出口はどこ!

 右側の道にも幅は狭いが階段はあった。大人2人が並んで歩けるほどの幅だ。こちらから登ってくる人はほとんどいない。なんなら、あかり浩輝こうきのように正面階段から降りるのを諦めた人が1列になって降りている。2人はこちらの階段から降りることにした。一応、足元を照らす電灯はあるが、木に囲まれており光が届きにくく慎重に歩かざるをえない。前後を歩く人達も同じなので、特に急かされることもなく進む。階段を降りるとまだ木に囲まれてはいたが道幅は広くなった。明と浩輝は再び並んで歩き出す。拝殿前の階段とは異なり、木が茂っており足元を照らすライトが点けられていた。人は少なくないはずなのに、夜の神社独特の静けさがあった。

「ここから階段の下の広場に出れるはず」

浩輝が階段を降りる前に確認をした神社内の地図には、階段右側の広場に出るはずだと推測できた。このまま、参道の脇を歩く道もある。分岐点には案内版もあり、迷うことはないはずだ。だが、階段を降りた場所は明と浩輝の想定していた場所とは違っていた。どこかで道を間違えたのだろうか。

「この道であっているんでしょうか?」

明が不安そうに漏らす。無理もない。先程まで1列になって歩いていた人はまばらになっている。

「一度、戻ってみますか。分岐点で道を間違えた可能性もあります」

この暗闇だ、案内版を見間違えたり知らないうちに道を間違えていてもおかしくはない。浩輝は後ろから人が来ないか振り返ってみる。だが、人はまばらだ。それどころか、今さっき降りてきたはずの階段すら見えない。いくら夜で周囲が見えにくいとはいえさすがにおかしい。そこまで長い時間歩いてもいない。

「あのぅ、少し歩いてみませんか? この神社は広いですけれど、拝殿から鳥居まで歩くのに10分もかからないですし」

明の方から提案をする。人が多く灯籠を見て回ったので鳥居から拝殿まで行くのに時間がかかったように感じるが、実際はそんなに大した距離ではない。

「確かに、歩いていれば見覚えのある場所に出れそうな広さでした。とりあえず進みましょう」

浩輝も頷く。だが、広場にあった大きめの灯籠や提灯の灯りはこの場所でもうっすらとみえるのではないか。ここからは灯籠もその輝きも見えなかった。


 歩いても周囲の風景が変わらない。ずっと森の中を歩いている気がする。人とすれ違わないのも違和感がある。さすがに、明と浩輝も何かおかしいのではと思い始めてきた。

「もしかしたら知らず知らずのうちに敷地の外に出ちゃったとか」

明が自らの不安を否定するように、少しでも思いあたりそうなことを口にする。

「それはないでしょう。この神社の敷地のすぐ外は道路になっていました。今歩いている場所は森みたいになっていますので、ここは敷地内で間違いないと思います。それに神社の出入り口だと、鳥居はなくても分かりやすい門等はあるのでは」

浩輝は当然のように否定する。

「それに駐車場にたどり着いたとかでしたら、車の音が聞こえると思います」

さらに神社の敷地内にいる根拠を述べる。

「そうですよね……」

明はがっかりと肩を落とす。この異常な状況を否定したかったのに。

「わぁっ」

明は躓いて転びそうになる。

「大丈夫ですか?」

「はい。足元が暗くて下がよく見えなくて」

明は夜の暗さで隠れている自分の足元を見る。

「うう、周りに誰もいなくてよかった~」

何ともなさそうな場所で転びそうになった恥ずかしさから思わず周囲を見渡す。見られてなさそうなのが救いだ。

「いやよく観察してください。俺たち以外にも歩いている人はいませんか?」

言われてみれば、少ないが人が歩いている。ずっと不安と焦りで気付かなかった。

引き返そうとする時に振り返ったら人がいなかったので、思い込みで視界に入らなかったのもある。なら滅多に人が歩かない隠れ道のような所に来てしまったのだろうか? 明は歩いている人たちをよくよく観察してみた。浴衣を着てお祭りにきたカップル、自分たちと同じように仕事終わりに来たのかもしれないオフィスカジュアルの女性たち、毎年お祭りに来ていそうな初老の夫婦等がいた。そして、前方と後方に昨日も見たお面で顔を覆っている人もいた。あまりにも目立つので明は覚えていたのだ。

