現実の世界はおとぎ話よりも怪異が棲みついていました

紺桜

お祭りに行こう!

1

「お祭りの人混みの中で、2人がお互いにはぐれないように意識するのがいいんですっ」

 考えてきた新作小説の案を古川明ふるかわあかりは担当編集に説明した。

「人混みの中で相手を意識するシチュエーションでしたら、お祭りの縁日でなくとも良いのでは?」

 彼女の担当編集―戸田浩輝とだこうきの考えていることが明には分からなかった。人混みの中で密着も胸が高鳴るシチュエーションだが、お祭りデートの醍醐味は他にもある。

お祭りに行くために、新調した浴衣を着て好きな人に会いに行く女の子の気持ちを考えられないのか。それにお祭りは1年に何回もあることではない。年に数回しか体験できない特別なイベントなのだ。

「一緒に屋台巡りとかも、こう……好きな人と一緒に見ると新鮮な気持ちになりませんか?」

 もしかしたら、お祭りをただ屋台で食べ物を買って金魚をすくって一緒に歩くだけと思っているのかもしれない。まさかの担当編集がお祭りに興味がまったくないとは。明は軽くめまいがしてきた。

「これだけですと、お祭りにする意味合いが薄いんです。ショッピングモールでも同じになりませんか? 高校生はよく放課後にデートしているじゃないですか」

 同じなわけないだろう。ショッピングモールでも好きな人と一緒に歩いて、フードコートでアイスを食べている高校生は微笑ましいが、それとこれとは違う。決まった時期にしか開催されない非日常の場所で、普段は滅多に着ない浴衣を着て会うのだ。制服とはまた違った一面も見れる。

「ショッピングモールだと、普段のデートと変わらないですよ。お祭りでは浴衣を着て好きな人に会えるのもいいんです。」

「私もそう思う。」

「そうですよね! ……えっ?」

 確かに今、浩輝ではない声が聞こえた。明は慌てて周囲を見渡す。でも、この会議室には明と浩輝しかいない。

「どうかしました?」

 浩輝の様子から考えてみても、違うのは明白だ。それに彼は声に気付いていなさそうだった。

「いえ、何でもないです」

 気のせいかな? そう考えて明は声のことは一旦頭の隅に追いやった。

「本日の打ち合わせの時間がそろそろ終了しますので、この件は来週話し合いましょう。」

 浩輝はずり下がった眼鏡をかけ直しながら話をまとめる。

「……はい。」

 謎の声で興奮が収まったのか、先程の勢いはなくしょんぼりとした返事をした。

「私はお祭りデート(?)について理解を深めてみる。そして、他のデートシチュエーションも考えてみる。古川さんは他に案を出すか、もっと説得力のあるプロットを作成する。」

 そう言い切られてしまっては仕方がない。今日は大人しく帰って出直した方が良さそうだ。今回のお祭りでのデートは自信作だっただけに明の落胆も大きい。もっとプロットをブラッシュアップして、浩輝を説得できるような材料を考えないと。明の中に通らなかったショックはあるがこの案を諦める選択はない。

「では、本日は失礼します。お疲れ様でした。プロットを修正したらメールで送ります。」

 明はヒールの音を鳴らしながら足早に会議室から出ていった。


 帰りの電車で明は近隣のお祭り情報を探していた。臨場感を持たせるには、自分で行くのが1番だ。今日から次の打ち合わせまでに開催されて、電車で行くことができる場所でお祭りがないだろうか。

 スマートフォンで検索をかけて探してみた。いくら首都圏に神社やお寺がたくさんあるといっても、そう簡単に都合良く開催されているお祭りは……あった。都心からでも電車で1時間もあればいける場所だ。

 これはチャンスだ、と思った明はお祭りの概要ページも読んでみる。どうやら、1年に3日間だけ開催されるお祭りらしい。鎌倉時代から戦で亡くなった人を弔うために灯籠に火を付けて供養しているのだとか。口コミによるとメインは様々なデザインの灯籠だが、屋台も少しあると。灯籠は著名な方からも寄贈あり。そして、平日の夜に行われる年でも混雑している。はぐれた時のために待ち合わせ場所を決めておいた方がいいらしい。

