無口なボーイッシュガールの黒木さんは僕にだけ本音を言う

桃乃いずみ

第1話 きっかけとはじまり

 


「すっかり遅くなっちゃったな」


 スーパーでのバイトからの帰り道。

 外はすっかり暗くなり、街灯や住宅を灯す光が街を彩る中、僕は大通りを進み自宅を目指していた。


 ついつい店長とゲームの話しで盛り上がってしまった。

 別にバイト先でなくたって店長とはいつもオンラインゲームのボイスチャットでゲームの話題は尽きないというのに、今日に限って話しに夢中になってしまった。


 インドア派の十六歳である僕、要真吾かなめしんごは趣味がゲームの根っからのゲーマーだ。

 好きなゲームはMMORPG。

 小学生の頃から培ってきたその実力はそれなりにあり、今やっているゲームは全国の上位にいるハイランカーにまで上り詰めた。

 今日店長と話題になったのもそのゲームについてなのである。


 それは置いておいて、今は家に帰る事を最優先にすべきだ。


 スマホの時計をみれば、いつもよりも帰りの時間が三十分も遅い事に気づく。

 いくらバイトがあったとはいえ、すでに夜中の二十二時を回っている。あまりにも帰りが遅いと親が心配するだろう。


「そうだ! 確かこっちの道って」


 早足で駆けていた足を止めてふと視線を右に向ける。


 住宅を囲む塀と塀に挟まれた細い道。

 この道は普段使わないが、確かに俺の家がある方へと繋がってはいる。大通りを使うよりも早く帰れるかもしれない。

 ちゃんと道路も続いていて、自分がいる道よりは少し狭いが、通るのには何の問題もない普通の道だ。

 ただ、夜ということもあり暗くて少々気が引ける。


 親にも心配をかけてしまうから正直早く帰りたい。

 しかも、それよりも問題なのは、今日が学校帰りからの勤務だったという事だ。

 本来なら平日は遅い時間に入る事はない。

 休日にシフトで入る事はあっても、この時間制服で出歩く事は殆どないのだ。

 つまり、警察に補導される可能性もあるというわけで……。

 それは何かと面倒にも繋がるし、それだけは避けたい。


「よし! 行くか」


 最初は迷ったが、それよりも早く帰りたいという思いが勝ち。僕は普段使わない道を選ぶ。



 --周囲の暗さに目が慣れ始めた頃。


 初めて通るけど至って普通の道だな。

 道の端には電柱や側溝もある。

 もう少し広ければ。なんて思うけど、秘密の近道みたいな感じでなんかいいな。


 まるでレベリングに最適な隠しダンジョンを見つけたかのような気分にさえなる。


 だが、そんな気分はすぐに失われた。


「あれ、誰かいる?」


 少し先に幾つかの人影が見えた。

 どうやら先客がいたらしい。

 それもそうか、舗装されてないのならまだしも、いくら細いとはいえちゃんとした道だ。

 普段から使っている人くらいいるのだろう。


 少し残念な気持ちだ。


「ん?」


 近づくにつれて何やら異変を感じた。

 足を進めていくと、前方の集団の話し声が耳に入ってくる。


「ねぇーねぇー、無視はないんじゃないの?」

「一人で遊んでないでさ〜。俺らと遊ぼうよ」


 声の感じからして、友好的な状況だとは思えないな……。


 前方にいるのは四人。

 暗くて顔までは見えないけれど、手前の一人が制服のような物を着用しているのが分かった。三人の高校生くらいの男子に一人が囲まれている。


 話してる内容からしてみても、ナンパ的な感じか。

 囲まれている子の腰のあたりにヒラッとしたものが見えた。スカートを履いている。おそらく女子高生なのだろう。


 ……あまり関わりたくないな。


 道も狭いから前方の集団が完全に道の妨げになっているこの状況。このまま行けば、確実に鉢合わせしてしまう。

 しかも、僕以外に他の通行者はいない。注意する人や止めに入る人もいないのだろう。


 あの女子高生には申し訳ないけど、ここは引き返そう。

 そう思って後ろへと振り向く。


「てか顔もよく見えねぇな。全然話さねーし」

「明るいとこ行こうぜ。ほら君も行こうよ……っで!?」


 そんなやり取りが聞こえ、再び振り返る。


 どうやら一人の男が触れようとしたその手を、女子高生が払い除けたようだった。


「ってぇな! 何すんだよっ!」


 腕を払われた男は先程前の感じとは違い、声を荒げる。


「…………」

「おいっ! 聞いてんのか!」


 しかし、女子高生は微動だにせず無言を貫いている。


「ちっ! 埒があかねーな」

「どうすんだよ。早くいこーぜ」

「分かってるよ。ほら来いよ!」

「……っ!」


 すると次は乱暴に彼女の手首を掴んだ。

 だが、今度は掴まれた手を払おうと腕を振っても離れない。


「おら、暴れんな! 来いって!」

「おい。あんまり乱暴するなよ」

「はっ! いくら女子が力入れたところで男が本気出したら何も出来ねーんだよ」


 そうして、逆らえないまま強引に女子高生はどこか別の場所に連れて行かれそうになる。


「やめ……」


 そこまで声が出かけたところで言葉が詰まる。

 僕が行ったところでどうなる。相手は見ず知らずの女子高生なんだぞ。

 僕は声を出す事はなく後退あとずさりをする。

 しかも、相手は同じくらいの男子高校生が三人もいるんだ。かないっこない。

 そうして、来た道を戻ろうとすると。


「……すけて」


 微かな震えた声が僕の足を止める。


「……だ、誰か。助、けて」


 あの三人の男子学生の誰の声でもない。

 彼女の助けを求める声が確かにそう言った。


「おい、ようやく喋ったと思ったらこいつ震えてるぞ。さっきまでの威勢はどこにいったんだよ」

「あんまビビらすなよ。これからの楽しみが減るだろ」

「ははっ、何する気だよ」


 くそ! 何でこんな事に。

 僕の動いていた足が止まる。

 本来なら関わりたくない。早く家に帰って暖かいご飯を食べたい。

 風呂に入ってゲームして有意義な時間を送りたい。

 でも……。

 ここで彼女を見捨てたら、今の状況が頭から離れる事はないだろう。

 あの子がこの後に何をされるかなんて、多少なりとも想像がつく。

 僕が行けば何か変わったかもしれない。僕が一人で止められなくても、騒ぎを聞きつけた誰かが助けに来てくれたかもしれない。


 そんな後悔が、これからずっと頭の片隅にあり続けるなんてことは絶対に嫌だ。

 なら、やる事は決まってるようなものだろう。助ければいいんだ。動けばいい。

 そうならないようにするために、僕が止めるんだ。


 数々の強敵と戦うなんて事、この十年ほどで幾度となくやってきたじゃないか。

 そんなの、リアルでだって同じだろう。

 大丈夫。死ぬなんて事はないさ。


 気がつけば僕は、足を前に進める。

 そう、助けを求める彼女のもとへと駆け出していた。

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