(今日も屋台をいくつか見てみたけどお面の屋台はなかった、よ? この辺りの店にもお祭りで使いそうなお面を売っている店なんてなかったし。神社の職員さんもわざわざお面なんてつけないだろうし、灯籠も何も関係がないし)

あまりにも理解できない出来事が続いているので、明もつい現実離れしたことを真剣に言ってしまう。

「あのう、これもしかして幽霊とかに騙されているとかじゃないでしょうか?」

明のあまりにも突拍子もない発言に浩輝は一瞬思考が固まる。だが、すぐに反応する。

「ゆう……れい……?」

もう一度自分に言い聞かせるように浩輝はオウム返しをする。

「だって、いつまでも鳥居や広場にたどり着かないなんておかしいですよ~」

明の声は恐怖と不安がにじみ出ていて震えている。

「いや、神社はどちらかというと幽霊が出るではなく幽霊をお祓いするほうでは? ですのでそのような怪奇現象は起きないかと」

浩輝は幽霊等の怪奇現象は信じていないのだが、今は明の発言を全否定する気にはなれない。

「ただ、引き返した方がいいとは思います。もう一度拝殿前に戻って案内板を確認しましょう。それに、今なら人が収まって拝殿前の大階段から鳥居まで行けるかもしれない」

「そ、そうですね」

自分でも幽霊とは少し考え過ぎかもと思うが、浩輝の提案には明も賛成だ。

すぐに引き返そうとした。

「あれっ? 来た道がない?」

「古川さん、何を言っているんですか?」

来た道がないとは? 浩輝はよく理解できないながらも、後ろを振り向く。

「神社はどこに?」

後ろを見て、浩輝も明と同様の疑問を持つ。明と浩輝は確かに神社の敷地内を歩いていたはずだ。それなのに神社らしき建物が見当たらない。神社の拝殿や本殿は大きく高いところにあり敷地内ならどこで見上げても目に付くはずだ。それに目立つ提灯もあった。遠目から見てもこのあたりは分かるはずだ。それが今は木しか見えなかった。自分たちはどこを通ってここまで来たのか?

「戸田さん……どうしましょう」

明はあまり動かない頭で浩輝に訊ねる。

「……進んでみましょう」

「本当に!?」

浩輝も気が進まなかったが、今はこれしか思いつかない。戻ったところで神社に戻れる保証はない。それなら前に進んだ方がいいというのが浩輝の考えだ。もっとも、前に進んだところで神社に戻れるとは限らないというのも浩輝は分かっている。それに直感的に嫌な予感がする。

 明はどちらかというと来た道を戻りたかった。あの奇妙なお面を付けた人が気にかかるのだ。神社の職員が今日のお祭りのためにしている可能性は低いと考えていた。昨日も今日も拝殿の中や参道、一際目立つ提灯等の目立つ所にはいなかったからだ。昨日自宅帰ってから神社のホームページ等で調べたところ、お面に関係していそうな催しはなさそうだった。そう思いながらもう一度周りを見渡してみた。後ろからも人は来ているが誰も戻ろうとはしていない。これに気付いてしまうと、戻ってはいけない気もしてきた。戸田さんの言っていることを信じてみよう。

「古川さんは戻った方がいいと思いますか?」

「気が進まないけれど、戻ってはいけない気もするので……行きましょう」

明は本心を伝えた。もし、見覚えのある場所に出たらすぐに走って神社から出ればいい。お面の怪しい人も気にしすぎない方がいいだろう。そう自分に言い聞かせた。

2人は不安を抱えながらも、前に進むことにした。

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