人を食らわば殺意まで

りっと

■CASE0

小さな殺意

 気づくと、空っぽになっていた。

 抱いてきた好奇心も、期待も、いつのまにか奪い去られていたらしい。

 不安や恐怖も感じない。

 一体、自分の身になにが起きたというのだろう。

 ポケットに忍ばせておいた携帯で、こっそり録画した映像を再生する。

『これから私は食事をする。絶対に見てはいけない』

 画面の中で、人形かと見間違えるくらい生気のない少女が、抑揚のない口調で呟く。

『絶対見ないよ。目隠しするから、食事してみて』

 布でこちらの目を塞いだ後、少女は指から針を取り出した。

『まずは……たしか……麻酔? そう、それから……』

 いつの間にか麻酔を打たれ、意識を失った体に向けられたのは、黒光りするハサミ。

 ザリガニや、クワガタを彷彿させるフォルムだったけど、おそらくその何倍もの強度に違いない。

 チョキン、チョキンと音を立てながら、なにかを切っていく。

 しばらくして、少女が掲げたのは、人の腕だった。

 腕に絡まる服をめくり、その肉にしゃぶりつく。

 その光景を見て――

『俺の腕が食べられている』

 そう理解した。

 腕を食べ終えた少女が次にしゃぶりついたのは足。

 おいしそうでも、おいしくなさそうでもない。

 こういういとき、人が感じる感情は、なんだっただろう。

 考えようとして、すぐにそれを放棄した。


『それは食べすぎだよ。心が枯渇してしまう』

 現れた男が少女に注意する。

 どうやら、食べられすぎているらしい。

 だから、心が枯渇しているようだ。

 悲しみは、悲しいときに感じるものだけど、感じないということは、いまはきっと悲しくないのだろう。

 不安じゃない、恐怖もない、喜びもなく、嬉しくもない。


 切られて、食べられて、くっつけられて。

 いつしか、つぎはぎだらけの人形が出来上がる。


 動画を見終えると、空っぽだったはずの心がわずかに揺らいだ。

 生まれたのは、これまで一度も抱いたことのない感情。

 殺意。

 この小さな殺意だけが、唯一、残された原動力だった。

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