 明は浩輝を説得できるチャンスが舞い込んできたと思った。だが、いざ連れて行ってみて期待外れだったらプロットの修正を待たずに、お祭りデートの話がボツになるかもしれない。

 それは困る。だから、下調べとして今日これから自分で行ってみなければ。明はどこにも寄り道せず帰宅する予定を変更して、お祭りに向かうことにした。


 神社の最寄り駅についた明は驚愕した。平日の夕方にも関わらず、人が多いのだ。この近くは住人が多いわけでもなさそうだから、大半の人の目的は明と同じだろう。明は人混みに流されつつも、神社を目指した。人の多い中を歩くのは大変だったが、初めて行く場所に迷子にならずに辿り着けたのはありがたかった。神社に着いた明は鳥居をくぐった。

 「綺麗……!」

 神社の参道に飾られた灯籠を見ながら明は思わず口に出してしまう。まだ、日が完全に沈んでいない初夏の夕暮れでも、灯籠は色鮮やかであった。夕陽の中でも、しっかりと輝きを放っていた。明は神社の中を歩きながら、目についた灯籠をチェックしていく。

「この土地の風景画か」

 この神社自体が初めて来る場所なので、明には観光気分もあった。目当ては灯籠だが、神社を一通り見て回ろうと思っていた。暗くなるにつれて、増えていく人の間をすり抜けたり思うように進めなかったりしながら灯籠に描かれている絵を楽しんでいた。

「よし、屋台もあるっ」

 明が今までに行ったお祭りと比べると、数こそは少ないがちゃんと屋台もあった。屋台から少し離れた場所には浴衣を着て友人や恋人同士で屋台飯を食べている人もいる。自分が想像しているお祭りの要素は揃っている。これなら、浩輝を説得できるはずだ。問題があるとすれば、このお祭りが明日までの開催ということだ。今日いきなり誘っても問題ないだろうか? 浩輝にも仕事の予定があることくらいは、明にも分かっている。でも、この説得の機会を逃したくはない。ダメ元でメールを送ってみよう。もしかしたら、来てくれるかもしれない。

 そう考えながら、明は参拝するために拝殿に向かって歩いていた。せっかく、神社に来たのだから、お参りしていかないとバチが当たるかもしれない。同じように参拝している人の後ろに並び、明もお賽銭を入れて参拝する。今考えている話が無事に形になりますように、とお願い事をした。参拝も終了し、明は帰るために神社の出入り口まで向かう。拝殿の辺りは入り口が狭いこともあって参道よりも混み合っている。明はなんとか拝殿前の参道の階段にたどり着くことができた。段差がきつい階段で、明はヒールが高めの靴を履いていることを後悔した。

 そもそも、本当は出版社での打ち合わせのために出掛けたのだから仕方がない。苦戦しながら明が階段を降りていると、すれ違った人と肩がぶつかる。

「すみません」

 明は慌てて振り向きながら、謝る。だが、ぶつかったと思われる人は無言で歩き去ってしまった。

 (ぶつかったのは違う人だったのかな?)

 人が多い場所だとこのような間違いはあり得る。

 (このお祭りにお面の屋台なんてあったっけ?)

 そのぶつかったかもしれない人物はお面で顔が隠れていた。明はお祭りだし屋台で買ったお面を付けているのかと考えたが、この神社のお祭りでお面を売っている屋台は見かけていない。それに、このようなお祭りで売っているお面は大体が子供向けのキャラクターもので、大人がお祭りの雰囲気に興じてつけるものではない。お面も変わっていて、何も書かれていないような気がした。

 どちらかというと屋台で売っているよりも、祭事で使用されそうなお面だ。もっとも、明はお祭りや神社の伝統についてはあまり詳しくはないので、あくまでもイメージだが。振り返ると何事もなかったかのように、お面をつけた人は階段を昇っていった。そして、人混みの中に消えていった。

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