困惑。


「(まあさっき喧嘩した相手だもんね……)」


警戒されるのも無理は無い。そう思ったけれど──。


「さっきはごめんなさい。シエラは反省している。助けてくれてありがとう」

「えへへ…どういたしまし!」

「結果的に部長の判断が正解だったわけや」


 シエラが恥ずかし気に毛布で顔を隠す。

 その仕草からは先ほどの敵意は感じられない。布団からはみ出た彼女の羽が、空気を含んでふわっとたなびく。


「そちらの質問には答えました。今度は私達の方が聞く番です」

「ちょっとさやかちゃん!」

「大事なことです。こればかりは譲れません」


 ぴしゃりと放たれたさやかの言葉に、わたしは思わず後ずさってしまう。こういう時のさやかは凄みがあってちょっと怖い。


「まずは貴方の素性です。その翼も脚も、かえでのようなで片付けられるものではありません」

「なんや人を面白人間みたいに」

 

 不満げにツッコミを入れるかえで。確かにかえでの体質はだけど、見た目は普通だもんなぁ。


「シエラはシエラ。生まれてからずっとそう」

「生まれつき、ってこと?家族や友達は?」

「お姉ちゃんがいる。ほのか達こそ、そのでどうやって飛ぶの?」


 何故に羽……?と思ったけど、なるほど。

 シエラにとっては、翼がある方が当然なのかも。わたし達にとってのは、シエラにとってのなのだ。だとすれば、彼女に質問の意味も頷ける。


「生憎あーしら空飛べへんのや。代わりに細かい作業ができるねんで」

「ん、ちょっと怖い……」


 かえでがワシワシと指を動かすのを見て、シエラはちょっと引いている。

あっちがこの認識じゃあ、これ以上の情報は期待できなさそうだ。


「わかりました。次の質問です。貴方はなぜあの迷宮にいたのですか?」

「なんや尋問みたいやな」

「遠からずです。部室で暴れた彼女を私は信用できません」


 さやかがきっぱりと言い放つ。シエラに対して、さやかは少し冷たい気がする。昔から慎重だったけど、今回は特にそれが顕著だ。なにか思うところでもあるのかな……?


「住んでたわけじゃない。けど、どう行ったかも覚えてない。気づいたらあの場所にいた」

「覚えとらん?」


 かえでの言葉に、シエラがこくりとうなづく。


「シエラの住んでたとこ、魔王の使徒に襲われた。そのせいでお姉ちゃんとも離れ離れ。別れたっきり会えてない」

「魔王……」

「使徒?」


 2つの耳慣れない言葉。

 迷宮ができて魔法が生まれて、それまでの空想の産物ファンタジーの多くが現実になった。けれど全部が全部ってわけでもない。シエラのような存在も然り、『魔王』だってそう。わたしにとってその単語は物語の中だけのものだ。けれど──。


「シエラは逃げてきた。このまお姉ちゃんと会えなかったら、シエラはずっとひとりぼっち」


 シエラの目からぽろぽろと涙がこぼれた。

 家族と離れ離れになった小さな子が今、体を震わせて泣いている。


 ──放っておくことなんて、できない。


「よしよし」


 わたしは彼女の頭に手を置く。辛そうな人にはこうやって慰めよう!というのは先輩の教え。ベッドで横になっていた彼女の体温は、洞窟にいた時よりずっと暖かい。そしてそれは、紛れもなく血の通う人の温度だった。


「────」

「コホンっ!」


 さやかの方からじとっとした視線を感じる……気がする。なんとなく気恥ずかしくなって、わたしは勢いよくシエラから離れる。一瞬合ったシエラの目は、なんとなく遠くの誰かを見てるようだった。


「──申し訳ありませんが、貴方の話は突拍子がないというか、とてもこの世界の事とは思えません。それに使徒とはなんですか?魔王のような存在がほかにもいると?」


 そっちは確かに聞き覚えが無いかも。わたし達の疑問に、シエラが涙を拭いて答える。


「魔王は魔物達の王。1000年に1度、極北の島で復活し、世界に混沌をもたらす。使徒は魔王の手下。魔王から力をもらって暴れてる」

「極北の島……北極……?」

「北極は島ちゃうで……」


 かえでの目線が刺さる。そうだけど!!そうかもしれないじゃん!!


「ふむ……別世界からやってきた?迷宮に神隠しの話は付き物ですが、それなら似た存在が他に見つかっていないのは不自然……」


 さやかが考え込んでいる。


「取り合えずシエラちゃんが今住む場所無くて困ってるのが分かったよ!」

「だからなんやねん」

「いやね?しばらくシエラちゃんを家で泊めようかな~って」

「何言うとるん?」


 わたしはシエラの手(翼?)を取る。わたしの行動に驚いたのか、はたまた言葉にびっくりしたのか、彼女は目をぱちくりとさせていた。


「なんで?ほのかには関係ない」

「まあまあ。人探しだって大変だよ?長居するなら拠点はあったほうがいいし、協力者もいっぱいいる方がいいもん。わたし達、この辺のダンジョンには詳しいんだ!」

「待ってください。長居させる予定なのですか?」

「帰り方、わかる?」


 わたしの問いかけにシエラは首を横に振る。ここに居るってことは帰り方もあるんだろうけど……。どうやって来たのかわからないんじゃ帰り方もわからないだろう。家なら人目につく心配もないし、みんなでゆっくり話もできる。

 そして、そんな言外の意図を拾ってくれるのがわたしの親友だ。


「はぁ……。乗り掛かった舟です。途中で投げはしませんよ」

「ありがとさやかちゃん!」

「シエラは嬉しいけど……。ほのか達にいいこと無い」

「うーんと……。あ!大丈夫!こっちにもメリットあるから!」

「今考えたやろ」


 否定はできない!!けど思いついたのも本当だ。

 周りのみんなもそれを察したのか息を飲んでいる。期待と不安の目線を一身に受けて、わたしはビシッとシエラを指さした。


「ズバリ!シエラには【迷宮探検部】に入ってもらいます!」


 3人の呆けた顔。

 それから一拍あけて、彼女達は揃って一言だけ発した。


「「「は?」」」


──────────────────────────────────────


2024/3/31 改稿

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