第7話 夏休み突入

「HRは以上だ。いいか?夏休みだからって遊んでばかりいると、休み明けに慌てるのは自分自身だからな。進学組は休み明けのテストが鍵だ。そこをよく考えて行動するように」

担任の先生が釘を刺すように、念を押す。

その言葉が恨めしく思える。

担任が教室を去った後、ざわめく教室で俺は手元の進路調査を眺めた。


三年に上がってすぐに出すべき用紙を、未だに持ち続けている俺は、担任からとにかく何でも思いついた物を記入して、帰る前に出せと言われていた。

将来・・・みんなはすでに決めているのに、俺にはビジョンが思い浮かばない。

進学は決めているが、どこに行こうか決めかねていた。

適当に決めて、もし合わなくて退学なんてしたら親に顔向けできない。

オメガ・・・それが、俺を悩ませる。

オメガは定期的に発情期がある為、その都度休みを取らなくてはいけない。

16で発現して、それ以降はずっとだ。

それは学業にも、仕事にも差し支える。もちろん、周りにも迷惑をかける。

大学となると少なからずアルファと接触する事になる。

ほとんどのアルファがエスカレーター式にアルファ専門の大学に入るが、全学科がある訳ではない。

同じアルファでも将来目指す物が違えば、自ずと大学も変わってくる。

俺は劣性オメガで、18になっても発情期など来ていない不良品。

だから、普通のオメガとは違って暮らしやすいのだろうけど、進学してアルファとより関わる事になれば状況は変わるかもしれない。

今は緩和されたとはいえ、オメガはあまり良くは思われないのが現状だ。

社会に出れば尚更で、結局、夢に見た将来に近づけるオメガはほんの一握り。

大体は諦めて、嫁に行くか・・・落ちるかのどちらかだ。

そんな現状が待ち構えているのに、将来のビジョンなんて思いつく訳がない。


「なんだ?天音、まだ出してなかったのか?」

秀が鞄を背中に背負ったまま、俺の前の席に座る。

「うん・・・進学は決めているんだけど、どこに行けばいいのかわからなくて・・」

「そっか・・・天音、お前、自分がオメガだからって、将来に希望がないって諦めてないよな?」

秀の鋭い指摘に内心ドキリとしながら、そんな事ないと笑って誤魔化す。

「何だよ?俺がお前の嘘を見抜けないと思っているのか?何年の付き合いだと思ってるんだ?」

「ハハ・・・そうだよね・・・秀、俺、自分の将来が見えないんだ。きっとそれは秀が言うみたいにオメガだからっていう引け目があるかもしれない」

俺の言葉に秀が眉を顰める。

「何言ってるんだよ。そんなのに負けるな。お前はお前の決めた道を行けばいい。ベータの俺を見てみろ?何か特別な才能があるわけでもなく、ただ平凡な人生を送るしかないんだぞ?でも、俺はやりたい事をやって生きて行く。それが例え平凡でも、俺が楽しんで生きていければそれでいいと思ってる」

秀は誇らしげにそう話す。

秀はいつもそうだ。後ろ向きな俺をいつも引っ張ってくれる。

それに、自分の事を信じてて、その生き方を自負している。

アルファを妬む事もなく、オメガをバカにもしない。

そんな秀が俺の幼馴染で一番の親友で、それが本当に誇らしい。

「秀と離れるのは寂しいな」

そう呟く俺に、秀はニカっと笑って俺の髪をグシャグシャに撫でる。

「永遠の別れじゃないんだから。いつでも会おうと思えば会えるだろ?」

乱暴に撫でていた手を止め、今度は優しく諭すように撫で始める。

秀はゲームプログラマーを目指している。

だから、都心の専門学校に行く予定だ。俺がどこの進学校を選んでも、今までのように毎日一緒とは行かない。

俺はそうだねと小さく呟いて、シャーペンを手にとる。

そして大学名は書かずに、ただ希望学科だけを記入した。

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