第7話 太公三魔将っていったらもう……
チョンガルは空気抵抗を自身にまとう空気で外しながら、もの凄いスピードで森を走り抜けていた。セインがどこにいるかは大体分かる。
いつもの滝か、イバラの森だ。彼は1ヶ月ほど、毎日訓練に取り組んできた。教えたい事は山ほどあるが致し方ない。他の弟子たちも世界に散って、独学でカラに向き合っている。彼とは再会出来るかは分からない。
ひとりで生き延びなければならない。それがカラの掟。
チョンガルはややして、森に何かが落ちているのを見つけた。黄色と黒の縞模様。あれは、エビルビーだ。しかしそれは体がバラバラになった骸だった。それが破裂したように木の枝や灌木の上、地面に散らばっている。
砕けた硬い蜂の体躯を見て、チョンガルは誰の仕業かすぐに見当がついた。まるで捻り切られたような傷。
あやつが得意とするあの技は強力だが、ここまでの威力があろうとは。"真空竜巻"
あやつが"真空"を起こせるようになったのはつい最近だが、それに竜巻を組み合わせるという、なんとも器用で恐ろしい技だ。真空波を竜巻状に起こすことにより何倍もの威力になる。
その時、耳をつくような木が軋む音が聞こえ、断末魔のような甲高い悲鳴が聞こえた。チョンガルはそちらに急いだ。
木々の間から、いつものように上半身裸のセインが見え、その周りを砕けた木の破片とエビルビーの身体がバラバラと散り散りに落ちて来た。
「おぬし……成長したの」チョンガルは初めて戦闘する弟子に、涙さえ覚えるのだった。
「チョンガル、どうしました?」セインは厳しい表情を緩めた。セインもチョンガルを見とめた。
「セイン、我々は一度散らねばならん」
「え?どういう事ですか?散る?」
「我々のアジトは常に移ろい行くのだ。師父の号令とともにな」
「え?そんな……いきなりです」セインはたじろいだ。
「仕方がないのだ。他の弟子達も同じように別々にいる。正しいカラの道を歩けばきっとまた会うだろう。わしもまた師父を探す。お主も自分の信念のために戦い、生き延びればいずれお主の事を聞き知る事があろう。わしらの武力は必要とするところに、高いところから低いところに流れる水のように動き続けるのじゃ」
「……」セインは答えられなかった。初めて別れが寂しいという気持ち。いや、自分の村が燃えた時感じていたのかもしれない。また居場所がなくなる事にデジャブを感じて、前の悲しさと今回のが一気に来たみたいだ。
「どちらにしても我らは魔界には行けぬ。いつかは別れが来るのじゃ。そうじゃろう?」
セインは黙って頷いた。
「見ろ。本隊がおいでなすったぞ。龍神と師父とやる気じゃ」チョンガルが空を見上げた。セインもその視線の先を追う。
さらに応援に来たエビルビー達が隊列を組んで、ゆっくりとネイサンと龍神の側に近づいて行く。その中心に、蜂の姿ではないようなものがいた。
「あれは……あの旗印は三魔将の飛天団ではないのかの」チョンガルは少しうろたえながら言った。
「三魔将?」
「魔界の大公直属の将軍たちじゃ……」(あやつらがセインを目的に来たとしたらなんちゅう大事じゃ。まさかのまさか……)
「セイン」
「は?」
「もう行け」
「は、はい」セインは肩を落として歩き出した。またひとりになってしまった。
しばらく歩いてセインが振り返った時、もうチョンガルの姿はなかった。すると地鳴りがするような轟音がし始めて、とっさに走り出した。
「こんなところで三魔将にお目にかかれるとは思わなかったよ。はっはー!」ネイサンが高らかに言った。
「お主ら何をしに地上に来た?」龍神には彼らの出方が不可解だった。
「ふん。貴様らに答える義理はないなあ」三魔将飛天将軍モウンカはぶっきらぼうで面倒臭そうに言った。彼はトサカが黒い雄鶏のような面構えをしており、くちばしも足も黒い。厳密には彼もネイサンも鳥人族なのだが、彼には魔神の血が混じっているし、魔界で育ったから色素が黒い。目が真っ赤なのが印象的で、身体には肩当てがない身軽な甲冑を着込んでいた。
モウンカ自身、何故こんなところに駆り出されたのか納得いかなかった。たった人間ひとりをとっちめるために三魔将が出てくるなんて。しかもなんでよりによって俺なんだ。
「来たようだ」龍神が言った。
「ちっ」モウンカはさらに面倒臭そうに舌打ちをした。大量の翼が揺らす大気が、あんなに遠くから起きているのにこちらまで伝わる。無数の龍神達が遠くに見えた。
「あれは俺の手に負えねえな」内心ほっとした。これで帰る口実ができたってもんだ。
「残念だ。同じ鳥人の名手として、貴殿とはお手合わせ願いたいと、ずっと思っていたのに」
「ああ?あんだてめえは?」モウンカは眉間に皺をよせた。
「私は空道師範ネイサンと申します」ネイサンは背筋を伸ばして挨拶した。
「聞いたことあるな。何人かやられたって話を聞いた」
「またお会いしましょう」ネイサンはくちばしをニコッと曲げた。
「ああ、いいぜ。いつかやってやるよ」モウンカも不敵に笑った。
彼と旗印を掲げた取り巻きたちはゆっくりと退散して行った。龍神もネイサンも強いて追うことをしなかった。
「何をしに来たのか、よく分からんやつだったなあ」龍神が呟いた。
「そうですねえ」ネイサンも相槌を打つ。しかし頭の中ではチョンガルと同じ考えがグルグル回っていた。
(セインは魔界の大公の、どんな間柄のものとデキたのだろうか。それによってはこれはただ事では済まんぞ)
抱いていた期待や希望より、今は不安が勝ち始めていた。
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