空道との出会い

第3話 離さねえ

 こんなに知らない景色が広がる世界を、自由に歩くのが気持ちがいいとわ!と感慨深く歩き続けて3日が経った。


 とりあえず見つけた道を裸足で歩く。服はぼろぼろで、知らない農夫や騎兵とすれ違う時は茂みに隠れた。


 お腹が減ればその辺からトカゲや虫を捕まえたり、野生の果実や草を食べた。夜は草や葉っぱをちぎって布団にした。


 そろそろ人らしい生活をしないと身体中から毛が生えてきそうだ。山にこもって獣人みたいに穴蔵に住み、獣を狩猟して暮らしてもいいが、それでは目的は達成できない。なんとしても魔界を目指さなければ。


 さて、どうするか。恐らく自分が人間である以上魔神との交戦は避けられないはずだ。しかし、できればあの娘と同族の魔神と殺生をしたくはない。それをどうするのか。


 どうしょうと、力が必要だ。あの子を守るために龍神と敵対するかもしれない。


 圧倒的なレベル。力、素早さ、魔力、攻撃力、防御力。相手を黙らせるパラメータ。神が如きスペック。


 腹が鳴った。森が開けてきて食料が手に入らないのだ。そろそろ人里でもないかなあ。しかしそれでどうする。自分は無一文だ。



 ぎゃろろーんん!


 突然空気が裂けるような悲鳴と大地を揺るがす轟音が聞こえ、セインは飛び上がるほど驚いた。そしてとっさに何事かと、息を弾ませてその音の方へ走った。


 道を逸れた藪の中。生い茂る草木をかき分けて行くと、そこには紺色に黒光りした、本当に巨大ななにか見えた。生物。爬虫類の体の一部。これは……龍の背中か。


 しかし、それからは神聖なものは感じられず、ドス黒い斑点が背中いっぱいにある。それがピクリとも動かず、まるで生気をなくして物みたく横たわっていた。横たわってなおセインの背丈より少し高く、向こうに見える顔には大きな目が入った瞼に人を軽々飲んでしまいそうな口、不気味な鱗に覆われた体躯は、本能に訴えかける底知れぬ恐怖を駆り立てた。


 龍神……?いや、これは……。


 「おっと。びっくりした」突然、龍の骸の影から老人が出てきた。


 「わっ」セインもたじろぐ。老人も彼に負けず劣らずボロ切れみたいな服を着ていて、違いといえば、真っ白な髭が伸び放題伸びているのと、古ぼけてはいるが立派な三角帽子を被っている事だ。


 「この龍はあなたが仕留めたのですか?」


「あん?んん。まあそうじゃ」老人はあまり気が進まないみたく言う。


 「どうやって……」


「うん?先を急ぐでの」老人はセインを避けて歩き出そうとした。


 「あ、あの!!」


 「な、なんじゃ!」


 「これは龍神ですか?」


「違うわい!そんな罰当たりな事するか。こいつは魔界に寝返った邪竜じゃ」


 「死んでるのですか?どうやったのですか?」


 「知らん!わしは知らん!」老人はなぜかシラを切ろうと必死だ。


 「教えて下さい!どうやって邪竜を仕留めたのですか」


「嫌じゃ」


「ならあなたが仕留めたと認めるのですね?」


「さあ、分からん」


「他に誰かいるのですか」


「おらん」


「なら、あなたひとりでやったのですね」


「さあ」


「教えてくれないと、私は襲い掛かるかも知れませんよ」


「は?」老人は初めてはたと立ち止まり、セインの顔を見やった。


 「その力を見たいからです」


 次の瞬間、森にこだまするほどに老人が笑い転げだした。


 「な、何がおかしいのですか」セインはむっとした。


 「いや、はあ。はあ。お前は面白いやつだな。わしの力を見たいからかかって来ると言うか」老人は腹を摩りながら言った。


 「わたしには強くならなければならない理由がある。わたしは魔界に行かなければならない」


 老人はセインを顔から爪先まで見やり、また笑い出した。


 「何がおかしいんですか。わたしはフィアンセを迎えに行かなければならないんです」


「ひぃ、ひぃ。もう止めろ」


「これが証です」セインは指の輝きが一切ない指輪を見せた。



 途端に老人は笑うのを止め、目つきが怖いくらいに真顔になった。


 「お主、それをどこで?」


「貰ったんです」


「魔界のオナゴからか?」


「そうです」


「外れんじゃろう?」


「はい。気にしていませんが」


老人は顎に手を当てて、うつむいてしばらく黙りこくった。


 「お主本気か?死ぬ事になるぞ」老人の声のトーンが変わった。


 「構いません。どうせ死んでもおかしくなかった命。家族もおらず、天涯孤独です」


「女を迎えに行きたいのと、死んでもいいのは反対の事ではないのか?」


「う」セインはしばらく考えた。「それくらい愛しているという事です。死んでもいいくらいに」


 「まあ……、矛盾せん人間はおらんからな。しかし……まあ、うん。よし、わしについて来い。お主には何かあるかもしれん。生まれ持った星みたいなものがな」


 「星?」


「あと、お主、その指輪を見せびらかすな。ひたすら隠して誰にも見られないようにしておけ」


「え?」セインは訊き直した。


 「それは人間も、龍神族も、魔神でさえ歓迎しない魔を帯びた代物。いらぬ災いを避けるために隠しておけ。その魔神の娘は只者ではないかも知れんぞ」


 



 

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