第32話 会いたかった

居酒屋についてから個室に入り、俺と秀は並んで座り、貴志は向かいに座る。

黙ったままの俺と貴志を他所に、秀があれこれと頼む。

幸い今日は平日だったから、店内はそんなに騒がしくなかった。

しばらくしてから飲み物とおしぼりが運ばれてくる。

「ほら、コレで頬を冷やせ。余分に冷やしたおしぼりをもらった」

秀がおしぼりを貴志に差し出すと、貴志はありがとうと呟きながら受け取り、頬へとあてる。

それからしばらくは沈黙が続き、料理が運ばれた後、ようやく秀が口を開く。

「乾杯・・・する気にもなれないか。貴志、俺は殴った事は謝らないぞ。お前はそれだけの事をしたんだ」

「わかってる・・・本当にすまなかった」

「謝罪はもういい。お前の言い訳を聞かせろ」

「実は・・・向こうにも嗅ぎ回る記者がいて、俺が強いラットを起こして休学をした事で記事になりかけた。幸い両親がそれを止めてくれたが、その後が問題だった」

俯きながら話始めた貴志の声を聞きながら、どうしても顔を上げれず俺は俯いたまま黙っていた。

「ラットが始まったという事は、普段からもフェロモンが出るようになる。俺はそれをなかなかコントロールできなかった。大学復帰して通っている間は薬で何とか防いでいたが、その反動で家に帰ると寝込む事が多くなった。その状態が半年は続いたんだ。その間も何度も連絡をしようと思っていたが、余計に心配かけると思うと連絡が取れずにいた。ちゃんとコントロールできるようになって、学業も遅れを取り戻し、それで、卒業の目処が付いたから、連絡しようと思った矢先に、両親から今は帰国しない方がいいと言われたんだ」

貴志は頬にあてていたおしぼりをテーブルに置くと、それをギュッと握りしめる。

「強いラットと、やっとコントロールできるようになったばかりなのに、その状態で天音に会えば、例え秀が間にいても最悪な状況を作りかねないと・・・運命の番であるからこそ、互いにフェロモンを感知できる今、微かな匂いにも反応を起こしかねないと・・・それなら、いっそ16までそこで勤めながら過ごした方がいいと言われたんだ」

「・・・そうだとしても、連絡くらい出来ただろ?」

「・・・その時、すでに連絡を取らなくなって一年以上が経っていた。俺は天音に会いたくてしょうがなかった。でも、帰れないとわかって連絡を取るのが怖くなった。天音に幻滅されたくなかったし、声や顔を見れば今すぐにでも会いに行きたくなると思ったから、あえて連絡を絶った」

その言葉に、秀が声を荒げる。

「それはお前の勝手なわがままに過ぎない。待っている人の気持ちを考えた事があるのか?あんだけ口説いて、天音をその気にさせて、想わせるだけ想わせといて、挙句に自分の気持ちを優先にして天音を蔑ろにして、お前は本当に天音が大切なのか!?」

「それは今でも変わらず大事に想っている!その事に偽りはない!」

「なら、何故天音の気持ちをわかってやれない?それだけお子様だったのか?お前が入院してから天音がどれだけ心配していたのか、わからないのか?

それからすぐ連絡が途絶えて、心配で寝れずに泣いていた天音の気持ちがわからないのか?お前の所に記者がいたと言っていたかが、天音の所にもたまに来ていた。特に連絡が途絶えた辺りは、目に付くくらい姿を見せていた。

それが周りの噂になって、天音も天音も家族も肩身の狭い暮らしをしてたんだ。その噂は未だに消えない。久しぶりに会った同級生に天音がなんて言われたと思う?

あれからお前達の話が話題にならなかったから、劣性オメガだから飽きられたんだとか、せいぜい愛人にしかならいとか言われたんだぞ?

あんな言葉はきっとあの時だけじゃない。俺がいないところでも天音は言われ続けたんだ。天音はこの状態を説明できない。だから、何も言い返せず、ただ1人で泣くしかなかったんだ」

秀の言葉に、何故か俺の頬を涙が伝う。

その瞬間、自分の感情に気付く。

恋しかった分、俺も秀みたいに怒りたかったんだと・・・。

どうして連絡できなかったのかと問い詰めたかった。

ずっと寂しかった、本当にもう俺はいらいないのかと責め立てたかった。

だけど、秀が吐き出してくれたおかげで、残ったのはやっぱり会いたかったという言葉だけだった。

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